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消えたノイズと、薫(かお)る夜風

【カクヨムコン参加中の話題作、ついに「なろう」解禁!】

★スタートダッシュ! 毎日「7時」と「19時」の2回更新中!★

遺跡へ向かう出発予定日の前日、夕方。

 ミリーナは一人、人気のない公園の木製ベンチに座っていた。


(……行けない。やっぱり、怖い)


 膝を抱え、震える体を自分で抱きしめる。


 彼女は人間だ。だが、生まれつき『地獄耳ラビットイヤー』と呼ばれる特殊な知覚スキルを持っていた。

 それは、ただ聴覚が優れているだけではない。ルナ一族特有の、対象が発する「感情」や「魔力の揺らぎ」を「音」として感知してしまう共感覚の一種だ。


 目を閉じると、今でも鮮明に蘇る記憶がある。


 かつて暮らしていたルナ一族の集落は、世界で一番美しい音で満ちていた。

 けれど、その幸せな旋律は、帝国の襲撃によって唐突に断ち切られた。燃え盛る炎の爆ぜる音。両親の断末魔。


 命からがら逃げ出し、一人森で震えていた彼女を保護してくれたのは、当時まだ現役の冒険者だったギデオンだった。

 彼は、まるで何かを探しているような、鋭い気配を纏っていた。


『……チッ。タッチの差で間に合わなかったか。帝国の動きが予想より早ぇとはな』


 ギデオンは燃える村の方角を睨み、悔しげに舌打ちをした。

 だが、震えるミリーナを見つけると、その表情を和らげ、力強い腕で抱き上げてくれた。


『……だが、生き残りは確保した。――大丈夫だ。もうお前に、痛い音はさせねぇ』


 その言葉は、まるで彼女が「何を聞いてしまっているか」を知っているかのようだった。

 彼の足音は力強く、嘘のない響きがしたことを覚えている。


 だが、当時の一流冒険者だったギデオンは多忙を極めており、極秘任務も多かったため、幼い子供を育てられる環境にはなかった。

 結果、ミリーナは孤児院に預けられることになった。


 ギデオンは遠征の合間を縫って、不器用ながらも顔を見せに来てくれた。それには心から感謝している。

 けれど、孤児院での生活は彼女にとって地獄だった。


『嘘つき』

『気持ち悪い』

『勝手に心を読まないでよ!』


 彼女にとって「感情が音で聞こえる」のは当たり前のことだった。だから無邪気に「怒ってるの?」と聞いてしまい、周囲の子供たちから気味悪がられた。

 石を投げられる痛みよりも、彼らから発せられる「拒絶の不協和音」が、ミリーナの心を深く抉った。


(……だから、私は耳を塞いだ)


 嫌われないように。攻撃されないように。

 常に周囲の「音(顔色)」を伺い、愛想笑いを浮かべ、事なかれ主義で生きるようになった。

 彼女が噂話やゴシップに詳しいのも、それが理由だ。情報をいち早く察知し、空気を読み、安全な場所に身を置くための、悲しい処世術だったのだ。


(でも……あの人たちは違った)


