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第2章

俺の名はルイベルト・ゼノー。

名目上は魔術師ダルク・ゼノーの息子だが、血のつながりはない。俺は孤児院で生まれ、母親の顔も名前も知らない。だが、生まれた直後、あの男――魔術師と自称するダルクが俺を引き取った。茶髪で、ほとんど魔力もないのに、あいつは自らを『魔術師』と名乗っている。その理由は、他人の中に微かな魔力を見分けることができるからだ。

この国には「色持ち」と呼ばれる者たちがいる。髪の色によって魔力の有無がわかる彼らは、魔力を持たない大多数と区別され、時には貴族たちにとって非常に価値のある存在とされてきた。貴族の家庭で生まれた色持ちは、すぐに魔術師協会に登録されるが、貧しい家や孤児院で生まれた子供たちはその限りではない。教会での登録が必要になる場合もあり、悪徳牧師が貴族に売り飛ばす。貧しい家庭、父親のいない母親が子供を金で手放すこともあるという。身寄りのない子供たちは、こうして貴族に高額で買われ、彼らの家系に組み込まれることで、まるで血統ある生まれであるかのように偽装されることも少なくない。

色持ちが貴族の家系に多いと信じられているのも、こうした事情からだ。実際は、平民の中にも色持ちは生まれるが、貴族たちは彼らを取り込み、己の誇りや保身のために利用しているのが実情だ。

俺も、生まれる前にあの男に見いだされ、買い取られた。通常、色持ちかどうかは生まれるまでわからないが、あいつには見分ける力があるらしい。おそらく、俺の母にも「生まれたら譲ってくれ」と大金を差し出して頼み込んだのだろう。貧しい者たちはその日の生活にも困り、ましてや新生児を抱えて生きる術などない。そうした人々の弱みに付け込んで、あいつは俺を手に入れた。

この国バイゼルンでは、色持ちは千人に一人程度しか生まれないが、他国では状況が異なる。例えば、ガルガンダ帝国では、色持ちの割合が約4割にも達するらしい。あちらでは平民でも魔力を持つ者が多く、簡単な火起こしや水を集める程度の魔法なら使える者が多い。バイゼルンとは全く異なる文化だ。

バイゼルンでは、色持ちの不足を補うために、召喚魔術の研究が進んだらしい。瘴気が増える度、聖女を召喚して国を支えてきたという。その一方で、ガルガンダにはこうした技術はなく、魔力を持つ者が多いことで成り立っているようだ。とはいえ、どちらの国でも「黒の色」を持つ者は極めて稀であり、特に貴重とされてる。バイゼルンにおいても黒の召喚には強い魔力が必要とされ、弱い魔力では決して黒は召喚されない。

俺は、黒ほど貴重ではないにしても、髪色は普通の色持ちとも違う。俺の魔力であの男はのし上がってきた。あいつは、茶髪でも例外として、非常に魔力が高いと吹聴し、あたかも自分の魔力だと偽っている。その魔力の源は、全部俺の物だというのに・・・

魔力は水晶に蓄えることができる。水晶に魔力を注ぐと持っている色に染まっていく。多少なりとも色持ちは水晶に少しずつ、魔力を注ぎ溜めている。この魔力を溜めた水晶は、非常に高く買い取ってもらえるからだ。色によって魔力がなくなるまで、水が出るとか火が出せるとか傷が癒えたりするので、平民には手は出せないが貴族には重宝しているんだろう。 黒には瘴気が祓える力があるとされている。瘴気が増えると魔獣も増え、国民が襲われる数も増え、国益にも影響してくるからだ。魔獣が増えると他国からの輸入にも影響が出る。

国としては、なるべく魔獣の被害は出したくないのだ。だがバイゼルン国は色持ちが少ないため、魔獣を追い払うにも他国に依存する場合も出てくる。

瘴気が祓える者を聖女と呼び、召喚するというわけだ。なぜか男は召喚されないという。 異世界から召喚するためには、女性の方が適任なのだろうとは思う。 俺の力は、魔力そのもの。何かに使えるというよりは、魔力タンクとでもいおうか!

