にげられない
昼下がりのあるカフェで、女は友人を待っていた。ここしばらく連絡が取れなかった男友達から、相談したいことがあると言われ、急遽会うことになったのである。
そうして席でしばらく座っていると、待ち合わせ相手であるアダムが店に入ってきた。
「アダムくん久し……なにその恰好」
アダムは、ニット帽にサングラス、マスクとまさしく不審者のような出で立ちで歩いてきた。しかも、見た感じすべて新品だろうか。
「……ああ、久しぶり。ちょっと事情があってな」
そういって席に座ったアダムと他愛ないやり取りを交わしつつ、何気なく女が尋ねる。
「――それで、相談ってどうしたの?」
すると、アダムは表情を曇らせて話し出した。
「…………実は、最近ストーカーに遭っているんだ」
「え、ストーカー?気のせいとかじゃなくて?何か被害とか出てるの?」
「……ああ、気のせいじゃない。家にあったはずの物が……無くなるんだ」
「それは……おかしいね」
「しかもそれだけじゃない。既に別れてしまった彼女もずっと言っていたが……その、何かに見られている気がするんだ。朝も昼も夜も――今も」
「…………」
そう言われた女が、さり気なく辺りを見回す。しかし、特に怪しい人物を見つけることはできなかった。
「……ありがとう話してくれて。でも、なんで私に?」
「頼れるのはもうカノしかいないんだ。あと、お願いなんだが……」
「?」
「一晩だけ、泊めてくれないか?」
「ちょっと狭いかもだけど、自分の家みたいにくつろいじゃっていいからね」
アダムを家に上げたカノが、部屋の前でそう告げた。
「ありがとう、助かる。綺麗な部屋だな」
「えー嬉しい!けどアダムくんの部屋の方がきれいだよ!」
「……そうか」
「ああ、でも」
「?」
朗らかな笑みを浮かべていたカノが、真面目な顔をして口を開いた。
「隣の部屋は絶対開けちゃダメだから」
「……分かった」
「よし!じゃあこれから何しよっか。学生の頃みたいにゲームでもやる?私最近これにハマってるんだよねー」
テレビの脇に置いてあったゲームソフトを手に取り、アダムに見せるカノ。
「奇遇だな。僕もだ」
「じゃあどっちの方がつよいか私と――」
そうして数時間後。
「――やっぱりつよいねーアダムは。どれだけやってるのさ」
長期戦へともつれ込んだ対決も終わり、カノは項垂れながら非難気な声をあげた。
「細かい時間は分からんが、カノの倍はやってるだろうな」
「うへーそりゃ勝てないわ。あ、もう夜だし晩御飯の準備してくるね」
「手伝うぞ」
「いいのいいの。ゆっくりしてまってて」
そういって台所に向かったカノを確認したアダムは、言われた通り部屋でじっとする――ことはなかった。
音を立てないよう、慎重にドアを開けたアダムは、忍び足で少しずつ移動し、隣の部屋の前に立つ。
そして。
慎重にドアノブを握り、鍵がかかってないことを確かめたアダムは、ゆっくりとドアを開け――
「なにをしてるの?」
ドアが開くと同時に、暗い廊下の先に目を向ければ、そこにはにこりともしないまま包丁を手にしたカノの姿があった。
「私、言わなかったっけ?絶対に開けないでって」
カノが足を進める度、ギシギシという音が辺りに鳴り響く。
「……そんな…………嘘だ……」
「……あーあ。バレちゃったんじゃしょうがないか。そうだよ?ストーカーしてたのは私。幻滅した?」
膝から崩れ落ちたアダムに、カノはほの暗い笑みを向ける。
アダムが部屋の中に目を向ければ、そこには部屋一面に貼られた自分の写真や、失ったと思っていた私物などが見て取れた。
しかし――
「……そうじゃない……そうじゃないんだ…………」
「何が?」
「カノがストーカーなのは、ずっと前から分かっていた」
「…………え?」
「……でも、もう駄目だ。ここにないのなら、もう……」
顔から血の気が引き、震えが止まらなくなったアダムに、カノが戸惑いながらも聞いた。
「ちょっとまってどういうこと?ここにないって――」
「なかったんだ!ここには!家具も家電も服も窓も扉も屋根も壁も……無くなったものが何一つ!!」
「…………は?」
「……あぁ助けてくれカノ。このままじゃ僕は……」
「ちょ、一回落ち着いてってば!何を――」
縋りついたアダムをカノがなだめようとしたその時。
暗い廊下に、どこからか光が差した。
「……アダムくん、玄関開けた?」
「……僕じゃない」
「そうだよね、おっかしいなー鍵かかってるのに」
そう言って閉めにいくカノだったが――
「……は?」
閉めることは、できなかった。
なぜなら――
閉めるための扉は、既にそこには無かったからである。
「……意味わかんないんだけど。なにこれ、どういうこと!?」
そう叫ぶカノに、アダムは何一つ答えられない。
それに……。
「……カノ、早く玄関から離れた方がいい。そっちからすごく視線を感じるんだ……」
「視線って、それは私がカメラ越しに見てたからで――」
「綺麗だったんだろ?部屋」
「あ……」
周りには人一人いないが、分かる。
確実に、何かに見られている。
「いいから、早くこっちに――」
その時。
リビングの方から、ギイギイと何かの大きな物音が鳴り響いた。
「……!?」
「さっきから何なの一体!?」
アダムが廊下で座ったまま固まる中、カノが包丁を手にリビングに向かう。カノが乱雑に扉を開け、それを後ろから見ていたアダムが目にしたのは――
砕けながらも独りでにどこかに飛び去る窓ガラスと、中途半端に千切られ、吹き飛ばされるカーテンだった。
カノは、しばらく立ち尽くしたままその様子を眺めていたが、何を思ったのかひらけたバルコニーからどこかを見上げ――包丁を落とした。
「…………カノ?」
そのまま動かないカノに、アダムが声をかける。そしてカノは、こちらに振り返らないまま言った。
「………………ねえ、アダムくん。わたしは今、
なにと目が合っているの?」




