暴走技師と、悪魔の知識
【カクヨムコン参加中の話題作、ついに「なろう」解禁!】
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「待て待て待てぇぇぇっ! 逃げるな、その赤くて丸いのォォッ!!」
『逃げるに決まってるだろ、この変態! ドライバーをしまえ!!』
廃鉱山の広大な採掘場跡で、奇妙な追いかけっこが繰り広げられていた。
逃げるのは、俺ことポンタ。
追うのは、巨大なモンキーレンチを背負った少女。
速い。
ドワーフといえばずんぐりむっくりな体型を想像するが、彼女は違う。
人間とのハーフなのだろう。小柄で華奢な体躯は、まるで森の妖精のように軽やかだ。
髪の間から覗く耳は人間よりも少しだけ長く、先端が鋭角に尖っている。
だが、その目は完全に獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「お願い! ネジ一本! 外装のパネル一枚でいいからぁ! その複雑な曲面の裏側がどうなってるのか、死ぬほど気になってるのぉぉ!」
『俺の体は溶接もネジ止めもしてねぇよ!』
「じゃあどうやって動いてるの!? 魔力駆動? それとも未知の慣性制御!? ああもう、確かめさせてぇぇッ!」
少女は涎を撒き散らしながら、手に持った万力のような工具をカチカチと鳴らして迫ってくる。
捕まったら最後、あの工具で無理やりこじ開けられる未来しか見えない。
「ちょ、ちょっと! ポンタさんをいじめないでください!」
エリスが慌てて割って入ろうとするが、少女は残像が見えるほどのスピードで身をかわす。
「邪魔だよ銀髪! 私は今、歴史的発見と対話してるんだ!」
「対話じゃなくて解体しようとしてますよね!?」
「ひぃぃぃ……こ、こっちに来ないでくださいぃぃ!」
ミリーナはとっくに岩陰に避難し、頭を抱えて震えている。
ダメだ、話が通じない。このままでは、俺の貞操がこじ開けられてしまう。
(ソフィア! こいつを止める方法はないか!?)
『提案。対象の言動から、極めて高い「知的好奇心」と「工学への執着」が見受けられます』
ソフィアの冷静な分析が響く。
『物理的な排除よりも、より高度な「興味の対象」を提示し、注意を逸らすことを推奨します』
(興味の対象だと? 俺の体以上に?)
『肯定。マスターの記憶領域にある、この世界には存在しない「機構」の概念図を見せるのが効果的です』
なるほど。
技術屋なら、未知のテクノロジーには抗えないはずだ。
俺は空中に急停止し、振り返った。
『……おい、解体屋!』
「ん? 観念した? じゃあここを開けて……」
『俺をバラしても、中身はただの空洞だ。だが……俺を壊せば、貴様はこの世界に存在しない「神の技術」を永遠に失うことになるぞ』
少女の手がピタリと止まる。
「……神の、技術?」
『ソフィア、ホログラム展開。……「ロータリーエンジン(回転機関)」の基本構造図だ』
ブォン、という音と共に、俺の目の前の空中に青白い光の図形が浮かび上がった。
三角形のローターが繭型のハウジングの中を回転し、吸気・圧縮・爆発・排気を繰り返す構造。
ガトリングガンの基礎ともなる、回転機構のロジックだ。
「……な、なにこれ?」
少女がゴーグルをカチャカチャと操作し、食い入るようにホログラムを凝視する。
「魔力炉がない……? 往復運動を回転運動に変えるクランクもない……? なのに、構造そのものが動力を生み出してる!?」
食いついた。
この世界の機械は、魔法というブラックボックスに頼りきりだ。
だからこそ、物理法則のみで組み上げられた「純粋な機械」の美しさは、エンジニアの魂を揺さぶる。
『理解が早いな』
俺はニヤリと笑った(心の中で)。
『これは俺が持つ知識の、ほんの欠片に過ぎない。俺の頭の中には、こういう「未知の兵器」や「機構」の設計図が山ほど眠っている』
「……!!」
『どうだ? 俺をバラして鉄屑にするか? それとも……俺に従って、この知識の深淵を覗くか?』
少女はゴクリと喉を鳴らした。
工具を持つ手が震えている。解体欲と、知識欲。二つの欲望がせめぎ合い――
「……見る」
カラン、と工具が地面に落ちた。
「見る! 見たい! あなたの知識、もっと教えて! 師匠!!」
『……よし、交渉成立だ』
チョロい。
俺は安堵の息を吐いた。
とりあえず、最大の危機は去ったようだ。
「私はルル。ルル・インゴット。しがない解体屋だよ。師匠の名前は?」
『……俺はポンタだ』
「私はエリスといいます。……あの、ルルさん?」
エリスがおっとりとした口調で近づいていく。
ルルがきょとんとしていると、エリスは懐から白いハンカチを取り出し、ルルの頬にそっと触れた。
「お顔、真っ黒ですよ? 機械油と煤がついちゃってます」
「えっ、あ、う……?」
「女の子なんですから、もう少し気を使わないと。――【洗浄】」
エリスはハンカチに生活魔法をかけると、優しくルルの頬を拭った。
ベッタリと付着していた頑固な機械油が、まるで嘘のようにスルリと落ちていく。
