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二話

 未だ煤臭い廃屋の中に入り、その有様を目の当たりにする。歩くたびにピチャピチャと足元を汚す黒い水に思わず顔が歪むのがわかった。いつもなら靴や服が汚れる事など気にもならないが、連日の呼び出しにどうやら自分でも気付かない内に苛立ちが募っていたようだ。それを認識すれば無性にタバコが吸いたくなった。警察の現場検証はとっくに終わっている。だからまぁ、問題ないだろうと内ポケットの煙草を取り出してジッポライターで火をつける。肺を満たした煙をゆっくりと吐き出す。こんな焼け跡から一体何を見つけろというのか。もう一口煙草を吸い、上を向いて吐き出す。だから気付かなかった。


「お疲れ様、本間君。もう燃える物も無いとは思うけど、火の扱いには十分気を付けてくれよ。」

「っつ……。櫻井さんか。あんたまで駆り出されたのか。」


後ろから掛けられた言葉にビクリとする。完全に油断していた。見られたくない人に見られてしまったと、急いで携帯灰皿を取り出す。


「休憩も必要さ。煙草の一本くらいゆっくり吸えばいいさ。」


笑顔でそう言う櫻井さんに一言「それじゃ、遠慮なく。」と断りを入れて肺に煙を送り込む。この人には俺が若い時からお世話になっている。若いが故に無茶をしたり、少々異質だったために孤立していた俺の面倒を嫌がりもせずに見てくれた。本当に頭が上がらない人の一人だ。休憩中という事になったが、どうしても気になった疑問を口に出す。


「櫻井さんまで来たって事は、一連の事件は俺達の管轄って事で間違いないって思っていいんだな?」


俺の投げかけた疑問に、櫻井さんは俺を一見し、ゆっくり歩き出して俺を越していく。5・6歩離れた所で立ち止まると一度息を吐き出して、


「いや、今回は天照(あまてらすからの指令ではないよ。完全に上の独断だろうね。」


と答えてくれた。俺よりも偉い立場の人間がわざわざ足を運んだのだからてっきり確定したものだと思ったが、そうではなかったらしい。


「おかしいと思ったぜ。いつもならもっと情報も明確な指示も示してある。ところが今回はただ「情報収集に徹せよ」のみだった。俺らは裏で動くのが鉄則。天照の指令がない、イコール動く必要は無いって事だろ。なのにどうして俺達を動かした……。ずいぶん上は迂闊な判断をしたもんだな。」


一気に捲くし立てた俺は、言い終わると同時にしまったと思った。いくら親しいとはいえ、上司の前で上の連中の悪口を言う形になってしまったと。だが櫻井さんは怒るわけでもなく、いつも通りの穏やかな口調で俺を諭した。


「確かに、天照からの正式な指令は出ていない。だが、その天照の様子が連日の事件が始まった当りからおかしいんだ。少なくとも僕が入ってからこんな事は無かった。はっきり結論を出さず迷っているようなそんな感じだ……。上もだからこそ君達に命令したんだろう。この連日の事件に不審な点は無いか。ただの放火や偶然が重なっているだけなのかはっきりさせるためにね。天照に関係無いならそれでよし。だが急に指令が下りるかもしれん。その時にスムーズに動けるようにね。とにかく異例の事に上もどうするべきか決めかねている。上の我儘だと思ってもう少し付き合ってみようじゃないか。な、本間君。」


いつもの笑みを浮かべながら言い切った櫻井さんに、急に自分が餓鬼臭く思えてしまった。そして昔から変わらず俺を諭してくる櫻井さんに何か安心してしまう。いつだって俺の背中をそっと押してくれた。その人が付き合うと言っているんだ。なら俺も付き合ってやろうじゃないか。


「あー、櫻井さんに言われたんじゃしょうがないな。上の連中の気が済むまでやってやるさ。ご期待に添えるかは別問題だけどな。」

「上からの直接の命令だ。君の実力を見込んでの事だろう。君なら期待に添えるさ。勿論私も期待しているよ。」

「誠心誠意努力させてもらいますよ。」


お互いに笑みを浮かべていると、電話の着信音がなる。初期設定音であろうシンプルな音が。俺のか?と急いでポケットのスマートフォン探る。櫻井さんも内ポケットから携帯電話を取り出そうとしている。手にしたスマートフォンは画面が光り、ランプが激しく点滅していた。どうやら俺のだったようだ。櫻井さんに一礼してからすぐさま通話ボタンを押した。





新しく入った報告を頭に叩き入れる。一つ一つの情報は少ないが今までの事件と繋がりがないか思考を巡らせる。完全に自分の世界に入りかけていたが、櫻井さんの「部下からの報告かい?」と言う言葉でハッと我に返る。


「これといった有力な情報は残念ながらないみたいですがね。」

「そうか……。進展は無いか。」


さて、どうしたものか。次の一手をどうするべきか考えなくては。そう思った矢先、また電話がなった。まだスマートフォンを手にしていたため、今度はすぐに俺のだとわかった。先ほどとは別の部下からの着信にすぐさま「俺だ。」と電話に出る。定期報告かと思ったらどうらや別件の様だ。その内容に少し面倒だと思う反面、今度こそ何か今までになかった情報が手に入るかもしれないと、思わず二ヤつくのがわかった。そんな俺を見て、長い付き合いの櫻井さんは何となくわかったのだろう。


「その顔を見るからに、君にとっては良い報告かな?情報収集を命じられている立場ならば新しい情報源になりうる事……。通話の長さから言うと、また事件かい?」

「流石ですね、その通りです。同じ敷地内に住む住人が所有していた蔵が燃えたみたいです。上からの計らいってやつで俺達が到着し次第現場検証に参加出来る手配をしたそうてす。どんだけ裏で手を回したんだか……。とにかく向かってほしいと。ちょうどやる気も出たところだったし、直ぐに向かいます。櫻井さんはどうするんです?」

「私は一度本部に戻るよ。ついて行っても何も役に立たないだろうからね。」


ちょっと困った様に笑う櫻井さんに「現場の奴等の士気が上がりますよ。」と言えば、「変に気を張らせてしまうだけさ。」と返されてしまった。間を開けずに、


「久しぶりに会えて良かったよ。君は昔とちっとも変っていない。真っ直ぐなところも、多少口の悪いところもね。」


そう言って、嬉しそうに笑う櫻井さんに何だかとても恥ずかしくなる。それを誤魔化すために、「あんただって変わってない。」と口に出すとぶっきらぼうな物言いになってしまった。それを聞いて櫻井さんがますます笑うものだから居た堪れない気持ちになった。


「それじゃ、僕はもう行くよ。調査の件、引き続き頑張ってくれたまえ。」


俺に背を向けて櫻井さんは歩き出す。慌てて「お疲れ様です。」と一礼すると、靴音が止まった。


「本間君。君は君のやりたいように、進みたい方に進むと良い。困った事があれば僕に相談してくれ。出来る限り手伝うよ。」


そう言うと、俺が返事をする間も無く今度こそそのまま外に歩いて行ってしまった。急にどうしたのかと思ったが、それよりも自分の事をどこか認めてもらえている気がして嬉しかった。俺が櫻井さんを頼るんじゃなくて、いつか櫻井さんが俺を頼ってくれればいいと、そう考えながら俺も次の目的地に向かうため、足を動かした。


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