初めての夜と、温かなスープ
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「……ふぅ。とりあえず、買い物はこんなところか」
防具屋を出た頃には、すでに日は西に傾き、街全体が茜色に染まり始めていた。
空のグラデーションに合わせて、街路に設置された街灯――魔石を動力源とする「魔導灯」が、ポツポツと淡い光を灯し始めている。
異世界転生モノの定番とも言える光景だが、実際にこの目で見ると、ファンタジー特有の情緒に心が踊るのを感じた。
俺がこの世界で守ると決めた少女、エリスはといえば、新品の革鎧に身を包み、少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに自分の格好を何度も確認している。
飛竜革を用いたその装備は、軽量ながら鉄に匹敵する強度を持ち、深いワインレッドの色合いが彼女の銀髪によく似合っていた。
グゥゥゥ〜……。
不意に、可愛らしい音が夕暮れの街角に鳴り響いた。
エリスがハッとして、顔を真っ赤に染めながらお腹を押さえる。
「あ、う……ご、ごめんなさい! その、緊張が解けたら、急に……」
「ハハッ、謝るこたぁねぇよ。そういや、昨日の夜からずっと動きっぱなしで、何も食ってなかったな」
俺も空腹を感じたいところだが、あいにくダルマの体は燃費がいいのか、空腹感という生理現象が存在しない。
だが、生身の人間であるエリスは限界だろう。MP(精神力)はともかく、HP(体力)とスタミナの回復には、質の良い食事と睡眠が不可欠だ。
FPSでも、補給線の確保は勝利への第一歩である。
(ソフィア、この辺で飯が食えて、泊まれる場所は? なるべく治安が良くて、飯が美味いところがいい)
『検索完了。現在地から北へ50メートル。冒険者向け宿屋『金色の亭』を推奨。セキュリティレベルB+。食事の評判もエリア内トップクラスです。ただし、料金は相場の三倍ほどですが』
(構わん。金ならある。セーブポイントはケチるもんじゃねぇよ)
「エリス、飯にするぞ。今日はもう宿をとって休もう」
「は、はいっ! ……でも、宿代なんて……私の手持ちじゃ銅貨数枚しか……」
「心配すんな。今の俺たちは金持ちだ。お姫様を野宿させるわけにはいかねぇからな」
俺はエリスを促し、ソフィアが推奨した『金色の亭』へと向かった。
***
『金色の亭』は、石造りの土台に太い木材を組み合わせた、堅牢かつ温かみのある建物だった。
入り口の扉を開けると、ムワッとした熱気と共に、食欲をそそる煮込み料理の匂いと、エールのアルコール臭、そして冒険者たちの喧騒が押し寄せてきた。
カランカラン。
「いらっしゃい! お食事かい? 宿泊かい?」
カウンターの奥から、エプロン姿の恰幅のいい女将さんが元気に声をかけてくる。
エリスがおずおずと前に出た。まだ、人前に出ることに萎縮しているようだ。
「あの……宿泊をお願いします。えっと、二人……いえ、一人と、一体で……」
女将さんはエリスの顔を見て一瞬だけ訝しげな顔をし、次にその腕に抱かれた俺を見て目を丸くした。
無理もない。高級な装備に身を包んでいるとはいえ、エリスの体からは隠しきれない疲労と、どこか訳ありな雰囲気が漂っている。
「うちは高いよ? 一泊、食事付きで銀貨一枚だ」
周囲の冒険者たちが聞き耳を立てているのが分かる。
銀貨一枚。日本円にして約一万円といったところか。
この世界の庶民が暮らす安宿なら銅貨数枚(数百円〜千円)が相場だ。それを考えると破格の値段設定だが、それはすなわち「客層が良い」というフィルターでもある。
「……ポンタさん、どうしましょう? 銀貨なんて……」
「(エリス、金貨を一枚出せ)」
「えっ? き、金貨ですか!? そんな大金……」
「(いいから。舐められるなよ)」
エリスは震える手で、俺がインベントリから吐き出した「ガレリア帝国金貨」をカウンターに置いた。
ゴトリ、と重く、鈍い音が響く。
黄金の輝きに、女将さんだけでなく、近くで飲んでいた冒険者たちの視線まで釘付けになった。
「おやまぁ……! 金貨なんて久しぶりに見たねぇ」
「(伝えてくれ。『10日分、前払いで頼む。一番いい部屋と、一番うまい飯を用意してくれ』とな)」
エリスが俺の言葉をそのまま伝えると、女将さんの表情が一変した。疑念は消え飛び、商売人としての満面の笑みが浮かぶ。
「承知したよ! お釣りは預かっておくから、何か必要なものがあったらいつでも言ってきな! お湯もたっぷり使えるからね。さあさあ、二階の特等室へ案内するよ!」
現金なものだが、これが資本主義だ。
俺たちは周囲の好奇の視線を背中に浴びながら、階段を上っていった。
***
通された部屋は、確かに「特等」の名に恥じないものだった。
広々とした室内には厚手の絨毯が敷かれ、窓にはガラスが嵌め込まれている。そして何より、部屋の中央には清潔なリネンに包まれたダブルサイズのベッドが鎮座していた。
