腐食の森と、黄金の守護騎士
【カクヨムコン参加中の話題作、ついに「なろう」解禁!】
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一歩、森に足を踏み入れた瞬間、世界が変わったようだった。
『…………』
静かだ。あまりにも静かすぎる。
本来なら聞こえるはずの鳥のさえずりも、虫の羽音も、風が葉を揺らす音さえもしない。
まるで森全体が死に絶えたかのような、不気味な静寂。
漂っているのは、鼻を突く甘ったるい腐臭と、肌にまとわりつくような湿気だけだ。
「うぅ……頭が、割れそうですぅ……」
ミリーナが、装着しているモコモコのイヤーマフを、さらに両手で強く押さえている。
本来なら、この特製イヤーマフがあれば大抵の騒音は遮断できるはずだ。 だが、今の彼女の表情は苦痛に歪んでいる。
「イヤーマフをしてても……ダメですぅ。キーンって音が、隙間から染み込んでくるみたいで……頭のなかで反響して……気持ち悪いです」
ルナ一族の鋭敏すぎる感覚が様々なものを音として捉える。物理的な遮音を超えて、この森を支配する「何か」を拾ってしまっているようだ。
「キーンって音が、頭のなかで反響して……気持ち悪いです」
俺はすぐにソフィアに解析を命じる。
『ソフィア、周囲の音波状況をスキャン』
『了解。……警告。環境音の欠如を確認。代わって、特定周波数の微弱な魔力波が森全体に放射されています』
ソフィアの冷静な声が脳内に響く。
『これは生物の脳幹、特に「闘争本能」を司る部位に直接干渉する波長です。精神汚染の一種と思われます』
『なるほどな。魔物たちを無理やり興奮状態にさせてるってわけか』
個別にチップを埋め込む手間もなく、エリア一帯の生態系を狂わせる。
誰の仕業かは知らないが、随分と趣味の悪いやり口だ。
ガサガサッ!!
その時、前方の茂みが爆発するように弾け飛んだ。
『警告。敵性体接近。フォレスト・ベアです』
飛び出してきたのは、森の王者とも呼ばれる巨大な熊だ。
本来、この種の熊は獰猛だが、同時に非常に慎重な性格をしている。自分より得体の知れない相手には、むやみに近づかない賢さがあるはずだ。
だが、今のこいつは違った。
全身の筋肉がどす黒く変色するほど膨れ上がり、血管が切れそうなほど浮き出ている。両目は血のように赤く、口からは泡を吹きながら、理性のない咆哮を上げている。
「グルルルルァァァァッ!!」
完全に理性を焼かれている。
あれではもう、痛みも恐怖も感じないだろう。ただ殺戮衝動のみで動く、生きた兵器だ。
「皆さん、来ます!」
エリスが凛とした声を上げ、杖を掲げた。
「――女神の加護を!【身体強化・全体】!」
エリスを中心にして、澄み渡る青色の波動が広がる。
俺、ルル、そしてミリーナの体が清涼な青い光に包まれ、身体能力が底上げされた感覚が走る。
「うおおっ! 力が湧いてくるよ! サンキュ、エリス!」
「は、速いです……でも、筋肉が軋む音が聞こえます! フェイント……右から来ますぅ!」
ミリーナが叫ぶと同時、熊が左右にブレるような高速機動で突っ込んできた。
薬物強化されたその動きは、目で追うのがやっとだ。
だが、ミリーナには「音」で敵の予備動作が手に取るように分かっているのだ。
彼女は震える手で、しかし迷いなく弓を引き絞った。
ヒュン!
放たれた矢は、吸い込まれるように熊の右目付近に突き刺さる。
「グオッ!?」
急所を穿たれ、熊の突進軌道がわずかにズレる。
だが、それでも止まらない。暴れまわる丸太のような腕が、近くにいたルルへと振り下ろされる。
「ルル!」
「へっちゃらだよ! 私の『相棒』は頑丈なんだから!」
背負っていた等身大の巨大モンキーレンチを轟音と共に振り回し、真正面から盾のように構える。
ガギィィィンッ!!
重金属同士がぶつかり合うような音が響く。
ルルは一歩も引かなかった。
小柄な少女に見えるが、彼女には祖父譲りの『ドワーフの血』が流れている。その細腕には、見た目からは想像もつかない剛力が秘められているのだ。
エリスの強化魔法、レンチの重量、そしてドワーフの怪力による完全防御。
弾かれた熊の体勢が、大きく崩れる。
「――今だよ、師匠!」
ルルの合図。
俺にはそれで十分だった。
『ナイスだ、二人とも!』
俺は浮遊スラスターを全開にし、生じた隙へ一直線に飛び込む。
狙うは懐。
『ソフィア、射撃シークエンス!』
『照準固定。ゼロ距離射撃、推奨』
俺は熊の腹部に、ショットガンの銃口を押し当てた。
ズドンッ!!
