余命宣告
エフェメラル症候群とは、この物語に登場する架空の病です。「ephemeral(儚い)」という言葉は、時間の刹那さや命の脆さの象徴です。儚いものは刹那の美しさを秘めています。残された時間が短いからこそその一瞬一瞬が輝くという命の価値を肌で感じていただきたい作品となっています。
「ゆうちゃん、私ね、エフェメラル症候群なの」
ことねの声は、静かな部屋にぽつりと落ちた。言葉はあまりに突然で、私の胸に鋭く突き刺さり、思考を凍りつかせた。目の前が、まるで墨を流したように暗く滲んだ。
エフェメラル症候群――遺伝子の裏切りが、全身の臓器を静かに蝕む不治の病。治療の光はまだ遠く、確かな希望はどこにも見えない。発症からの命の灯は、平均して1年ほどしか持たず、2年生きる者は2割にも満たない。5年を越える者は、わずか0.5パーセント。冷たく数字が刻む運命を、ことねは今、背負っている。
「私、あと半年、だって」
ことねはそう言って、口の端を軽く上げた。笑みは、どこか儚く、いつもよりずっと小さく見える彼女を、余計に遠く感じさせた。
「誰にも言えなかった。怖くて。でも、ゆうちゃんにだけは、知っていてほしかったの」
その声は、風に揺れる枯葉のようだった。
「同棲、できなくてごめんね」
ことねの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。私の視界もまた、滲む水面のように揺らいだ。
「ゆうちゃん、わたしが死ぬまで、ずっとそばにいてくれる?」
その言葉は、まるで祈りのようにか細く響いた。
「もちろん、ずっとずっとそばにいるよ」
声は、喉の奥で詰まり、掠れた。それでも、なんとか絞り出した言葉だった。涙がこぼれ落ちる前に、私はそっとことねをそっと抱き寄せた。彼女の体温は、こんなにも温かく、こんなにも儚い。涙を隠すように、ただ、強く抱きしめた。