俺の水晶だけでは魔力は発動しないが赤や黒、青の水晶と一緒に使うことで、持続力などが半端ない。持続もそうだが大量に使うことにより、より大きく使うことができる。

俺自身が赤の水晶を持った所で、発動はしないが他人が俺の水晶を使うことで、何時間も使用できるというわけだ。 だからあの男は、手に入れた水晶と俺の水晶を使い、魔術師を名乗っていられるわけだ。今回も王命で、召喚をする際に俺の魔力を使用した。召喚する部屋の真下にわざわざ、こっそり、部屋を用意したのもその為だ。それまでは奴の屋敷に住んでいたが1か月前にここにこっそり連れてこられた。屋敷から何度も脱走を試みたがなぜか敷地から出ることはできなかった。結界か何かがあるんだろうか?謎が解けぬまま、ここに連れてこられ、ずっとあのデカい水晶に魔力を注がされ、とうとう昨日、その水晶に魔力が注げなくなったが俺の魔力も底をつき、なんとか部屋のベッドまでたどり着くまで、あと少しの所で体力の限界を迎え、体が動かなくなり、意識がなくなった。 何度も魔力を注ぐのを拒否したこともある。だが、そのたびに殴られたり、食事を抜かれたりされた。子供のころからそんなことを続けられてきたら、反抗する気力もなくなるというものだ。

今の俺は、ただの生ける屍だ。ただ、今を生きているだけ・・・


気がつくと、いつの間にかベッドの上に横たわっていた。どうやら自分の部屋までたどり着けたらしいが、そこまでの記憶が曖昧だ。ぼんやりとした意識の中で、何かを抱きしめながら寝ていたことに気づく。

柔らかく、心地よい温かさが胸の中に伝わっている。その存在に触れて、まるで本能的に暖を求めて寄り添ったようだった。

手のひらには、すべすべと滑らかで、ずっと撫でていたくなるような触感が広がっている。どのくらい撫で続けていたのか分からないが、徐々に意識がはっきりしてくるにつれ、胸に抱えている『それ』に対する好奇心が湧きあがってきた。

目を開けてみると、真っ白なふわふわの塊が自分の胸に収まっている。おそるおそる少し離してみると、柔らかな生き物が小さく動いた。

「…んんっ」というかすかな声と共に、わずかに身じろぎするその姿に思わず息を呑む。

「な、なんで?確か、誰もいないはずだったのに…」

心臓の鼓動が高鳴り、体が固まって動けなくなってしまった。

どうすればいいのかもわからず、ただその小さな存在を見つめる。胸がときめくのを抑えられないほど、目の前の何かが可愛らしかった。

しばらくの間、僕はそのままじっと動けずにいた。どのくらいの時間が経っただろうか。俺の腕の中で小さく身じろぎした彼女が、ゆっくりと瞳を開けた。

なんと…その瞳は真っ赤に燃えるような色だった。ルビーの宝石みたいに、キラキラと輝いている。俺をじっと見つめ返すその瞳に引き込まれ、思わず心の中の言葉が口をついて出てしまった。

「とっても、綺麗な瞳だね」

彼女が小さく瞬きをしてから、ふっと微笑む。

「あれ?ここは?…あなたの瞳の方が、もっと綺麗よ」

その一言があまりに不意打ちで、俺は息を呑んだ。彼女が俺の腕の中で身をよじって逃げようとするのを見て、思わず彼女をぎゅっと抱きしめてしまう。胸に頭を引き寄せ、自然に顔を彼女の首元へ寄せて、深く息を吸い込んだ。心地よく、温かくて、何とも言えない甘い香りがした。ずっとこうしていたいと、無意識に抱きしめる手に力が入る。

「…あ、あの?ちょっと、腕を緩めてくれませんか?」

彼女がかすかに苦しそうな声でそう頼んできて、はっと我に返った。

「あ、ご、ごめん…ずっと、一人だったから、人恋しくてつい…」

変なことを言ってしまったかもと焦り、心臓が高鳴るのを感じる。そんな僕の顔をじっと見つめて、彼女がふと静かに尋ねた。

「どのくらい、一人だったの?」

「物心ついてから…ずっと」

それを聞いた彼女は、驚いたように目を見開いて、「そう…それは、辛かったわね」

彼女はそう言って、優しく俺の頭を撫でてくれた。その手の温かさと優しさが胸にしみて、嬉しくてまた抱きしめてしまう。こんなふうに誰かが自分を労ってくれるのは初めてだった。しばらくそうしていると、彼女のお腹が『グゥー』とかわいく鳴り、思わず俺は声を出し笑ってしまった。普通に笑ったのなんて、記憶にないくらいだった。