 ポンタたちのことを思い出す。

 エリス様の声は曇りのないクリスタルのようで、ルルちゃんの足音は好奇心に弾むボールみたいだった。

 そしてポンタ様。口は悪いし、見た目は赤くて真ん丸だけど……彼から発せられる音は、あの日のギデオンと同じくらい、いやそれ以上に温かい「守護者」の音がした。


「……でも、私なんかじゃ……きっとまた、嫌な音を聞かせてしまう……」


 涙がこぼれ落ちた、その時だった。


「……おい。いつまでメソメソしてやがる」


 頭上から、聞き慣れた低い声が降ってきた。

 顔を上げると、公園の木の枝の上に、赤い球体が器用に乗っていた。


「ポ、ポンタ様……!? ど、どうして……」

「三日間も姿を見せねえと思ったら、こんな所で油売ってたのか」


 ポンタは呆れたように言いながら、フワリと地面に降り立つ。

 そして、何もない空間に黒いストレージを開くと、そこから「それ」を吐き出した。


 コロン、とミリーナの膝の上に落ちてきたもの。

 それは、スタイリッシュな形状をしたヘッドセットだった。

 耳を覆う部分は柔らかい革で、外装にはミスリル銀の装飾が施され、白とピンクの塗装が夕日に映えている。


「……え? これ……?」

「完成に三日もかかったぜ。(ソフィアの術式を組み込むのに骨が折れた)」

「え……私のために……?」

「お前のその耳、性能が良すぎて雑音ノイズまで拾っちまうんだろ? つけてみろ」


 ◇◇◇


 恐る恐る、ミリーナはヘッドセットを耳に当てた。

 カチリ、と小さなスイッチが入る音がした瞬間。


 ――フッ、と。

 世界から「雑音」が消えた。


 風の唸りも、遠くの街の喧騒も、誰かの悪意を含んだ話し声も。

 すべてが遮断され、訪れたのは深い静寂。

 けれど、それは孤独な静けさではない。川のせせらぎのような、優しい環境音が微かに流れている。


 その中で、目の前のポンタの声だけが、クリアに届いた。


『どうだ。俺の声は聞こえるか?』


 ミリーナは目を見開く。


「……はい。聞こえます。……凄いです、嫌な音が、全然しません……!」

『そりゃそうだ。ただの耳栓じゃねえからな。お前にとっての「害悪」はカットして、必要な「情報」だけを通すように調整してある』


 ポンタはその赤い球体のボディで、どっしりと彼女の前に立ちはだかる。


『ギデオンから全部聞いた。お前の耳が、お前にとっての呪いだってこともな』

「……っ。……気持ち悪い、ですよね。人の心がわかるなんて……」

『アホか。俺の故郷じゃ、情報は最大の武器だ。お前のその耳は、呪いじゃなくて『才能』だ』


 ポンタは一歩、近づく。


『俺たちは見ての通り、赤い球体と元お姫様とマッドサイエンティストの変人集団だ。今更「普通じゃない」なんて気にする奴はいねぇよ』

『それに、俺たちはお前を拒絶するような雑音ノイズは出さねえ。……俺たちの背中、お前の耳に預けさせてくれ』


 その言葉は、ミリーナが両親を失い、心を閉ざして以来初めて受け取った、完全なる「肯定」だった。

 恐怖で震えていた耳が、今はヘッドセットの中で安らいでいる。


「うぅぅ……ポンタさまぁぁ……!」


 堪えきれず、ミリーナは泣き出した。けれどそれは、恐怖の涙ではない。

 安堵と、溢れ出す感謝の涙だ。

 彼女はそのまま、目の前の赤い球体に飛びつくようにすがりついた。


『おいおい、勢いがいいな』


 ポンタは呆れたように苦笑しながらも、決して彼女を振り払おうとはせず、その小さな体を受け止める。

 冷たい金属のボディのはずなのに、そこには不思議な温かさがあった。


『ま、安心しろ。俺の装甲は完全防水で、汚れにも強い特殊合金だ。涙でも鼻水でも、気が済むまで受け止めてやるよ』

「……っ、はいぃぃ……! ありがとうございますぅぅ……!」


 ぶっきらぼうだが、どこまでも頼もしいその言葉に甘え、ミリーナはさらに強くしがみついた。


 この人たちとなら、行ける。

 今まで「ただ怯えて逃げるため」だけに使っていたこの耳を、今度は「仲間を守るため」に使いたい。

 そう強く思った。


 ◇◇◇


 ミリーナを連れて戻った先は、宿ではなくボルグの武器屋だった。


「おかえりなさいミリーナさん! よかった、戻ってきてくれて!」

「あー! ルルが作ったやつ着けてる! それ可愛いでしょー!」


 裏庭で待っていたエリスとルルが飛びついてくる。

 その後ろでは、強面のボルグが腕を組んで立っていた。


