予兆の夢と、不穏な森
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深い、深い、闇の中。
私はまた、あの夢の中にいた。
『――ねえ、エリス』
暗闇に、鈴を転がしたような少年の声が響く。
それは中性的で、どこか懐かしい響き。
『聞こえる? 母様が泣いている声が』
視界が開ける。
そこは、かつて見た美しい世界樹の根元ではない。
以前の夢で見た「銀髪の女王」が展開した、あの温かく完璧な六角形の聖域も、ここにはない。
あるのは、ドス黒いヘドロのような闇だけ。
機械のような不気味な駆動音と共に、闇は太古の根を腐らせ、溶かそうとしていた。
『かつて君が見た「聖域」の力。……今こそ、定める時だよ』
少年の声は悲痛に震えている。
『見て。……たった一人で、その「庭」を守り続けている騎士を』
声に導かれ、私は闇の底を見る。
そこに、一人の女性が立っていた。
太陽の光をそのまま糸にしたような、眩い金色の髪を束ねた、凛とした後ろ姿。
龍の角と、太い尻尾を持つ彼女は、押し寄せる魔物の群れと、足元を侵食する汚染にたった一人で立ち向かっていた。
「はぁぁぁぁッ!!」
彼女が大地を強く踏みしめる。
その震脚だけで地面が隆起し、巨大な岩の壁となって魔物を弾き飛ばした。
両腕には巨大な籠手。
武人のような構えから放たれる一撃は、岩をも砕く威力だ。
けれど――多勢に無勢。
彼女の鎧は砕け、美しい金髪は泥と血に汚れ、呼吸は荒い。
それでも彼女は、一歩も引かなかった。
背後にある「根」を守るために。
『……守らねば。主の庭を……我が命に代えても……!』
悲鳴ではない。
それは、折れそうな心を必死に叩き直す、決死の覚悟の独白。
『あの子はずっと一人で戦っている。……もう、限界だよ』
少年の声が告げる。
彼女の物理的な強さでは、この汚染は防げないのだと。
『お願い、エリス。彼を……あの「赤い星」を連れてきて。彼なら、この絶望を壊せるから』
『そして君が、新たな「聖域」を定めるんだ』
視界が白く染まっていく。
最後に見たのは、泥の中で膝をつきそうになりながらも、決して前を見ることをやめない彼女の、気高くも孤独な瞳だった。
◇
「――っ!?」
ガバッ、と私は飛び起きた。
心臓が早鐘のように鳴っている。
頬には、冷たい涙が伝っていた。
「……前に見た夢よりも悪くなっているみたい…」
胸のざわめきが収まらない。
あれがただの夢ならいい。でも、あの少年の声と、悲痛な光景があまりにも鮮明すぎて。
「もし、あの夢が本当のことなのだとしたら……あの女性は誰なんでしょう。たった一人で、戦っています」
◇
その日の午前。
昨晩の通信による呼び出しを受けた俺たちは、ギルドマスター室を訪れていた。
「――来たか」
重厚な執務机の向こうで、ギデオンが顔を上げた。
その表情は、いつになく険しい。
机の上には、周辺地域の戦術マップが広げられている。
「わざわざ呼び出してすまんな。だが、無線だけでは伝えきれない状況だ」
ギデオンは太い指で、地図の東側――広大な森林地帯を指差した。
「東の『迷わずの森』。普段はCランク程度の魔物しか出ない狩場だが……今朝、調査隊から緊急連絡が入った」
『魔物の狂暴化……だったか?』
「ああ。草食獣までもが目を血走らせ、暴れ始めている。それだけじゃない。魔物たちが何かに怯えるように、森の奥から溢れ出してきているんだ」
ギデオンが眉間を揉む。
「ただのオーバーフロウ(溢れ出し)の前兆なら、まだ予断は許さないが対処はできる。だが、今回は『質』が違う。……俺の勘だが、森の生態系そのものが狂わされているような、そんな嫌な気配がするんだ」
古参兵の勘(直感)というやつか。
伊達にこの街の防衛線を張り続けてきたわけじゃないらしい。
俺が地図をスキャンして情報を記録していると、横にいたエリスが一歩前に出た。
「あの……ギデオンさん、ポンタさん」
「ん?」
「どうした、お嬢ちゃん」
「私、夢を見ました。……その森の奥深くで、何かが黒い泥に侵食されて、一人の騎士が助けを求めて戦っている夢です」
一瞬、部屋が静まり返る。
普通なら、夢の話なんて笑い飛ばされるかもしれない。
だが、ギデオンは静かな瞳でエリスをじっと見つめ返した。
エリスの銀髪と、手に持った『聖樹の枝杖』。
彼はまるで、その奥にある「何か」を見定めるような目つきをした。
それは、ただのギルドマスターではない。かつて世界の危機に立ち向かい、深淵を覗いてきた『元S級冒険者』としての理知的な瞳だった。
「……夢、か」
ギデオンが、独り言のように呟く。
「『聖女』の予知夢……。笑い飛ばすほど、俺は若くない」
「え……?」
「お嬢ちゃん。あんたのその姿を見ているとな、古臭い御伽噺を思い出すんだよ。かつて世界を救ったという『銀の女王』の伝承をな」
ギデオンは、あえてそれ以上の言葉を飲み込むように、ニヤリと口角を上げた。