森を揺るがす轟音。
至近距離からの散弾を浴び、熊の巨体が木の葉のように吹き飛ぶ。
背後の巨木に激突し、熊は二度と動かなくなった。
光の粒子となって消えていく熊を見送りながら、俺はフォアエンドを引いた(ポンプアクション)。
カシャリ、と小気味よい駆動音が響き、銃身から余剰魔力が白煙となって排出される。
『……ひどいよ。ただそこにいただけの動物を、こんな姿に変えるなんて』
ルルがレンチを背負い直しながら、悔しそうに唇を噛む。
その通りだ。この熊も被害者の一人に過ぎない。
「……音の発生源は、あっちです」
戦闘後、少し落ち着きを取り戻したミリーナが、森の奥を指差した。
「あの崖の向こうから、すごく嫌な音がします。……きっと、そこに元凶があります」
俺たちは警戒を強めながら、指差された方角へ進んだ。
行き着いた先は、切り立った巨大な岩壁だった。一見するとただの行き止まりだが、ルルがニヤリと笑う。
「へへっ、ビンゴ! 岩に見せかけたホログラムと、物理障壁の二重ロックだね」
「開けられますか、ルルちゃん?」
「お任せあれ! これ、古代文明の遺跡だよ。すご〜い!どんな仕組みで動いているのか気になるぅ。」
ルルは巨大レンチを構え、岩壁にガシッと押し当てた。
彼女のユニークスキル発動だ。
「スキル【機工の神髄】! ……構造理解、パスワードバイパス、強制解除! 開け、ゴマ!」
レンチから青い魔力が流し込まれる。
数秒後、「ガコン!」と重い解錠音が内部から響いた。
岩壁の映像がノイズのように揺らぎ、消失する。そこには、地下へと続く石造りの階段が口を開けていた。
プシュゥゥゥ……。
開いた入り口から、冷たい風と共に、ヘドロのような腐臭が漏れ出してくる。
『……こいつは臭うな』
「夢で見た景色と、同じ気配がします」
エリスが『聖樹の枝杖』を握りしめる。
杖の先端にある宝珠が、ドクン、ドクンと脈打つように明滅している。
まるで、持ち主に「急げ」と訴えかけているようだ。
「杖が導いてくれています。……あの女性は、この下にいます」
俺たちは頷き合い、暗闇の階段を降りていった。
◇
地下空間は、古代の遺跡のような場所だった。
だが、その歴史ある石畳の上には、無粋な「黒いパイプ」が血管のように張り巡らされている。
なぜ古代の遺跡に、こんな異質なものが設置されているのか。
パイプの継ぎ目からは、タールのような黒い液体――『廃棄マナ』が漏れ出し、地面を腐食させていた。
『警告。空間内の汚染濃度、上昇中。長居は無用です』
ソフィアの警告に従い、俺たちは先を急ぐ。
そして、最深部の広大なドーム状の空間に出た。
「……っ! あれは……!」
エリスが息を呑む。
ドームの中央には、天井まで届く太い「世界樹の根」があった。
周囲の地面は真っ黒な泥の海と化しており、不気味なパイプ群が今にもその聖なる根に触れようと迫っている。
根自身も、汚染された空気の影響か、苦しげに脈動し、輝きを失いかけていた。
そして、その泥の海の中心。
根を守る防波堤となるように、仁王立ちしている一つの人影があった。
太陽の光を糸にしたような、眩い金色の髪。
頭には二本の角。腰からは太い龍の尻尾が伸びている。
夢で見た通りの、地竜人の女性だ。
彼女の鎧はボロボロに砕け、美しい金髪は泥と血に汚れている。
だが、彼女の両腕には、まだ砕けていない巨大なガントレットが装着されていた。
彼女は剣を持たない。己の肉体と、その籠手だけを武器に戦い続けてきたのだ。
その瞳は燃えるように鋭く、極限状態にあっても決して折れてはいなかった。
「……また来たか、下郎どもめ」
彼女が、低く唸るような声で告げる。
その視線が、俺たちを射抜いた。
「飽きもせず、主の庭を汚しに来るとは……!」
強烈な殺気。
今まで戦ったどの魔物よりも重く、鋭いプレッシャーだ。
どうやら、俺たちを遺跡を荒らしに来た敵の増援だと勘違いしているらしい。
「待ってください! 私たちは――」
エリスが声をかけようとするが、彼女は聞く耳を持たなかった。
「問答無用……! 我が命尽きるまで、ここからは一歩も通さぬ!!」
彼女が大きく脚を振り上げる。
大地を踏み砕く構え――『震脚』だ。
『警告! 高質量の振動波を検知! 回避不能!』
ソフィアの警報が鳴り響く。
彼女の足が、地面に叩きつけられた。
「――【震脚】!!」
ドォォォォンッ!!
遺跡全体が激震し、地面が波打つように隆起して、俺たちへと襲いかかってきた。
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