毎日欠かさず、俺のボディを鏡のようにピカピカに磨き上げているだけあって、その手際はもはや職人芸だ。
エリスにかかれば、どんな汚れもイチコロなのだ。
「……はい、綺麗になりました」
エリスは慈愛に満ちた微笑みで言った。
突然の母親のような扱いに、ルルの顔がボッと赤くなる。
「あ、ありがと……。べ、別に顔くらい洗わなくても死なないし……」
「ふふ、可愛いお顔が台無しですよ」
「うぅ……調子狂うなぁ、この銀髪……」
どうやら野生児のようなルルも、エリスの天然の優しさには弱いらしい。
俺が紹介すると、岩陰からミリーナも恐る恐る顔を出した。
「あ、あの……ルルさん? あなた、こんな危険な場所に一人で入るなんて、ギルドの許可取ってます? 違法侵入ですよ?」
「あー、ギルド? 興味ないね」
ルルは気を取り直したように鼻で笑い、手を振った。
「冒険者って嫌いなんだよね。あいつら、遺跡のガーディアンとか見つけると、価値も分からず『粉々』にするでしょ? あれは貴重な技術遺産なんだよ。『解体』して持ち帰るならいいけど、ただの鉄屑にするなんて野蛮すぎ! 文明への冒涜だよ」
『なるほど。それでお前は、野蛮な連中に壊される前に部品を回収しに来たってわけか』
「そゆこと。街の鍛冶屋じゃ、こういう精密部品は作れないからねぇ。頭の硬い筋肉ダルマばっかりだし」
ルルは肩をすくめた。
どうやら彼女なりの美学があるらしい。「破壊」はNGだが、「解体」はOK。要は、中のパーツを無事に回収できるかどうかが重要なのだろう。
俺にとっては好都合だ。
『それにしても、大量のオートマタだったな。あいつら、ここで何をしていたんだ?』
俺は話題を変え、先ほど倒したスパイダー型の残骸に目を向けた。
ルルが真剣な表情に戻り、残骸の腹部を開いて見せる。
「それなんだよ、師匠。こいつら、ただの偵察機じゃない。見て、これ」
彼女が指差したのは、ドリル状のアタッチメントと、採取された鉱石が入ったガラス管だった。
「地質調査用ユニット。こいつら、この鉱山の『成分』を調べてたんだ」
『成分?』
「帝国は新しい魔導兵器の開発に躍起になってる。そのために必要なのが、高純度の伝導体……つまり『ミスリル』や『オリハルコン』みたいなレアメタルだよ」
ルルは廃鉱山の奥、暗い闇が広がる坑道を睨みつけた。
「ここはただの廃鉱山じゃない。もっと奥に、とんでもない純度の鉱脈が眠ってる。帝国はそれを嗅ぎつけて、こいつらを送り込んだんだと思う」
「魔導兵器……」
エリスが悲しげに眉を寄せた。
「そんなもののために、また争いが起きるんでしょうか……」
『……その可能性は高いな』
(ソフィア、どう思う?)
『推測。ルルの仮説は極めて高い確率で正解です。帝国の動き、および偵察機の装備から、大規模な資源採掘の前段階であると考えられます』
ギデオンが警戒していた「キナ臭い動き」の正体が見えてきた。
帝国はこの場所を、資源供給地として確保しようとしているのだ。
『……面倒な話になってきやがったな』
「でしょ? ま、私は帝国だろうがなんだろうが、珍しいパーツが手に入ればそれでいいんだけどねー」
ルルが呑気に笑った、その時だ。
ズズズズズズ……ッ!!
地響きと共に、廃鉱山全体が大きく縦に揺れた。
天井からパラパラと土砂が落ちてくる。
「ひぃッ!? じ、地震!?」
ミリーナが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
エリスがとっさに彼女を抱き寄せ、落下物から守るように背中を向けた。
「大丈夫ですか、ミリーナさん!」
「エ、エリス様ぁ……!」
だが、揺れは収まるどころか、足元の地面から規則的な振動として伝わってきた。
ドシン、ドシン、ドシン。
まるで、巨大な何かが歩いてくるような音。
「き、聞こえます! 地面の下から……巨大な駆動音が! これは機械じゃない、もっと原始的な……岩が擦れ合うような音です!」
ミリーナの報告に、ルルが「あちゃー」と舌を出した。
「やっべ。起きちゃったかも」
『……何がだ?』
「ここの主。私がガシャンガシャン解体作業して、最後に師匠と追いかけっこしてたから……うるさくて怒っちゃったみたい」
『お前が原因かよ!』
轟音と共に、積まれていたガラクタの山が爆発した。
土煙の中から姿を現したのは、全身が岩と錆びた鉄塊、そして青白く輝く結晶で構成された、全長8メートルを超える巨人。
採掘用ゴーレム(マイニング・ギガント)。
だが、ただのゴーレムではない。その装甲の表面には、帝国が探し求めていたであろう「白銀色の鉱石」がびっしりと付着し、天然の鎧となっていた。
「グオオオオオオオッ!!」
咆哮が空気を震わせる。
ルルがゴーグルを装着し、ニヤリと笑った。
「出たよ、特大のレア素材! ……師匠、あれがこの鉱山の『番人』だね」
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