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渓谷の奇襲戦

【第2章・王都編開幕!】

★毎日「朝7時」更新中!★

カクヨムで話題を呼んだ注目作、なろうにて絶賛連載中!

※第1章(1〜49話)完結済み。通勤・通学のお供にどうぞ!

 深夜、二時。

 アルメニア北方に位置する「沈黙の渓谷」は、その名の通り、不気味な静寂に包まれていた。だが、その静寂は嵐の前のまやかしに過ぎない。崖の上には、正規兵の魔術師団とギルドの選抜メンバー、およそ五百名が息を潜めて伏せていた。その中には、魔力によって無機質な輝きを放つアサルトライフルを具現化させたポンタと、最新兵器である魔導グレネードランチャーの最終チェックを行うルルの姿があった。


『エリス、準備はいいか。魔術師たちのバックアップを頼むぜ』


 通信パスを通じてポンタが呼びかける。渓谷の出口付近に陣取るエリスが、杖を強く握りしめて頷いた。


「はい、ポンタさん。――皆さんに聖なる加護を! 『マナ・ブースト』!」


 エリスが放った清冽な聖光が、夜の帳を切り裂き、崖の上に並ぶ数百人の魔術師たちを優しく包み込む。エリスの源泉となる魔力が異次元から供給される「無限」に近いものであるがゆえに、彼女が放つ通常の支援魔法ですら、常識を遥かに逸脱した強度を誇っていた。


「……信じられない。魔力回路が熱いほどだわ。これなら通常の三倍の術式を編める。ふふ、これほどの高揚感は初めてね」


 黒髪をきっちりと纏めた妙齢の女性である魔術師団長が、己の手を見つめて不敵に微笑む。一人の聖女による底上げが、軍団全体の火力を文字通り変質させていた。


 その時。地平線の向こうから、大地を削るような不気味な足音が響いてきた。


(ポンタ、敵影を確認。先頭は四足歩行の魔獣『ワイルドハウンド』。中央に数千の『ゴブリン』、それらを統率する上位種『ゴブリン・ジェネラル』が複数体確認されます)


 脳内に響くソフィアの無機質な報告。ポンタはレンズ状の瞳を細め、戦況を捉えた。

 渓谷の入り口から、松明の火が猛スピードでこちらへ向かってくる。魔物を強烈に誘引する香料を振りまきながら走る百騎の囮騎兵たちだ。その後ろには、月の光を浴びて黒くうねる魔物の津波が押し寄せていた。殺戮本能に突き動かされた八千の群れが、獲物を逃すまいと渓谷の狭い入り口へ殺到していく。


『……今だ! 騎兵、全力でスロープへ離脱しろ!』


 騎兵たちが崖の上へと逃れる。直後、ポンタの合図とともに、待機していた土魔法師たちが一斉に魔力を解放した。


「「「アース・ウォール!!」」」


 轟音とともに、渓谷の入り口と出口が巨大な岩壁によって完全に封鎖された。逃げ場を失った魔物たちが、パニックに陥り、互いを踏みつけ合いながら牙を剥く。


『全魔術師、座標固定。――撃て(Fire)!』


 ポンタの号令が下された。五百人の魔法が、一斉に解放される。


「「「ファイア・ストーム!!」」」


 暗闇に包まれていた渓谷が、一瞬にして赤熱した地獄へと変貌した。崖の上から降り注ぐ数百の火球が巨大な爆炎の絨毯となり、逃げ場のない渓谷の底を舐め尽くしていく。その凄まじい熱波の中、ルルがグレネードランチャーを構えた。

「シュポンッ、シュポンッ!」

 軽快な発射音と共に放たれた魔導榴弾が、放物線を描いて正確に吸い込まれていく。炎に耐えようとしていた『ゴブリン・ジェネラル』の頭部で爆発が起き、その巨体を粉砕した。


