銀の記憶と、安寧の聖域
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その夜、私は深い、とても深い水の底へと沈んでいくような感覚の中にいた。
宿屋『金色の亭』のベッド。
隣からはルルちゃんの寝息や、ポンタさんの微かな駆動音が聞こえていたはずなのに、それらが急速に遠ざかっていく。
(……ここは?)
暗闇の中に、ぼんやりと光る大きな影が浮かび上がった。
それは、信じられないくらい巨大で、とても綺麗な『一本の大樹』だった。
枝葉はマナを含んだ青白い光をまとい、キラキラと幻想的に輝いている。
見ているだけで心が安らぐような、どこか懐かしくて、優しい木。
(あ……この光景、前にも夢で……)
そう思った、次の瞬間だった。
美しい景色が、ノイズが走ったように一変する。
輝いていた葉は枯れ落ち、幹は凍りつき、枝は悲鳴を上げるように軋んで、苦しんでいる。
(……痛そう。木が、泣いてる……?)
――もっと、深く。
――根の記憶へ。
その悲鳴に引きずり込まれるように、視界がググッと落下した。
時空の歪みのような場所に落ちていく。
時間が、巻き戻っていく感覚。
今の時代よりもずっと、ずっと昔の記憶の彼方へ――。
◇◇◇
不意に、視界が開けた。
(……っ!? くさい……焦げた臭い……?)
鼻を突く強烈な異臭に、私は思わず顔をしかめた。
そこは、夜の戦場だった。
燃え盛る城壁。砕かれた石畳。
そして眼下に広がるのは、大地を埋め尽くすほどの『死の軍勢』だ。
朽ちた鎧を纏った骸骨、腐ったお肉をぶら下げたゾンビ、そして漆黒の馬に跨った騎士たちが、波のように城壁へ押し寄せている。
(……怖い。なんて数……)
今の私なら、腰が抜けて動けなくなることはないと思う。
ポンタさんたちと冒険して、少しは強くなったはずだから。
でも、足の震えが止まらなかった。
私の『防護』を十重に重ねても、あんな濁流のような化け物たちを防ぎきれる気がしない。
どうすれば……どうすれば、この人たちを守れるの?
けれど。
そんな私の焦りとは裏腹に、視界の主――私が今、同調している『彼女』の心は、凪いだ湖のように穏やかだった。
(……迷える魂たちが、こんなにも)
彼女の心の声が、私の胸に響く。
そこにあるのは恐怖ではない。彷徨う死者たちへの、深い慈愛と哀れみだった。
彼女は、城壁の塔の最上階に立っていた。
夜風に靡くのは、私と同じ銀色の髪。
けれどそれは地面に届くほど長く、月光を浴びて神々しい輝きを放っている。
纏っているのはドレスではなく、白銀の戦装束だ。
(……綺麗な人。お母様みたいに、優しくて、大きい)
彼女は、眼下の地獄絵図を見ても眉一つ動かさなかった。
ただ、手に持っていた杖――私の『聖樹の枝杖』によく似た、けれど遥かに強大な魔力を帯びた杖を、静かに石畳へと突き立てた。
カツン。
硬質な音が、戦場の喧騒を切り裂いて響く。
彼女が唇を開く。
それは叫びではない。祈りですらなかった。
ただ、母親が子供に「もう大丈夫よ」と言い聞かせるような、絶対的な安心感を伴う宣言だった。
「――恐れることはありません。此処にあるのは、ただ凪いだ平穏のみ」
言葉と共に、空気が変わる。
彼女の足元から、清浄な光が溢れ出す。
「穢れ無き王の庭に、光の城壁を」
そして、彼女は静かに、けれど世界に刻み込むように告げた。
「顕現せよ――『聖盾アイギス』」
その瞬間。
杖を中心点として、光の波紋が優しく、けれど圧倒的な速度で広がった。
(えっ……!? なに、これ……)
それは、私がいつも展開しているような「敵を防ぐための壁」じゃなかった。
光の粒子が規則正しく整列し、無数の『六角形』を描き出していく。
一つ一つの六角形が強固に結びつき、巨大な蜂の巣のようなドームとなって、城壁どころか、背後の都市ひとつを丸ごと包み込んでいく。
「ギギッ……!?」
「ガアアアァァッ!」
城壁をよじ登ろうとしていたアンデッドたちが、その光の結界に触れた。
その時、不思議なことが起きた。
スゥッ……。
悲鳴は上がらなかった。
結界の光に触れた死霊たちは、苦しむ様子もなく、まるで憑き物が落ちたかのように動きを止め――次の瞬間、サラサラと白い灰になって崩れ落ちた。
それは消滅というより、あるべき場所へ還っていく「浄化」のようだった。
敵の放つ投石も、魔法弾も、全てが無意味だった。
六角形の盾に触れた瞬間、波紋ひとつ立てることなく「最初から無かった」かのように霧散してしまう。
(すごい……戦ってない。ただ、悪いものを寄せ付けないだけ……)
光のドームが完成した時、城内からは全ての不浄が消え去り、完全なる静寂が訪れていた。
傷ついていた味方の兵士たちが、空を覆う美しい光の幾何学模様を見上げ、涙を流して歓声を上げている。
「おお……女王陛下万歳!」
「聖盾アイギスの加護だ……!」
その光景を見下ろしながら、彼女は杖を握る手に力を込めることすらしていない。
必死に敵を拒絶しているのではない。
ただ、「この場所は平穏である」という真実を、世界に定めているだけだった。
◇◇◇
視界が真っ白に染まっていく。
遠のく意識の中で、私の脳裏に直接、あの声が響いた。
あの不思議な大樹の夢で聞いた、少年のような、中性的な声。
『……見たかい? あれが君の血の記憶。本来の形だよ』
声は、優しく語りかける。
『君の盾は脆い。それは君が、攻撃を必死に「受け止めよう」としているからだ』
『アイギスは「ただの盾」じゃない。王が定める「不可侵の聖域」だよ』
光の中で、少年の影が微笑んだ気がした。
『――定めるのさ、エリス。君が誰を守り、どんな世界を作りたいのかを』
◇◇◇
「……はっ!」
私は勢いよく上半身を起こした。
心臓が早鐘を打っている。額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
目を開けると、そこはいつもの宿屋『金色の亭』の一室だった。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、埃がキラキラと舞っている。
隣を見れば、ルルちゃんがポンタさんに抱きついて「むにゃ……あったかい……」と幸せそうな顔で寝ていて、ミリーナさんは布団の端っこで丸まっていた。
平和な、朝の光景。
けれど、私の感覚は今までとは決定的に違っていた。
「……六角形の、光……」
今までは目覚めると忘れてしまっていた夢の内容が、今回は鮮烈に焼き付いている。
あの一瞬でアンデッドを土へ還した、温かい浄化の光。
そして、全てを包み込む幾何学模様の結界。
私は枕元にあった『聖樹の枝杖』を手に取った。
杖が、ドクンと脈打つように熱い。まるで、夢の中の共鳴が残っているかのように。
「不可侵の……聖域……」
口の中で、夢で聞いた言葉を反芻する。
今までの私は、「みんなを守らなきゃ」「傷つけさせないで」と、必死に壁を作っていた。
でも、あの『彼女』は違った。
慈愛に満ちた心で、ただ静かに「ここは安全な場所だ」と決めていた。
(もっと、強くならなきゃ)
これから向かうのは北の雪山。
私は杖を強く握りしめた。
胸の奥に、今までのような焦りとは違う、静かで温かい決意の種が芽生えるのを感じていた。
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