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小さな妄想を、ショートショートに

にげられない

作者: 酢ランプ
掲載日:2026/10/04

 

 昼下がりのあるカフェで、女は友人を待っていた。ここしばらく連絡が取れなかった男友達から、相談したいことがあると言われ、急遽会うことになったのである。

 そうして席でしばらく座っていると、待ち合わせ相手であるアダムが店に入ってきた。

 


 「アダムくん久し……なにその恰好」



 アダムは、ニット帽にサングラス、マスクとまさしく不審者のような出で立ちで歩いてきた。しかも、見た感じすべて新品だろうか。



 「……ああ、久しぶり。ちょっと事情があってな」

 


 そういって席に座ったアダムと他愛ないやり取りを交わしつつ、何気なく女が尋ねる。



 「――それで、相談ってどうしたの?」



 すると、アダムは表情を曇らせて話し出した。



 「…………実は、最近ストーカーに遭っているんだ」


 「え、ストーカー?気のせいとかじゃなくて?何か被害とか出てるの?」


 「……ああ、気のせいじゃない。家にあったはずの物が……無くなるんだ」


 「それは……おかしいね」


 「しかもそれだけじゃない。既に別れてしまった彼女もずっと言っていたが……その、何かに見られている気がするんだ。朝も昼も夜も――今も」


 「…………」



 そう言われた女が、さり気なく辺りを見回す。しかし、特に怪しい人物を見つけることはできなかった。



 「……ありがとう話してくれて。でも、なんで私に?」


 「頼れるのはもうカノしかいないんだ。あと、お願いなんだが……」


 「?」


 「一晩だけ、泊めてくれないか?」




 






 「ちょっと狭いかもだけど、自分の家みたいにくつろいじゃっていいからね」



 アダムを家に上げたカノが、部屋の前でそう告げた。



 「ありがとう、助かる。綺麗な部屋だな」


 「えー嬉しい!けどアダムくんの部屋の方がきれいだよ!」


 「……そうか」


 「ああ、でも」


 「?」



 朗らかな笑みを浮かべていたカノが、真面目な顔をして口を開いた。



 「隣の部屋は絶対開けちゃダメだから」


 「……分かった」


 「よし!じゃあこれから何しよっか。学生の頃みたいにゲームでもやる?私最近これにハマってるんだよねー」



 テレビの脇に置いてあったゲームソフトを手に取り、アダムに見せるカノ。



 「奇遇だな。僕もだ」


 「じゃあどっちの方がつよいか私と――」





 




  そうして数時間後。

 


 「――やっぱりつよいねーアダムは。どれだけやってるのさ」



 長期戦へともつれ込んだ対決も終わり、カノは項垂れながら非難気な声をあげた。



 「細かい時間は分からんが、カノの倍はやってるだろうな」


 「うへーそりゃ勝てないわ。あ、もう夜だし晩御飯の準備してくるね」


 「手伝うぞ」


 「いいのいいの。ゆっくりしてまってて」



 そういって台所に向かったカノを確認したアダムは、言われた通り部屋でじっとする――ことはなかった。

 音を立てないよう、慎重にドアを開けたアダムは、忍び足で少しずつ移動し、隣の部屋の前に立つ。



 そして。



 慎重にドアノブを握り、鍵がかかってないことを確かめたアダムは、ゆっくりとドアを開け――




 「なにをしてるの?」



 ドアが開くと同時に、暗い廊下の先に目を向ければ、そこにはにこりともしないまま包丁を手にしたカノの姿があった。

 


 「私、言わなかったっけ?絶対に開けないでって」



 カノが足を進める度、ギシギシという音が辺りに鳴り響く。



 「……そんな…………嘘だ……」


 「……あーあ。バレちゃったんじゃしょうがないか。そうだよ?ストーカーしてたのは私。幻滅した?」



 膝から崩れ落ちたアダムに、カノはほの暗い笑みを向ける。

 アダムが部屋の中に目を向ければ、そこには部屋一面に貼られた自分の写真や、失ったと思っていた私物などが見て取れた。


 しかし――



 「……そうじゃない……そうじゃないんだ…………」


 「何が?」




 「カノがストーカーなのは、ずっと前から分かっていた」


 「…………え?」


 「……でも、もう駄目だ。ここにないのなら、もう……」



 顔から血の気が引き、震えが止まらなくなったアダムに、カノが戸惑いながらも聞いた。



 「ちょっとまってどういうこと?ここにないって――」

 



 「なかったんだ!ここには!家具も家電も服も窓も扉も屋根も壁も……無くなったものが何一つ!!」



 「…………は?」


 「……あぁ助けてくれカノ。このままじゃ僕は……」


 「ちょ、一回落ち着いてってば!何を――」



 縋りついたアダムをカノがなだめようとしたその時。

 暗い廊下に、どこからか光が差した。



 「……アダムくん、玄関開けた?」


 「……僕じゃない」 


 「そうだよね、おっかしいなー鍵かかってるのに」



 そう言って閉めにいくカノだったが――



 「……は?」



 閉めることは、できなかった。


 なぜなら――





 閉めるための扉は、既にそこには無かったからである。

 


 「……意味わかんないんだけど。なにこれ、どういうこと!?」



 そう叫ぶカノに、アダムは何一つ答えられない。

 それに……。



 「……カノ、早く玄関から離れた方がいい。そっちからすごく視線を感じるんだ……」


 「視線って、それは私がカメラ越しに見てたからで――」


 「綺麗だったんだろ?部屋」


 「あ……」



 周りには人一人いないが、分かる。


 確実に、何かに見られている。



 「いいから、早くこっちに――」



 その時。

 リビングの方から、ギイギイと何かの大きな物音が鳴り響いた。



 「……!?」


 「さっきから何なの一体!?」



 アダムが廊下で座ったまま固まる中、カノが包丁を手にリビングに向かう。カノが乱雑に扉を開け、それを後ろから見ていたアダムが目にしたのは――



 砕けながらも独りでにどこかに飛び去る窓ガラスと、中途半端に千切られ、吹き飛ばされるカーテンだった。



 カノは、しばらく立ち尽くしたままその様子を眺めていたが、何を思ったのかひらけたバルコニーからどこかを見上げ――包丁を落とした。

 


 「…………カノ?」



 そのまま動かないカノに、アダムが声をかける。そしてカノは、こちらに振り返らないまま言った。



 「………………ねえ、アダムくん。わたしは今、






 


 なにと目が合っているの?」

 


 





 




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