荷物を置くと、俺はまずエリスに風呂を勧めた。
宿の一階には、宿泊客専用の共同浴場があるらしい。
「い、行ってきます……。すぐ戻りますから!」
エリスは着替えを持ってパタパタと部屋を出ていった。
一人残された俺は、窓際のテーブルにふわりと着地し、眼下に広がる夜の街を見下ろした。
(ソフィア。昨夜の戦闘データの整理と、エリスのステータス再確認を頼む)
『了解。……戦闘ログ、保存完了。エリスのバイタルデータですが、慢性の栄養失調と、古い打撲痕が複数確認されています。適切な栄養摂取と休養により、数日で完治する見込みです』
(打撲痕……か)
俺の心が冷たく熱くなる。
あのか弱い体で、どれだけの暴力を受けてきたというのか。
俺が来るのがあと数日遅かったら、彼女は森で死んでいたか、あるいはもっと酷い目に遭っていたかもしれない。
「……絶対に守り抜く。それが俺の、この世界でのメインクエストだ」
ダルマの体には拳がないが、もしあれば爪が食い込むほど握りしめていただろう。
そんなことを考えていると、廊下から軽い足音が近づいてきた。
ドアが控えめにノックされ、開く。
「お、お待たせしました、ポンタさん……」
部屋に入ってきたエリスを見て、俺は思わず(心の中で)息を飲んだ。
濡れた銀髪が艶やかに光り、湯上がりでほんのりと桜色に染まった肌。
ボロボロの服ではなく、清潔な部屋着のようなワンピースに着替えた彼女は、どこからどう見ても深窓の令嬢のような気品があった。
(……まじかよ。磨けば光るどころの騒ぎじゃねぇぞ)
これまではフードや泥汚れで隠れていたが、素材が良すぎる。
湯気と共に漂う石鹸の香りと、クリッとした大きな瞳、整った鼻筋。そして守ってあげたくなるような華奢なスタイル。
もしこれがキャラメイクのあるゲームなら、間違いなく課金スキンレベルの**『SSランク美少女』**だ。
俺はなんだか無性に誇らしいような、誰にも見せたくないような、不思議な独占欲を感じていた。
食堂に行けば、他の客たちも間違いなくこの姿に見惚れるだろう。そう思うと、少しだけダルマの顔が熱くなる気がした。
「おう……さっぱりしたみたいだな(見惚れてたなんて言えねぇ)。飯も、部屋に運んでもらったぞ」
テーブルの上には、先ほど注文しておいた料理が所狭しと並べられていた。
女将さん渾身の「特製ディナー」だ。
メインディッシュは、厚切りオーク肉のステーキ、香草バター添え。鉄板の上でジュウジュウと音を立て、脂の焦げる香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
その横には、ゴロゴロとした根菜がたっぷり入った琥珀色のポトフ。
そして、籠いっぱいに盛られた、焼き立てのふわふわな白パン。
エリスは席に着くなり、キラキラと目を輝かせた。喉が鳴る音が聞こえる。
だが、すぐに彼女は遠慮がちに俺を見た。
「あの……ポンタさんは、食べないんですか?」
「俺はこの通りダルマだからな。エネルギーは魔力で補給してるみたいだ。……いいから食え。俺の分までな」
「……はい。いただきます」
エリスはスプーンを手に取り、ポトフを一口運んだ。
野菜の甘みが溶け出した熱々のスープが、喉を通っていく。
次に、フォークでステーキを小さく切り、口へ運ぶ。
「…………っ」
その動きが止まったかと思うと、エリスの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おい、どうした!? 熱かったか?」
「い、いえ……ちがうんです……」
エリスは涙を拭おうともせず、震える声で言った。
「美味しくて……すごく、温かくて……。こんなご飯、久しぶりで……」
「……『鉄の牙』じゃ、何を食ってたんだ?」
「……硬くなった黒パンとか……魔物の残飯みたいな、具のないスープでした。お前にはそれで十分だって……」
俺の中で、まだ見ぬクズどもへの怒りが再燃した。
育ち盛りで、しかもこんなに可愛い女の子にそんな仕打ちをしていたとは。
ソフィアの報告にあった「栄養失調」の原因はこれか。
(……『鉄の牙』とか言ったか。まだ顔も知らねぇ連中だが……)
俺は心の中で、仮想の敵リスト(ブラックリスト)に奴らの名前を深く刻み込んだ。
(次に会ったら、ただじゃおかねぇぞ。俺のFPSスキルで、二度と冒険者稼業ができねぇように教育してやる)
「……これからは毎日、美味いもんを食わせてやる。金ならいくらでもあるし、稼げばいい。だから泣くな」
「は、はい……っ! ありがとうございます、ポンタさん……!」
エリスは泣き笑いのような表情で、涙をこぼしながらステーキを頬張った。
頼りになるナビゲーターAI・ソフィアのサポートと、念じるだけで標的を撃ち抜く魔法弾。この世界で生き抜くための、規格外の力を手に入れたが……。
『補足。現在のマスターの客観的な見た目は、愛らしい「赤い置物」です』
(うっせぇ、水を差すなポンコツAI!)
