二
皮膚に刺さるような沈黙に、焼酎のグラスの中で氷がジッと音を立てました。火照った頬の温度が下がり、俺のほうが目をそらしてしまいました。
「既婚だなんて知らなかったんだよ?」
ーー軽蔑した?
ため息と冗談で紛らわせても、あなたの声は俺の心に直接囁くんです。
ーーお願い、軽蔑しないで。
テーブルに視線を落としたあなたの本音は、ちゃんと届いているんです。心臓まで響いているんです。
あなたはボロボロに傷ついています。知らなかったと言っても、人はあなたを責めるのでしょう。
でも俺は、あなたを絶対に見放したりはしません。
「いくらなんですか?」
俺が訊ねると、あなたはポツリといいました。
「100」
答えてからまた投げやりな笑みを浮かべます。
「わたしがまだ学生だから、まけてくれたんだって」
「どうするんですか」
食い気味にきく俺に少し面食らってから、
「今のままじゃ学費が払えないのね。家賃も。親に言えるわけないし。でも、大学辞めたくないから、時給のいいバイトにかえるつもり。もっと夜までできる仕事」
さみしそうに笑いました。
「バイト、やめるんですか?」
「やめたくないけど、仕方ない」
それでは会えなくなってしまう。
何も言えず、俺はほとんど水になった焼酎のグラスをあおりました。冷たい液体が喉を通り過ぎても言葉なんて出てきやしません。
「ごめん。リアクションしにくい話しちゃって」
「俺なんかに話してよかったんですか?」
「野田くんだから話したの」
「俺、だから?」
「野田くんといると安心する。年下なのにね」
「それって男として見てないってことですよね」
あなたは小さく首を振ります。
「わからない。でも、やめるって思ったとき、一緒に飲みたくなったのは野田くんだけ」
口説き文句みたいな言葉なのに、浮かれることができませんでした。今夜、あなたの狡くて脆い一面を見た気がしたんです。
「会えなくなるのは寂しいな」
あなたは店員を呼び、お会計を頼みました。
「そろそろ、出ようか」