「さあ、私たちも負けていられませんわよ! ありったけの魔力を打ち込みなさい!」


 魔術師団長が鋭い号令を飛ばす。彼女は杖を高く掲げ、瞳に燃え盛るような魔力を宿して詠唱を開始した。


「――虚空を焦がし、全てを灰塵に帰せ! 極大攻撃魔法『インフェルノ(地獄の業火)』!!」


 エリスのバフによって臨界点まで高められた魔術師団長の魔力が、渓谷全体を呑み込む超高温の火柱となって炸裂した。ただの火炎ではない。それは物質を炭化させるほどに純化された破壊の焔だ。

 本来であれば白兵戦で甚大な被害を強いるはずのBランク級の魔物たちが、鋭い牙も強靭な爪も届かぬまま、断末魔の叫びと共に骨の芯まで焼き尽くされていく。


『……仕上げだ。システム、アサルト形態・セミオート。残存個体を排除する』


 火力のピークが過ぎ、ほぼ壊滅状態となった戦場へ、ポンタが冷徹に介入する。

 ポンタの正確無比なタップ撃ちが、爆炎の合間を縫って崖を登ろうとした個体を確実に仕留めていく。

 ――タン、タン、タン!

 FPSの知識とソフィアの精密なナビゲートが融合した射撃。掃討戦が始まってから、およそ十分。激しい爆鳴が止み、ようやく静寂が戻った。


 弱まった炎の下、ピクリとも動かず息絶えた黒焦げの魔物たちの山を見て、崖の上で歓喜の声が上がった。

「やった……本当に勝ったぞ!」「一人の死者も出さずに八千を全滅させた!」


 冒険者たちと正規兵たちが、手を取り合って叫ぶ。その熱狂の渦の中で、魔術師団長はかつてない興奮に頬を赤らめてポンタに駆け寄った。

挿絵(By みてみん)


「素晴らしいわ、ポンタ様……! こんな完璧な勝利、歴史書でも見たことがないわ! あなたの指揮、あなたの戦術……あぁ、ゾクゾクするほど完璧だわ!」


 心酔しきった様子の彼女の瞳は、熱を帯びて潤っている。ポンタは冷静に彼女を見据え、言葉を返した。


『魔術師団長、あんたたちの魔術師団の指揮と統制も見事だった。この統率力がなけりゃ、これだけの面制圧は不可能だったぜ』

「まぁっ、ポンタ様に褒めていただけるなんて! ……ねぇ、これからはミランダと、名前で呼んでくださるかしら? ポンタ様」


 すっかり崇拝モードのミランダに、ポンタは少し圧倒されつつも、全員に向けて声を張り上げた。


『諸君、見事な働きだ! 第一段階として上出来だ! まずはこの勝利を誇れ! だが――まだ油断はするな。ここからが本当の本番だぞ!』


「「「おおおおおっ!!!」」」


 ポンタの鼓舞に、一同が地響きのような大歓声で応える。勝利の熱狂が大地を震わせる。――だが、その喜びをかき消すような、禍々しい声が響き渡った。


 ――グォォォォォォォォォッ!!!


 大気を震わせ、人間の歓声を塗り潰す重厚な咆哮。


「ポンタ様、谷底に積み上がった死体と肉の焼ける異臭、そして残った熱気のせいで、後続の群れが渓谷への侵入を嫌い、迂回を始めましたわ!」


 ミランダが報告する。あまりに短時間で大量の魔物が屠られたため、渓谷は物理的に「死体の山」で塞がれ、生存本能が勝った後続の群れが戦場を避ける進路を取り始めたのだ。


(マスター、次の波を捕捉。敵本隊、推定二万二千が南西方向に旋回を開始しました。河川防衛ポイントへの速やかな移動を推奨します)


 ソフィアの警告が頭に響くと、ポンタは即座に指示を飛ばした。


『予定通り、ここはもう放置していい。エリス、ルル、ミリーナ。遅れるなよ、第二防衛線へ移動する!』


 ポンタの冷静な判断に、兵たちは迅速に従う。勝利の余韻を振り切り、一行はさらなる作戦の第二段階、河川防衛戦へと走り出した。


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