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月の生存者と、隻眼の戦鬼

【カクヨムコン参加中の話題作、ついに「なろう」解禁!】

★スタートダッシュ! 毎日「7時」と「19時」の2回更新中!★


「いやぁぁぁっ! もう無理ぃぃ! 辞めるぅぅぅッ!!」


 冒険者ギルド・アルメリア支部。

 昼下がりの活気あるロビーに、悲痛な、そしてどこか情けない叫び声が響き渡った。

 声の主は、ボロボロの格好で受付カウンターに突っ伏して泣きじゃくっている受付嬢――ミリーナだ。


「あんな化けゴーレムの相手なんて聞いてないですぅぅ! 死ぬ! 今度こそミンチになって死んじゃいますぅぅ!」

「お、おいミリーナ、落ち着けって……。客が見てるぞ」

「落ち着けるもんですかぁ! 私はただの受付ですよ!? なんで前線で岩投げられなきゃいけないんですかぁッ!」


 同僚になだめられながらも、彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げようとしない。

 周囲の冒険者たちが、ざわめきと共に俺たちを見ている。

 だが、その視線は以前のような侮蔑や嘲笑ではない。

 Cランクの『鉄の牙』を返り討ちにし、今回も五体満足で帰還した俺たちへの、畏敬の念が混じったものだ。


「おい見ろよ、あの『赤玉』のパーティだ……」

「また高難度の依頼をこなしたのか? ミリーナちゃんがあんなになるまで……」

「すげぇけど、あそこのパーティの進軍速度ペースについていける奴なんていねぇよ……」


 どうやら俺たちの評価は、「関わると危険だが、実力は本物」という方向に定まりつつあるらしい。

 悪名は無名に勝る、とは言うが、少しばかりハードルが上がりすぎている気がしなくもない。


『……喉がつぶれるほど元気ってことは、怪我はないな』

「ふふ、ミリーナさん、すごい肺活量ですぅ」


 俺とエリスは、泣き叫ぶミリーナをギルド職員に任せ、奥にある重厚な扉――ギルドマスターの執務室へと向かった。


        ***


「ガハハハハ! よくぞ無事に戻ったな!」


 扉を開けると、紫煙の向こうから豪快な笑い声が出迎えた。

 隻眼の巨漢――ギデオンだ。

 いつものように葉巻を噛み、机の上には山積みの書類があるが、俺たちの顔を見るなりその表情を明るくさせた。


「報告は聞いているぞ。廃鉱山の調査どころか、奥に巣食っていた『ぬし』まで討伐したそうじゃないか」

『ああ。だが、厄介な土産みやげも持ってきたぞ』


 俺はインベントリから、帝国製オートマタの残骸パーツと、ミスリルゴーレムから摘出したコアを取り出した。

 ドサリ、と重い音が響く。

 それを見た瞬間、ギデオンの目から笑意が消え、猛禽類のような鋭い光が宿った。


「……なるほど。帝国の『ネズミ』ども、本気でここ(アルメリア)を嗅ぎ回っているようだな」

『廃鉱山の奥には、まだ手付かずのミスリル鉱脈が眠っていた。奴らの狙いは資源と、それを使った魔導兵器の開発だろう』

「厄介だな。今はまだ調査段階だろうが……いずれ、その鉱脈を確保するために軍を動かしてくる可能性が高い」


 ギデオンは太い指で机を叩いた。

 そのリズムは、迫り来る戦火の足音を予感させるように重い。


「この件は俺の方で預かる。国の上層部にも報告が必要だが……貴族どもは腰が重いからな。当面は俺の権限で警戒レベルを引き上げる」

『頼む』

「ああ。……それと、これは今回の特別報酬だ」


 ギデオンが革袋をドン、と机に置いた。

 ジャラリと鳴る金属音。中には金貨がずっしりと詰まっている。


「ミリーナへの『精神的慰謝料』も含んでおいた。あいつも文句を言いつつ、仕事はきっちりこなしたようだしな」

『あいつの【地獄耳ラビット・イヤー】は役に立ったよ。あいつがいなけりゃ、不意打ちを食らってた』


 俺が素直に評価すると、ギデオンは深く紫煙を吐き出しながら、どこか寂しげに目を細めた。


「……フ。【地獄耳】か。あいつのそれは、そんなありふれたスキルじゃねぇよ」

『ん?』

「あいつはな、『ルナ一族』の生き残りだ」


(ソフィア、検索)

『了解。……検索結果、該当あり』


 即座にソフィアの冷静な声が脳内に響く。


『解説。ルナ一族は、古代文明時代より「月の魔力」を操り、エネルギー精製に関わっていたとされる少数民族です。その聴覚は、音波だけでなく魔力の波長すら捉えると言われています』


(魔力の波長だと……?)


