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4 魔王の娘ミャルの悩み その1


「改めまして。私はミャル。よろしくね」

「こ、こちらこそよろしく」


 アイドルの挨拶みたいに顔の横で小さく手を振る魔王ミャルに、ぎこちなく会釈を返す。


 やばい。緊張する。全身汗でびちゃびちゃだ。正座をする足が震え、背中はまっすぐ硬直、視線は挙動不審の様相。


 魔王という強大な存在と相対しているという事実もそうだけど、もう一つ、今いる場所に原因がある。

 ところでみなさんは女子の部屋に憧れたことはないだろうか。学校の帰り、付き合っている彼女に家に誘われ、行ってみると可愛い女の子の部屋。パステルカラー、可愛いぬいぐるみ、清潔感抜群、女子特有のほのかに甘い香り。男にとって夢のような空間を一度や二度は妄想するだろう。


 今、俺はそこにいる。


「私の部屋に案内するねっ!」


 ミャルに手を引かれて隠し扉の向こうに通された俺。魔王の部屋と聞いて、拷問器具が壁一面にかけられた部屋模様を想像して震えていた。


 が、狭く暗い通路の先にあるカジュアルな開き戸を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、妄想通りのザ・女の子の部屋だった。


 ピンクの壁紙。ふわふわのベッド。ラックにかけられたカラフルなフリフリ衣装の数々。経験できなかった甘酸っぱい青春が遅れて訪れたような気分になった。

 さらにローテーブルを挟んだ向かい側には絶世の美少女が微笑みかけているではないか。ゆったりとしたドレスの胸元から渓谷がごとき谷間が見える。この状況で緊張しない童貞はいないと断言しよう。


 ガチガチになった体をほぐしてくれたのは、ミャルのふにゃふにゃボイスだった。


「ここに連れてこられた理由はリザから聞いた?」


 綿あめのように柔らかい声。声優の専門学校に通っていたからこの手の萌え声はよく耳にしていたけど、ミャルの声はそれらの偽物とは純度が違う。混じりけのない地声。これが才能ってやつなのかな。聞いているだけで自然と笑みがこぼれる。


 癒し効果満点の声のおかげで、自然と友人に語り掛けるような口調で会話に入ることができた。


「魔王様が俺の声を必要としているってこと以外は何も聞かされてないな」

「じゃあまずはこの世界について教えてあげる。一つの大きな大陸があってね……」


 青空が広がる南側に人間界が、分厚い雲に覆われて一日中薄暗い北側に魔界が存在する。両者は長年敵対関係にあり、魔界は魔王をトップとした魔王軍を編成し、最高幹部である四天王を軸に万全の体制を形成している。対して、人間界は勇者と呼ばれる才能のある人間を魔界に送り込んで、魔王を討ち取ろうとしている。そんな均衡がもう数百年にもわたって続いている。


 世界史のような長々とした説明も、可愛い声のおかげですんなり頭に入ってきた。生きて日本に帰ることができたら萌え声教師を集めた進学塾を開校しようと思った。塾名は『東大目指して頑張るぞぉ! ニャンニャンじゅく!』で。


「で、魔界を牛耳る魔王がミャルというわけか」


 しかしミャルは「いやー……それがさー」にへらと笑って頭を掻きながら、


「実は私、まだ魔王じゃないんだよね」

「まだ?」

「先代魔王がね、ついこの前、病気で死んじゃったんだ」

「不在なのか」

「うん。でね、魔王の継承権は魔王軍規に則って決まるの。まず魔王の子供に権利がある。子供は一週間以内に魔王になるかどうか意思表明する。子供が魔王を拒否した場合、次に魔王軍四天王に権利が移る。四天王も拒否した場合は一般兵士の立候補」

「ミャルはどれ?」

「子供。死んだ先代魔王は私のパパなの」

「あ……それはお気の毒に」

「いいの。もう切り替えたから」


 そう言って笑うミャルだけど、その笑顔は少しばかり無理しているように見えた。

 彼女も人間と一緒なんだな。親がいて、その死を乗り越えて、健気に振舞っている。

 魔王って聞いたときは人の苦しみをオカズに飯を食うサイコパス野郎を想像したけど、見た目も中身も普通の女の子なんだと実感した。


「パパの子供は私だけ。だから王位継承権は今のところ私にしかない。私が『魔王やります!』って言えば、その瞬間から魔王になれるの」

「じゃあさっさと宣言すればいいじゃないか」

「そうしたいのはやまやまなんだけど……」


 今度は口をへの字にして苦笑いを浮かべる。どうやら魔王になれない事情があるらしい。


 実力的な問題? 魔王の子供だからといって強い魔物とは限らないしな。あるいは魔王の重圧が怖いとか? 人間の年齢でいうところの十六歳くらいに見えるし、魔界のトップに立つには若すぎるのかも。


 しかし答えはもっとシンプルな悩みだった。


 ミャルは自分の顔を指さして、


「ほら、私の見た目、ぜんぜん魔王っぽくないじゃん?」

「……確かに!」

「しかもこんな声だよ? ぜーんぜん怖くないでしょ」

「おっしゃる通り!!」

「声も見た目も貫禄に欠けるんだよねー。魔王軍を率いるには相応しくないんだよ」

「否定も反論もございません!!!」


 よかった。俺の感性は異世界でも通用するようだ。


「魔物は基本的に強い者に従う。だから軟弱な見た目の私が魔王になっても、誰も命令を聞いてくれないんだ。そうしたら魔王軍はバラバラ。人間さんに滅ぼされちゃう。せっかくパパが平和な魔界を作ろうとしているのに、台無しになっちゃうよぉ」


 可愛い声と容姿は彼女にとって足手まといらしい。切実な悩みなのに、フニャフニャ声のせいでイマイチ深刻に感じられないところが、彼女の懸念が正しいことを証明していた。



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