一
あなたがキレイだからいけないんです。
今だって、グラスビールを飲みながら笑うあなたに見惚れています。
「たくさん飲んで」
あなたがそう言うから、弱いくせにどんどん飲んでしまいます。
ジョッキで生ビール、ハイボール、生レモンサワー、グラスビール。
グラスに張り付いたビールの泡を見ていたら、いい気分になって焼酎のロック。
クリスマスムードにノセられた店内で二人きりです。
バイト終わりに二人だけで飲みに行こうなんて、どんな魂胆なんですか。
コートの下に隠していた、水色のニットの膨らみをついチラチラ見てしまうじゃないですか。見ないようにすればするほど。
「何か疑っているでしょ?」
あなたがそういったのは、俺の視線が不自然に泳いだからですよね。
「そんなことないです」
そう言ったって、どうせ納得なんてしやしません。赤らんだ頬に手をあてて、なじるみたいに俺を見ていました。
「野田くんってば警戒してる」
カウンターの椅子ごと近づいたあなたのニットの隙間から、甘ったるい匂いがしました。その香りは居酒屋のざわめきと絡まり合って、俺をどこまでも酔わせます。
「警戒なんて、そんなことないですよ」
俺は目をそらして誤魔化すしかできません。経験値も足りない。手札も持ち合わせていません。
俺を探るあなたの眼差しが胸を刺激して、鼓動が逸って、もう目眩を起こしそうでした。
「そうかなぁ」と言って、あなたはグラスのビールを飲み干しました。
「じゃあ、もう一杯飲める?」
首を傾げてたずねるあなたの、その熱っぽい声。
「できます!」
俺は元気に答えました。
少し驚いたあと、あなたはクスクスと笑い出しました。
「野田くんって犬みたい」
確かに俺はあなたの犬です。
伏せと言ったら迷わず伏せてみせるでしょう。もしそこが雨上がりのぬかるみの上でも。
「返事はワンにする?」
いたずらに問いかけるあなた。
「ワンッ」
俺は喜んで答えました。
あなたはまたクスクスと笑って、少しビールを口に含んだあと、潤んだ瞳で俺を見つめました。
「うちに来る?」
真剣な眼差しが俺の心臓を貫きました。
貫かれたのは何度目でしょう。バイトでミスした日に慰めてくれたときも、駅まで一緒に帰ろうって笑顔で言われたときも、初めて私服を見たときも。あなたは僕のど真ん中を射抜きます。
でも、だからわかるんです。
今夜のあなたは憂いに染められています。
「どうしたんですか?」
ヤケになって俺を部屋に呼ぶなんて、いつもならありえないことです。
「何かあったんですか?」
あなたは皿に一つだけ残った唐揚げを見つめていました。そのまま小さくため息をこぼしました。
「フラレたの。騙されちゃった」
自虐的な笑みを浮かべ、からのグラスを持て余していました。
「払わなくちゃなの」
「何をですか?」
「慰謝料」