食堂生存計画!
妖怪ものです。ほのぼのしてます。お付き合いいただければ幸いです。
山に囲まれた小さな村。
その村には、一人の少女が営む一つの食堂がある。
……それはそれだけなら不思議なことではない。お年寄りが多く、若い人の力が不足しているこの村ではホームヘルパーや冬の時の雪下ろし、ちょっとした雑用を何でも屋として引き受けたりと、体力と根気、があり、仕事を選ぼうとしなければ就く職は結構あるし、実家の仕事を引き継ぐのが珍しくないため、少女が店を継いだとしても不思議はない。
……けれど、その食堂……間宵食堂は普通ではない噂が複数ある。
曰く、そこにいる少女はずっと老いず食堂を切り盛りしている。
曰く、そこは不通にはたどり着けない場所にある。
曰く、そこに行ったものは救いを得る。
曰く、そこは迷い人と、妖怪のための場だ。
それらの噂というより伝説は今では誰にも信じられていないし、最近は忘れさられていっている。知っているのは老人か民俗学者ぐらい。
……の、はずだった。
――――――――――
間宵食堂の噂は結局のところ、全て真実だ。店主の少女も『迷い家』と呼ばれる妖怪で、迷い人を迎え入れ、調理道具を授け家を裕福にする妖怪だ。
けれど、迷い家がそれを実行していたのは昔の話で、今は妖怪のための食堂を開いている。
その理由は単純だ。迷えば無限に穀物を取り出せる器などをもらえる、とうわさに聞いた人たちがわざと迷い、お人好しな迷い家がそのすべてを無視できず収拾がつかなくなってしまったためである。
今ではその伝説も忘れ去られ、まったりした日々を送っていたのだが……
――――――――――
「間宵ちゃん!迷い人がいるよ!」
妖怪でにぎわう間宵食堂。そこに、一人の少女―――雨女が飛び込んできて、そう言った。間宵と呼ばれた割烹着姿の少女は持っていたお盆に乗ったどんぶりを落としかけ、慌ててバランスを取り、
「えぇ?何で?最近は地図とか道とかできてて迷う人いなかったのに!?」
「よくわかんないけど、獣道に迷い込んだみたい。」
「それってすごい方向音痴なだけじゃぁ……。」
間宵はため息をつき、どうしようか?と思案する。
妖怪の本領を発揮するなら見捨ててはいけないのだが、またあの時みたいに利益だけを求めて迷う人が出てきても……
「間宵ちゃん、あんまむりしねぇ方がいいんじゃないか?」
「そうそう。何もここに連れてこなきゃいけないってわけでもねぇしなぁ。」
「ワタシが送り返しマショウか?」
食堂にいた妖怪たちが親切にそう手助けをしてくれる。本当はそれにすがりたいし、正直昔体験したことはもう味わいたくないと思う。けれど、
(私は迷い家ですし……どうしましょう?)
「うぅ――――……。」
間宵は頭を抱え、低く唸る。けれどそれで答えが出るはずもなく、時間だけが無意味に過ぎ……
「大変だっ!迷い人が自然にできた穴に落ちてけがをっ!」
迷い人がどんどんピンチに陥っていく。
(あぁぁぁぁああぁぁっ!もう!現代人ならちゃんと文明に頼ってどうにかしてよぉぉぉぉぉ!)
間宵は内心で本音を叫び、深呼吸してから
「私が妖怪だとばれないように手当してっ……返す!」
そう言った。
――――――――――
道に迷った。
(方向音痴だとは知ってたけど、まさかここまでとは……!)
青年―――田中健は自然にできた穴に落ち、くじいた足を引きずりながら先を進む。
行く手に見えるのは木々ばかりで、出口は見えてこない。
(どこから間違ったんだろうか……?)
健は自分の運の悪さにため息をつき、今まで自分が歩いてきた道を振り返り、どこがどう違っていたのか思案する。
(あの細道を近道だと勘違いした時……かなぁ……。)
そう呟きながら木々をかき分け、
「……あれ?」
健は一軒の家を見つけた。一昔前の食堂のような外見をした建物だった。
(もしかして……着いた……?)
期待を込めて周囲を見渡すが、そこにあるのは相変わらずの木々だ。建物が怪しい事には変わりない。けれど、
(あってるかも……)
健はそう前向きに考え、建物へと近づく。
――――――――――
「おい。入ってったぞ。」
食堂を裏の窓から覗きこんでいた妖怪が青年が店に入るのを見て、窓から中を覗き込めない人たちのためにそう伝えた。
「ウマクいくデショウカ?」
「大丈夫だろ?いざとなったら手助けもできるしなぁ。」
「そうそう。いざとなったらスパッとやっちまうぜ。」
妖怪たちは口々にそう言いながら、けれど、その物騒な物言いの割にはおとなしく、間宵を見守る。
――――――――――
からんころん……という古臭いベルの音に、間宵は自然に反応し、振り向いてやって来た青年に笑顔を向け、
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
普通の店のように対応する。
(おかしくないよね……?しばらく人間と接してないからわかんないけど……)
ドキドキしながら反応を待つ。青年は周囲を見渡してから、間宵に視線を合わせ、
「すいません……。迷ってしまって……」
申し訳なさそうにそう言った。間宵はそれに驚いたような演技をして、
「それは大変ですね。手当しますので、そちらにお座りください。」
そう言って、間宵は包帯などを用意しようとして、背後から聞こえるとまどったような声を聴いた。
「え……?棒?」
(しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
間宵が進めてしまったのは蟒蛇と呼ばれる蛇の妖怪用の椅子だ。
(どっどっ……どうしよう……!)
