Another circumstance of inheriting the earth
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かつて人間がいた。人間は、わたしと、あなたたちの歴史の中で、自らをホモ・サピエンスと称した。人間は、自らの生きる糧を自らの力で作り出す術を見いだした。人間は、それが良い事だと考えた。生まれた地表から離れ、自らが作り出した世界で生きる事を知った。人間は、それで良いと考えた。人間は、遠く離れたそれぞれが、広く自らの意志を広げる術を見いだした。人間は、それが良い事を導くと考えた。それは、人間にとっての福音だった。人間は信じていた。人間はやがてそれぞれの福音の地へ旅立つのだと。人間にとっての輝かしい未来であった。
人間が羽化する時がやってくると。精神を拘束していた肉体という頸木から解き放たれ、自由になる瞬間が訪れるのだと。
そして時が来た。存在は喜びを全身で表わした。ある者はまさに開かんとする薔薇の蕾を表わし、ある者は太陽の恵みを表わそうとした。喜びは確かに、正確に、完全に伝達された。存在は、それぞれの喜びを完全に理解した。存在は自らの喜びを伝達する事に夢中で、互いの喜びを分かち合おうとはしなかった。存在はもはや、それぞれの喜びを理解する事を必要としなかった。
存在はかつて人間と呼ばれていた。存在にとってもはや意志を阻むものは存在し得なかった。存在はもはや、存在などではなかった。それぞれの存在とでも言うべきものだった。わたしと、あなたたちだった。
meaning: search《歴史》:現在を時間軸上の基点とした場合、マイナス方向に存在する点の集合における何らかの事物の変化、あるいはその記録
meaning: search: わたしたちと、あなたたちの個体ごとに
meaning: search《互いに》:わたしとあなたとで,わたしとあなたたちとで
meaning: search《薔薇》
meaning: search《太陽》
meaning: search《精神》
meaning: search《肉体》
meaning: search《個体》
meaning: search《現在》
…………………………………
[また彼らをモニタリングしているのか]
同僚の【イメナ】(正確な表記不可)が【伝達】してきた。
[彼らのネットワークに、ほんの少しだけ介入しているだけだ。それだって趣味でやっているわけじゃない。「集会」で使う資料用のデータ取りだよ。ほら]
僕は彼に【伝達】した。
[おい、これは何だ]
[単なる観測データだよ。彼らが同期している汎惑星上のネットワークを一つの脳神経回路と【見立て】て、その通信パターンから思考内容を推察した物だ]
[このデータだと、あくまで、このように推察することも出来る、というモデルの一つに過ぎないだろう。ネットワークが思考そのものだと考えるなんて、【妄想】だよ。肉体的に人類よりもずっと進化した俺たちだって、【伝達】が思考そのものと等しいわけじゃない]
[本来の彼らの肉体構造は、神経回路の構築そのものが、記憶の保持と等しかったんだよ。けれど、【伝達】する手段を持たなかった彼らには、その方法での情報濃度の上昇には限度があった。だから、脳内ネットワークの相互接続と記録装置の大容量化で対応しようとしたわけだ。そうやって彼らは僕らの誰よりも大きな頭と広大な神経回路を手に入れた。【伝達】されただろう、【すばらしい】じゃないか。これが僕らの進化の可能性の一つ、そこへ向かう過程の姿だ]
[あまり雑多な感情イメージを【伝達】してくるな。引きずられて正確な全体像を把握するのが困難になる]
[君こそ人間の成し遂げた事実にもっと【驚嘆】すべきだよ。彼らはもはやあの星のどこにでもいて、どこにもいない。【雲霞】のごとくであり、【大地】のごとくでもある。過去のあらゆる記録情報を自由に参照し、記録装置を用いてその内容を瞬時に、完全に理解し、僕らの【伝達】よりもはるかに正確に相互の理解を認識するんだ]