「ふん……湿っぽいツラはやめたようだな。赤丸の旦那、頼まれてた『BBQ』の準備はできてるぞ」

「おう。じゃあ、始めるか」


 ポンタが合図をすると、裏庭に設置された大きなコンロに火が入れられた。

 炭火の上で、分厚い肉塊や新鮮な野菜がジュウジュウと音を立てて焼かれていく。


「わぁ……! 美味しそう!」

「お肉だお肉だー! いただきまーす!」


 エリスとルルが歓声を上げ、焼きたての肉を頬張る。

 ミリーナも勧められるままに串焼きを受け取った。口に入れた瞬間、肉汁と炭の香りが広がり、強張っていた体がほぐれていく。


「……んぐ、んぐ。……美味しいです」

「だろう? だが、本番はここからだ」


 ある程度腹が満たされた頃合いを見計らい、ポンタは裏庭の開けた場所に移動した。

 そしてストレージから「それ」を取り出す。


 FPS時代、サバイバル・モードで愛用していたアイテム――『携帯型燻製器タクティカル・スモーカー』だ。

 軍用物資のような無骨なドラム缶型のボディに、ルルとボルグが目を丸くする。


「なにこれなにこれー!? 釜? 焼却炉?」

「こいつは食材を煙で調理する機械だ。まあ見てろ」


 ポンタは手慣れた様子でサクラのウッドチップをセットし、下味をつけたベーコン、チーズ、そしてナッツを網に乗せる。

 蓋をして待つこと数十分。

 排気口から漂い始めた芳醇な香りに、全員が喉を鳴らした。


「よし、開けるぞ」


 カチャリ、と扉を開けた瞬間、白煙と共に黄金色に輝く食材たちが姿を現す。

 その神々しい見た目に、再び歓声が上がった。


「うわぁ……! なんですかこれ、金色のチーズ!?」

「師匠凄ーい! 煙の魔術だー!」


 出来たての燻製チーズを口に放り込んだルルが、目をハッと見開く。


「んんっ!? おいしーーい!! なにこれ、煙の匂いが味になってる!?」

「ほう……単純に火を通すのとは違う、深みのある味だ。……こいつは酒が進むな」


 ボルグは燻製ベーコンを齧りながら、エールを豪快に煽る。

 さらにウィスキーを取り出し、スモークナッツと合わせると、満足げに髭を揺らした。

 だが、彼の職人としての目は、味だけでなくその構造に向いていた。


「煙を循環させて、温度を一定に保つための通気孔か……。単純だが理に適った構造だ。赤丸の旦那、後でこの機械の設計図を見せてくれ。面白ぇ」

「ああ。ルルも見るか?」

「見る見るー! 師匠、これもっと小型化したら携帯食料作るのに便利そう!」


 技術的な興味に目を輝かせるルルとボルグ。

 美味しそうに頬張るエリス。

 賑やかな宴の輪の中で、ミリーナも恐る恐るチーズを口にした。


「……っ、美味しい……」


 口の中に広がる濃厚な香りと、仲間たちの笑い声。

 ヘッドセットを通して聞こえるその「音」は、かつての故郷で感じたものと同じくらい、温かくて優しかった。


(ポンタ様……ありがとうございます)


 焚き火のそばで揺れる赤い球体を見つめながら、ミリーナは心の中で深く感謝する。

 この温かい音色を守るためなら、自分はどんな危険な場所にだって行ける。

 臆病な少女は今夜、小さな勇気を胸に刻んだのだった。


____________________________________

【キャラクター紹介:ミリーナ・ロップ】

挿絵(By みてみん)

冒険者ギルド・アルメリア支部の看板娘……というのは表の顔で、実際は少しの物音で机の下に隠れるほどの極度の臆病者。 ポンタたちに関わったことで平穏な人生設計が崩壊し、泣く泣く危険地帯への案内役(生贄?)に任命される。


Class: Guild Receptionist(ギルド受付嬢)


Unique: 騒がしい酒場でも半径500mの音を聞き分ける【地獄耳ラビット・イヤー】の持ち主。本人はゴシップ集めやサボりにしか使っていないが、ギデオンはその「索敵能力」に目をつけている。


ひょんな流れでクエスト動向がきっかけで、正式なパーティメンバーに加わる。

臆病だが実は心根が優しいルナ一族の生き残り。


Voice: 「死にたくないですぅぅ! 私ただの受付ですよぉぉ!?」


ここまで読んでいただきありがとうございます!


遂に今回でミリーナが正式なパーティメンバーになりました。

まだまだヘタレなミリーナが今後どう成長していくのか?


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