間宵はあんぐりと棒を見る青年にどうフォローしようかあたふたして……
――――――――――
「うわばみっ!何でてめーあんないす持ち込んでんだよッ!」
「持ち込んだんじゃない!間宵ちゃんの好意だよ!羨ましいだろ!」
窓の外で、妖怪たちが蟒蛇に掴み掛る。蟒蛇はそれらをするするとさけながら勝ち誇ったようにそう言う。
「お前がそんな体なのが悪いんだろ!」
「存在全否定!?」
「静かに!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ妖怪たちを沈めたのは雨女だった。足りない背をろくろっくびに乗って補い、窓を覗き込む雨女は楽しそうに報告する。
「間宵ちゃんがフォロー始めるわよ!」
――――――――――
「それはですねっ……」
間宵は、いまだにごっちゃになった頭で言う。
「コート掛けです!掛けるものがあったらお掛け下さい!」
「は……はぁ……。」
青年は納得したように頷き、けれどかけるものがないから、と断って隣の椅子に腰を落とす。
(切り抜けれたかなぁ……。)
間宵はほっと息を吐いて薬箱を取り、治療をしようと箱を開いて
「え……?薬草?」
青年が箱の中に入った薬草に驚いてそう呟く。
間宵はしばらく呆然として、内心で
(えぇぇぇええぇえ!?薬草駄目なの!?)
――――――――――
「おい!薬草駄目とかどんな神経だよ!」
「ココロガ狭い!なんなんですか!薬草ぐらいいいジャナイデスカ!」
「薬草の何処が駄目なの!?普通じゃね?」
妖怪たちが窓の外で口々にそう文句を言い、乗り込んでやろうか、という意見まで出た頃……
――――――――――
「この辺りで採れる薬草ですよ。万能なんですよ。」
間宵はいい加減にそう言い、
(早く帰らないかなー。)
と願う。
薬草をすり鉢ですりつぶしながら、間宵は暇つぶしがてらに
「それで、こんな山奥に何の御用で?」
問う。青年は恥ずかしそうに頬をかいて、
「いや……迷い家を探してまして……。」
そう言った。
唐突に語られた名前は自分の名前だ。愛称としての間宵ではなく、妖怪としての名だ。
(私に何の用でしょうか……?)
間宵は内心でそう首を傾げ、記憶を掘り返しながら尋ねる。
「迷い家に何か……?」
「はい。僕、昔も迷って……その時、迷い家に助けていただいて……もう二十ですし、ちゃんと行けるかなって思ったんですけど……無理でしたね。」
青年は苦笑いとともに言う。
(私に……お礼、ですか……。)
その言葉は想像もしていなかった言葉だった。間宵は十年前の出来事を思い返しながら、包帯をゆっくりと巻いていく。
(言っても、いいかも……)
少し思う。この人には悪意がない気がする。本当に善意で、ここにいるような気が。
……けれど。
(心の中は読めないし……)
どうしようか、と迷う。ただ返すわけにはいかないと思った。何かの思惑があったとしても、この青年がここまで来たのは真実で……。
だから、
――――――――――
「十年前ってーと、あれだよな?」
「ちっせーがきが迷い込んだヤツな?」
窓の外で妖怪たちは過去を思い出し、頷きあい、
「けどあのちっせーのがなぁ。」
「妖怪から見たらまだガキだけどなー。」
笑いあう。けれど、真剣な面持ちで
「けど、懐かしいからって……信じていいわけじゃねぇよな。」
――――――――――
間宵は、決めた。
(言おう。ちゃんと。)
包帯を巻き、礼を言う青年に向き直って、口を開く。窓の向こうで妖怪たちが驚く様子が見て取れた。
(大丈夫、だから。)
「―――迷い家は……」
急に話しかけた間宵に、青年は驚いたように目を見開く。そんな青年に間宵は笑いかけて、
「私ではありません。」
言った。
(ごめんなさい。本当のことはやっぱり言えない。)
少しがっかりする青年に笑いかけ、内心で謝罪する。
(―――でも、ここにきてくれたのは嬉しかった。だから……)
「でも、迷い家にこの山であったんですよね?だったら、ここにお礼を言おうと思ってきた……それだけで、思いは通じてると私は思います。」
(予想として、曖昧な想像として、感謝を言わせてください……。)
――――――――――
「―――間宵ちゃん……また、人の相手するの?」
青年が帰った後、雨女が不安げに言った。雨女はかつて大変だった時期を知っているし、この居心地のいい場所を失うのも怖いのだろう。
間宵は首を振り、否定する。
「ううん……。大変だし……。」
(あの人が来てくれたのは嬉しかったけど、全てがそうあるわけじゃないしね……。)
少しずつにぎわっていく店内を見て、間宵は楽しそうに笑って、
「私は今、定食屋をするのが楽しいから。」
そう言う。
かつて、迷った人を手助けするのが間宵の役目だった。
けれど一度大変な目にあって、それをやめてしまった。妖怪としては間違っているのかもしれない。
けれど、妖怪たちの居場所としてあるのも自分の一つの在り方だと思う。
だから、
「これからもがんばってくよ。」
そう思い、そうありたいと思った。
お付き合い有難うございました。
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