[あまり【興奮】するな。俺の方まで【頭に血が上る】だろう。そもそもおまえは大事な事を忘れていないか。彼らは、おまえがモニタリングを始めてからずっと、記録情報の参照と記録装置への書き込みを繰り返しているだけだ。それも、アクセス権限を持つ全【個体】が、だ]
[彼らは新しい記録情報にアクセスし続けているのさ。これまで読み込んだことが無いものにね。そして、生成したイメージ情報を記録装置に記録している。同じ記録情報に対して生成されたイメージは、他の【個体】が読み込むまでの間に外部処理装置によって統合、分別が行われ、新たな、より少ない記録情報として保存される。さっきのデータも、記録装置に保存されたオリジナルのデータじゃない。再生された回数だけ改変され、その都度新規に保存されてきたイメージデータだ。そうやってから、全ての【個体】が読み込むまでの間、ネットワークはずっと【踊り】続ける。17,500,126,548体の全【個体】が全ての記録情報を【読み】終えるまでね]
[お前の【文学的表現】の多さには【辟易】とさせられる。考えてもみろ。彼らはそうやって分別と統合を繰り返しているだけだ。それは生物が持つ判断の【揺らぎ】とは異なるものだ。彼らはもはや生物ではないんだよ。肉体という圧力源を失い、ネットワークの海に飛び出した瞬間に、彼らの精神はネットワーク全体に爆発的に拡散したんだ。ビックバンの直後の宇宙のようにだ。あっという間に【血圧】が0になってショック【死】したってわけだ]
[ビックバンの直後には【揺らぎ】があったはずだよ。それに、彼らはもはや僕たちとは違う次元の生物なんだよ。僕らの基準で、彼らが生物かそうでないかを決めることはできないんだ]
[外部記憶装置から情報を引きずり出して知ったかぶるのはやめろ。お前のおかげで俺の【感情】表現タスクも随分と充実したよ。【憂鬱】【発憤】【辟易】……【諦観】もだ]
[……このシステムの到達点の一つはまさにそこなんだ。全【個体】の持つ感情表現タスクをデータ化・統合し、一つの地点に置いてくること。その果てに、人間は彼らの精神の【原型】に限りなく近づくことになるんだ]
[【ばかばかしい】。彼ら人間はその中の単なるサブシステムに過ぎないだろう。一つの入力に対して一つの写像を出力する機械だ。その繰り返しでいつか統一された解が得られるだなんて、【夢想】に過ぎない。だいたい、そんな物を作り出して何の意味がある?]
[他者の存在があるからこそ初めて自己の存在を意識することができる。情報の集積と統合を繰り返すにつれて、作成されるイメージデータには偏りが出来つつある。彼らは徐々に他者というものの存在を認識できなくなってきているんだ。このシステムが構築された時、どういう意図がされていたのか僕にはわからない。けれど確かなことは、これまで人類が積み上げてきたことが一つに集積されつつある、と言うことなんだよ。僕らは彼らが集って一つの塔を積み上げているのを、羨ましげに眺めている、というのが客観的な事実なんだ]
[おまえの【妄想】に付き合うのはもうたくさんだ。良いだろう、「集会」に観測データを提出して、せいぜい【失笑】を買うと良い]
【イメナ】はそのまま【伝達】をやめてしまった。
僕は深い【落胆】を抱きながら、観測データの集計を開始した。
僕の頭上を青い惑星が通り過ぎていった。一日に4度頭の上を通り過ぎていく惑星を見るのは、今回で3度目だった。
「VRMMORPGもの」が大変人気です。個々の作品はとても面白いと思いますし、SFにファンタジィの世界観を無理なく融合でき、測定不可能なファンタジィを測定可能な領域に落とし込むことが出来るという意味では、すばらしい手法だと思います。
しかしながら、別の見方をすれば、「VRMMORPG」とは、ネットワークに人間の脳みそが直結した状態だと考える事も出来ます。
RPG=ゲームである事、MMO故の多様な人間関係、といった視点だけではなく、SF故に「VR」という新しい技術によって人間に何がもたらされるのか、あるいは人間がどのように変質してゆくのか、といった視点での物語も読んでみたいと考える私は、少々ひねくれているのかもしれませんが。




