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5 魔王の娘ミャルの悩み その2

 可愛いせいで魔王になれないと悩んでいる魔王の娘、ミャル。


 でも、俺は疑問に思った。


 外見ってそこまで問題か?

 だってさ、魔王の娘ってことは、支持基盤があるってことだ。

 日本でも二世議員が簡単に当選するし簡単に要職に就くじゃん? ミャルもあんな感じで魔王になればいいんだよ。


「貫禄なんていらないと思うんだけど」

「それが無理なんだな」


 しかしミャルはやれやれと首を横に振る。


「パパは私を魔王軍のみんなに会わせてくれなかったの。私は基本的にこの部屋に籠って、外に出るときも隠し出口からこっそりと。だから小さいときから私のナースメイドだったリザ以外は、パパに子供がいることは知っているけど、どんな姿かは知らない」

「なんで親父さんはそんなことを?」

「たぶん争いから遠ざけたかったんだと思う。ミャルには平穏な日々を過ごしてほしいって言ってたから」

「優しい親父さんなんだな」

「うん」


 本当に仲のいい親子だったのだろう。そう思わせる照れ笑いだった。


 とにかく。

 表舞台に立ってこなかったミャルには支持者がいない。ゼロからのスタートってわけだ。


「じゃあ魔王にならないほうが賢明だろ。親父さんだってそう願っているわけだし」

「やだ」

「どうして?」

「だってパパの背中がかっこよかったから」


 ミャルは蒼い瞳を輝かせて言った。


 憧れ。

 それがミャルが魔王になりたい理由だった。

 そのキラキラした瞳が、かつて父に憧れて声優を目指していた自分と重なってしまい、目を逸らした。


 ミャルは卑屈な感情に気づくことなく、悩まし気に二重瞼を閉じる。


「だからこそ貫禄が欲しいわけよ。立ち居振る舞いでみんなを納得させればいいから」

「なるほどな」

「で、外見はどうにかなるわけよ。特注のフルフェイスの鎧。いかにも魔王! って感じのデザインをリザに用意してもらったから、それを着れば貫禄十分なの」


 でも! とテーブルに手をついてズイッと身を乗り出して、


「声! この声! 声だけは誤魔化せないんだよ!」

「そうだな。険しい顔で訴えかけられているのに微笑ましいという感情しか抱けない」


 仮に名作ファンタジーのラスボスみたいな貫禄のある鎧を着たとしても、この萌え声を発した瞬間、すべてが台無しになってしまう。戦場で演説をしようものなら、部下の顔が蕩けて戦いどころではなくなってしまうだろう。かといって無言を貫くわけにもいかないし。


 だから彼女は魔王らしい声を所望しているんだ。魔王の声が手に入ればすべてが解決するから。

 なぜ魔王っぽい声しか特徴のない俺が魔界に呼び出されたのか。その理由が見えてきた。


「お。さすがに察したみたいねぇ」


 ミャルがニヤニヤと俺を見る。

 俺はごくりとつばを飲み込んでから、震える魔王ボイスで言った。


「……俺の首を切開して声帯を移植するのか?」

「しないよ! そんな極悪非道じゃないよ!」


 あ。しないんだ。

 ホッと胸をなでおろす。


 ミャルは「まったく」と仔猫の鳴き声みたいなため息をついて、


「そうじゃなくて、私の声勇者になってほしいの」

「さっきもそんなこと言ってたけど、その声勇者ってなんなんだ?」

「簡単に言うと声をあてる仕事だよ。私が喋りたい内容を代わりにキミが喋るんだ。そのおそろしー声でね」


 横ピースを目の横に当ててキラッ! ヤングな女子にのみ許されるこのポーズは異世界でも共通らしい。


 それにしても声をあてる仕事か。声優を真っ先に思い浮かべたけど、あれはキャラクターという空想上の存在に声を吹き込む仕事。生きている人間の声を代理することはしない。


「どういう感じで声をあてるんだ? ミャルとつきっきりで行動して、喋るタイミングでメモを受け取って、それを読み上げるみたいな?」

「ダメダメ。従者に会話を任せるような魔王はカッコ悪い。あくまで私が喋っている(てい)にしたいの。声勇者は存在を悟られてはならない」

「じゃあどうするんだ?」

「それはね……」

「ミャル様。準備が整いました」扉の開く音が説明を遮った「一階の大広間に城内の兵士を集めています」


 扉の前にはメイド服の女性が無表情で立っていた。


「ありがとリザ。それじゃあヒデオ君。さっそく行こう」

「え、いや、ちょっと」


 問答無用で腕を引っ張られる。力強っ。一般的な成人男性の体格を持つ俺の体が軽く浮く勢いで立ち上がる。


「ミャル様。その前にお着替えを。いつもの外出用の鎧です」


 リザさんが鎧のパーツを次々と部屋の中に置いていく。ヘルム、胸当て、ガントレット。床に置いただけでドスンと音が鳴る。重厚な鎧だ。これを着れば、外見だけなら魔王の威厳を保てそう。


 ミャルはそれらを細い腕でひょいと持ち上げて、慣れた手つきでひとずつ装着していく。


「さすが魔王の娘。腕力すごいなー」なんて感心して見ていたが「ん?」徐々に違和感が。


 そしてミャルが白いワンピースの上から黒い胸当てと腰当てを着けたところで、ついにツッコミを入れる。


「……なあ。サイズ合ってなくないか?」


 どう見てもぶかぶかだ。ミャルの豊満な胸をもってしても、埋めようがないスペースが空いている。

 それもそのはず。床に転がるパーツのすべてが巨漢専用の大きさなんだ。それこそ身長二メートル超えの大男にジャストフィットするサイズ。俺よりも頭一つ分小さいミャルが着られるわけがない。


「もっと小さい鎧の方がいいんじゃないか?」

「ダメダメ。小柄な魔王なんて気分が乗らないよ」

「気分って……」

「それに部下に弱そうな魔王だって舐められたらダメでしょ? 魔王になるからには大きくて強そうに見せないとね」

「でも腕も脚も長さが足りてないじゃないか。動く以前に着られないぞ。それこそ手足を二倍に伸ばさない限り」

「だから伸ばすよ」


 グインとミャルの四肢が伸びた。アンバランスに細長い手足、二メートルの高さにある可愛い顔。


「気持ち悪っ!」


 大人気海賊漫画の某ゴム人間じゃねえか!


「気持ち悪い? 今ミャル様に向かってそう言ったのですか?」


 きらりと光るアイスピックを袖の端からちらつかせるリザさん。


「いいえ! とても麗しゅうございます!」

「あはは。これが私の一族の特徴。四肢伸び魔人族なんだ」

「……風変わりな種族なんですね」


 てことは先代魔王も手足が伸びるのか。そんな地味な特徴の魔物に支配される魔界っていったい……でもよく考えると、日本も某海賊漫画が漫画界の覇権を握っているわけだし、よそ様のことは言えないな。


 ミャルはうねうねとイソギンチャクのように長い手足で、鎧の装着を再開する。脚をはめ、腕をはめ、最後にヘルムをかぶり、視線用の横長の穴が開いたバイザーを下ろせば、漆黒の鎧の魔王の誕生だ。


「おお! これはなかなか」


 バッファローのような立派な角を生やしたヘルム。赤黒い紋章が描かれた胸当て。鮮やかな赤いマント。がっしりとした体躯も相まって、ラスボスの風格を存分に醸し出している。


「どうどう? 似合うでしょ? えへへー」


 ただし萌え声が全てを台無しにするのだが。


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