「お嬢ちゃんが何かを受け取ったのなら、それはきっと意味があることなんだろう。……それに、その話は今の状況と妙に符合する」
ギデオンは組んだ両手に顎を乗せ、俺へと視線を戻した。
「ポンタ。お前たちが雪山で『帝国の杭』をぶっ壊した一件……あれと同じことが、ここでも起きている可能性が高い」
『ああ、同感だ。俺たちの庭を荒らす害虫がいるなら、駆除しなきゃならねぇな』
俺が肯定すると、ギデオンはふっと表情を緩めた。
やはり、話が早くて助かる。
「頼む。……俺が動ければいいんだが、街の防衛指揮で手一杯だ。あの森の異常を止められるのは、規格外な連中しかいない」
『任せておけ。きっちり掃除してくる』
◇
ギルドを出た俺たちは、一度屋敷に戻って準備を整え、すぐに出発することにした。
「いってらっしゃぁ~い。お屋敷のことはぁ、マリーにお任せくださぁ~い」
玄関先で、マリーがふにゃふにゃと手を振っている。
その横で、シルフィがジト目でミリーナを睨みつけていた。
「それと、そこのサボり魔! 隙を見てサボろうとしたら、私がここから『風の矢』でお尻を狙い撃つから覚悟しなさいよ!」
「ひぃっ!? まだ何もしてないですぅ! 心外ですぅ!」
ミリーナがビクッと体を震わせ、お尻を手で押さえるような仕草をする。
『相変わらず、いい家守り(キーパー)だな』
俺が感心して声をかけると、シルフィはツインテールを揺らしてフンと鼻を鳴らした。
「べ、別にあんたたちの為にやってるわけじゃないからね! 私が管理する屋敷が汚れるのが嫌なだけなんだから!」
そう言って顔を赤らめるシルフィだが、俺たちが背を向けた途端、「ふふ~ん♪」と上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
どうやら、留守中の監視体制は万全のようだ。
今回の作戦メンバーは、俺、エリス、ルル、そして――。
「……よし、弦の張り具合も完璧ですぅ」
ミリーナが真剣な表情で、木製の弓を確認していた。
これまでは「索敵専門」だった彼女だが、今回からは武器を持つことを志願したのだ。
『もう足手まといにはなりたくないんですぅ』と。
とは言え、彼女の索敵能力は他の追随を許さない素晴らしい能力なのだが、もっとパーティに貢献したいという意欲が強くなっている様だ。
ミリーナも普段はビビリでサボり魔ではあるが、悪く無い成長をしている。
『ソフィア。ミリーナに弓矢の適性、どう思う?』
『分析結果。ルナ一族は対象の「感情」や「殺意」までも音として捉えることができます。視覚に頼らず獲物の位置を正確に把握できるため、弓の扱いは達人級です』
脳内でソフィアが補足情報を表示する。
『古来よりルナ一族は、月から文明の火をもたらした「月の兎」をルーツに持つと言われています。彼女のユニークスキル、地獄耳は、その名残なのです』
なるほど。最初はヘタレな受付嬢の印象だっが、狩猟本能が刻まれているわけか。
頼もしい後衛がまた一人増えたな。
「ガトリングの砲身は、ジイちゃん(ボルグ)の工場で焼き入れ中だからね! 今日は私が現地でエンジニアやるよ! 帝国の機械があるなら、データも取りたいし!」
ルルは、彼女のトレードマークである等身大の巨大モンキーレンチを背負っている。
あんな鉄塊を背負って転ばないか心配になるサイズだが、ルルは羽が生えているかのように軽快にスキップしている。この身軽さが彼女の凄いところだ。
ちなみに解体道具はこれ一本で十分らしい。
彼女のユニークスキル『機工の神髄』は、工具越しに対象に触れるだけで、その構造を魔力を通して一瞬で理解し、解体も修復も自在に行えるというデタラメな代物だ。
俺の現代知識(設計図)を即座にこの世界に応用できるのも、このチートスキルがあってこそだ。
『よし、全員揃ったな』
俺は仲間たちを見渡す。
気合十分のエリス、等身大のレンチを担ぐルル、そして弓を手にしたミリーナ。
バランスの取れたパーティになりつつある。
欲を言えば、後は近接戦闘も可能な火力兼タンク役が加われば部隊としてのバランスは完成されると考えている。
『ソフィア、ルート検索。目的地は東、「迷わずの森」最深部だ』
『了解。最適ルートを表示します。マスター、魔弾生成の残弾魔力を確認してください』
『問題ない。フルロードだ』
俺たちは東へ向かった。
街を抜け、街道を進み、やがて視界の先に見えてくる広大な緑の海――「迷わずの森」へ。
そこには、俺たちの想像を超える異常事態と、新たな出会いが待ち受けているはずだ。
俺は浮遊スラスターの出力を上げ、先頭を切って動き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
夢の声や世界樹…
物語のメインストリームもだんだん、ここから明らかになってきます。
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