三
お会計を済ませて店の外へ出ると、冷たい空気が俺たちを現実に引き戻そうとします。
「もう一軒行こうか」
そう言って、俺の耳元に近づいて、
「それとも、うちに来る?」
現実から遠ざかろうと、甘く囁くあなた。
「だめです」
俺は足を止めました。
部屋にいけたなら、それはもう夢みたいだけど、ヤケになったあなたの弱みにつけ込むなんてできません。
「俺、力になります」
困惑気味のあなたにはっきりと言いました。
「ここで待っててください」
そして、コンビニへ行くためにあなたに背を向けました。
一人暮らしをするために貯めていたはした金、全部あなたに差し出すために。
「野田くん、待って!」
あなたは俺に駆け寄り、手を差し出しました。
「お手」
と、微笑んで。
戸惑いながらその小さな手に手をのせると、あなたはゆっくり握りしめました。俺のゴツい手を。指先が冷たくて、愛おしくて、抱きしめたいのをこらえながら、俺はただあなたを見つめていました。
「ありがとう」
そんなことを言われたら、何も言えなくなります。
「……ワンッ」
と、だけ答えて、再びあなたに背を向けてコンビニへと向かいました。
コンビニの店内は明るくて、ATMと向かい合う間に骨まで見透かされるんじゃないかと思っていました。
本当はあなたの悪い噂を頭の片隅で思い出している。その秘密を照明が照らし出してしまいそうで、液晶に触れる指先が震えました。
ーーこの前、元カレが金を返せって怒鳴り散らしに来たんだって
ーー店長が追い返したみたいだけど
ーーあいつ、今は店長に貢がせてるから。
ーーヤッたら金を払わすシステム?
ーー野田も気をつけろよ。せっかく貯めた金を掠め取られないようにな……
ATMからできる限り取り出したお金を封筒にいれると、急いで店の外へ出ました。
俺はその場で立ち尽くしました。
キョロキョロとあたりを見回し、あなたを探しても見当たりません。あなたはどこにもいません。
探しても探してもあなたはみつかりません。
待っても待ってもあなたは現れません。
「そんな……」
気づくのが遅すぎました。
お手のあとの「ありがとう」は、さよならってこだったんですね。
次の日、あなたはバイトを辞めたと聞きました。
その日の店長は過去一機嫌が悪くて、みんな困っていましたよ。
俺は、今夜もあのコンビニであなたを待っています。
いつまで「待て」をすればいいんですか?
本当は慰謝料なんか請求されていなくて、ただ俺を利用していただけでもよかったんです。
あなたに会いたい。それだけです。
よかったんですよ、俺は犬で。
騙されてもいいから会いたいのは狂ってますか?
あなたに「よし」と言われるまで、ここにいます。
あなたに会いたい。
どうか俺を引き取りに来てください。
「ワン」
俺はあなたの犬になりたかった。