 俺の脳裏に、廃鉱山での光景がフラッシュバックした。

 あの時、暴走したゴーレムを前に、ミリーナは耳を塞いで叫んでいた。『音がドス黒く濁ってる』『殺意が聞こえる』と。


(……なるほど。あれはただの比喩じゃなかったのか。あいつは、敵から溢れ出る『攻撃の意思(魔力)』そのものを聴いていたんだな)


『追記事項。現在、ルナ一族はガレリア帝国の徹底的な弾圧と捕縛により、散り散りになっています。集落レベルの個体数は確認されておらず、絶滅危惧種に指定されています』


「……あいつの両親も一族も、帝国の『狩り』に遭ってな。命からがら逃げ延びてきたのが、この街だ」


 ギデオンが低い声で語る。

 隻眼の奥にある光は、ただ純粋に、弱き者を案じる父親のような温かさを帯びていた。


「あの異常なまでの臆病さは、その時の記憶が刻み込まれてるからだろうよ。……だが、本来あいつは受付嬢で腐らせるには惜しい才能を持ってる。恐怖さえ乗り越えれば、一流の探索者シーカーになれるんだがな……」


「……そう、だったんですね」


 エリスが胸元をギュッと握りしめた。

 彼女の瞳が揺れている。自分もまた、帝国によって故郷「アイギス」を追われ、孤独に逃げ惑った身だ。

 ただの怖がりだと思っていたミリーナの背中に、自分と同じ傷跡を見てしまったのだろう。


「手のかかる奴だとは分かってる。ビビリだし、泣き虫だし……ギルド内で荒くれ者同士の喧嘩が始まりゃ、真っ先に受付の下で震えてるような奴だ」


 ギデオンは苦笑しながら、葉巻の灰を落とした。


「だがな、あいつにも少しは『外』を見せてやりてぇんだ。怯えて暮らすだけが人生じゃねぇってことをな」


 彼は真剣な眼差しで俺を見た。それはギルドマスターとしてではなく、一人の男としての願いだった。


「お前らのパーティなら……あいつのその『耳』を活かして、守りながら戦えるかもしれん。……たまには、目をかけてやってくれんか」


『……やれやれ。俺たちは子守り部隊じゃねぇんだがな』


 俺は悪態をつきつつも、ボディを小さく揺らして肯定の意を示した。

 有能な索敵要員スカウトは喉から手が出るほど欲しい。それに、エリスがあんな顔をしていては断れるはずもない。


「ガハハ! 恩に着るぜ」


 ギデオンは空気を変えるように、パンと手を叩いた。

 その一つの瞳が、ニヤリと俺を見る。


「帝国の技術力は侮れん。奴らが本気になれば、見たこともない兵器が出てくるだろう。……対抗できるのは、お前のような『規格外』だけかもしれん。頼むぞ、新人ルーキー


 俺は無言で頷いた。

 アームズ・レース(軍拡競争)。

 向こうが技術を上げるなら、こっちはそのさらに上を行く「火力」を用意するまでだ。

 それに……ルルという腕利きの技師が仲間になった今なら、俺の頭の中にある『あの構想』も、実現できるかもしれないしな。


        ***


 ギルドを出ると、外ではルルが待ちきれない様子でウズウズしていた。


「終わった? ねぇ終わった!? じゃあ約束通り、私の『工房』へ案内するよ! 師匠のメンテナンスしなきゃ!」

『……メンテナンスっつっても、お前に俺の中身はいじれねぇぞ』


 俺の体は継ぎ目なしの特殊合金だ。

 どうせ表面を撫で回して「すっごーい!」とか言うつもりだろう。


「いいの! 見るだけでも勉強になるんだから! ほら行くよ!」


 ルルは強引に俺を持ち上げると、走り出そうとした。

 その時だ。


「ああっ! 待ってくださいルルさん!」


 エリスが慌てて割って入り、俺をルルの手から奪い返した。


「ポンタさんを運ぶのは、私の役目です! お手入れだって、私が毎日やってるんですから!」

「え〜? 減るもんじゃないし、ちょっとくらいいいじゃん」

「ダメです! ポンタさんは私の……私の、大切な相棒ですから!」


 エリスがむぅっと頬を膨らませて俺を抱きしめる。

 柔らかい感触と、彼女の体温が伝わってくる。

 ……やれやれ。これだけ健気に尽くされると、悪い気はしないな。


「ちぇっ、ケチだなぁ。ま、いいや。こっちこっち! 街一番の設備がある最高の場所だよ!」


 ルルが案内したのは、槌音が響く職人街の一角だった。

 すすと鉄の匂いが立ち込めるその場所に見覚えがあり、エリスが「あ、あれ?」と声を上げた。


「この道って……」

『……おい、まさか』


ここまで読んでいただきありがとうございます!

エピソード14の巻末にルルの挿絵を追加しました。


まだ見ていなければ是非ご覧ください。


またミリーナの過去が実は結構シリアスだった…このルナ一族はこれからのメインストーリーにどう拘っていくのか?


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