……まぁ、そんな騒がしい脳内会議はさておき。
今の俺にとって一番の「報酬」は、この目の前の笑顔かもしれない。
***
食後、温かいハーブティーの香りに包まれながら(俺は飲むフリだが)、少しだけ話をした。
「……そうか。お前も大変だったんだな」
「はい……。ある事情があって、家を逃げ出して……何も知らない私を『鉄の牙』の人たちが拾ってくれたんです。最初は優しかったんですけど、私が荷物持ち以外、何の役にも立たないと分かると、態度が変わって……」
エリスは寂しげに笑った。
彼女が語る「家」の話には、どこか触れてはいけない重さがあった。
言葉遣いや食事のマナー、そしてこの気品。なにか高貴な身分であることは隠しているようだが、俺は深く追求しないことにした。
誰にだって、触れられたくない過去(黒歴史)の一つや二つはある。俺だって、FPS廃人だった過去を詳細に語れと言われたら言葉に詰まる。
その時、エリスが俺のつるりとした体を布で優しく拭きながら、ふと思い出したように言った。
「そういえば……私の家に、ポンタさんにそっくりな『守り神』の像があったんです」
「ほう? 俺にか?」
「はい。真っ赤で、丸くて……。数百年前に異界から来た賢者様が残した、奇跡の遺物だと聞きました。私が小さい頃、辛いことがあるといつもその像にお祈りしていたんです」
(……マジかよ。俺以外にも転生者がいたのか? しかも、ダルマを残すなんてどんなセンスだよ……)
だが、その「誰か」のおかげで、俺はこの姿でエリスと出会えたのかもしれない。
俺の魂がこのダルマに入ったのも、偶然ではないのかもしれない――そんな予感がした。
***
夜も更け、街の灯りも消え始めた頃。いよいよ就寝の時間になった。
部屋には大きめのダブルベッドが一つ。
……待て。
風呂上がりの美少女と、ダブルベッドで同衾?
いくらダルマ姿とはいえ、中身は健全な20代男子だぞ。これはFPSの規約なら即BAN対象のシチュエーションじゃないか?
『バイタル上昇。心拍数増加。マスター、興奮状態ですか? 生殖機能はありませんが』
(うっせぇ!! 男のサガなんだよ、察しろポンコツAI!)
俺が内心で葛藤していると、エリスは疑いもしない純粋な瞳で、俺を抱き上げ、ベッドの枕元に置いた。
ふわりと、彼女の甘い香りが俺を包む。
「ポンタさんが近くにいてくれると、すごく安心します。……精霊様に見守られているみたいで」
「……お、おう。しっかり見張っといてやるから、安心して寝ろ」
「はい……。おやすみなさい、ポンタさん」
エリスは布団をかぶると、数分もしないうちに安らかな寝息を立て始めた。
よほど疲れていたのだろう。無防備な寝顔は、年相応の少女そのものだ。
月明かりが、彼女の長い睫毛に影を落としている。
今日一日、怒涛の展開だった。
過労死して、ダルマになって、狼を撃ち殺して、女の子を救って。
俺はエリスを起こさないよう、音もなくフワリと浮き上がり、窓際の台座へと移動した。
ここなら、部屋全体が見渡せるし、外からの侵入者にも即座に対応できる。
眼下の街は静まり返っている。だが、闇の向こうにはまだ見ぬ脅威が潜んでいるはずだ。
『鉄の牙』の連中も、きっとそのうち出会うだろう。
「……たく、今日は連れ回しすぎたな」
俺はスヤスヤと眠るエリスを見つめ、小さく呟いた。
その寝顔を守るためなら、俺はこのダルマボディを盾にしてもいい。そう思えるほど、彼女は脆く、そして美しかった。
「ゆっくり休めよ、お嬢ちゃん」
明日はギルドに行って、本格的に稼働開始だ。
俺の、そして俺たちの「異世界攻略」は、まだ始まったばかりだ。
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