「…笑わないで」

彼女は顔を赤らめながら小さく呟き、さらに愛おしさが込み上げてくる。

こんなに初めて会ったばかりの相手に心がときめくなんて、自分でも驚きだ。気持ちを落ち着けようと一息ついて、僕は腕を緩めて言った。

「何か、食べようか?」

彼女は恥ずかしそうにうつむきながらも、ぱっと満面の笑顔で頷いてくれた。

僕のもとに舞い降りてくれた、天使みたいな彼女。彼女を絶対に離さないと、心の中で強く決意した日だった。


♢♢♢


私はいつの間にかベッドにダイブしたまま、意識を手放してしまったらしい。

布団もかけずに力尽きて寝てしまったみたいだ。薄っすらと目を開けると、驚いたことに目の前に黒に近い濃い紫色の髪をした男性が、私を抱きしめてじっと見つめている。

状況がつかめず、頭の中は混乱したままだが、彼の瞳をじっと見つめ返すと、彼がぽつりと「とっても、綺麗な瞳だね」とつぶやいた。その言葉に、私も思わず言葉を返していた。

「あれ?ここは?…あなたの瞳の方が、もっと綺麗よ」

彼の瞳は、彼の髪と同じく濃い紫色に輝いている。私の好みの色で、その美しい瞳に魅了されてしまったのだ。そのせいか、ついそう言ってしまっただけなのに、突然彼がぐっと私を抱き寄せ、胸に顔を埋められてしまった。

驚いているうちに、彼はさらに私の首筋に顔を寄せ、そこで大きく息を吸い込んだ。何度かくんくんと吸い込むたびに、『…猫吸いってこんな感じなのかな?』とわけの分からない考えがよぎったが、次第に苦しくなってきたので、思い切って言ってみることにした。

「…あ、あの?ちょっと、腕を緩めてくれませんか?」

すると彼は少し腕を緩めてくれたものの、まだ完全には放してくれない。そうしてふと彼が「ご、ごめん…ずっと、一人だったから、人恋しくてつい…」と謝ってきた。その言葉に、ふと胸が締め付けられるような気持ちになる。

「どのくらい、一人だったの?」

単純に気になって聞いてみただけだったが、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「物心ついてから…ずっと」

その言葉に、私は思わず驚いた顔をした。こんな綺麗で優しそうな人が、ずっと一人だなんて…少しでも彼の寂しさが癒えるようにと思い、「そう…それは、辛かったわね」と返して彼の頭を優しく撫でてあげた。すると、彼はまた私を抱きしめてきた。

本当に寂しかったのかもしれない。そう感じた私はそのまま動かず、彼の腕に抱かれていた。すると突然、私のお腹が『グゥー』と大きな音を立てた。顔が熱くなるのを感じた瞬間、彼がクスクスと笑い出す。

「…笑わないで」と、恥ずかしくて小さく言うと、彼は「何か、食べようか?」と優しく言ってくれた。そう言われてみれば、昨日の夜から何も食べていなかったことを思い出し、私は勢いよく頷いた。

彼は立ち上がり、部屋の奥にあるカウンターへ向かう。どうやらキッチンのようで、お湯を沸かしながら食材を探し始めた。カウンターの隣には扉が二つあり、一つは食物保存庫らしく、そこからパンや果物らしきものを取り出し、手際よく準備を進めている。そんな彼を眺めていると、ふと我に返った。ここ数日お風呂に入っていなかったのを思い出し、さっき彼に抱きしめられたことを思うと、なんだか心配になり、思わず自分をくんくんと確かめる。

やっぱりちょっと、ヤバいかも…

ベッドからそっと降りて、おずおずと彼に話しかけてみた。

「あの…シャワーをお借りすることできますか?」

彼は少し驚いた顔をしつつも、「うん。もう一つの扉がシャワー室になってるから、どうぞ」と、にっこり微笑みながら言ってくれた。その微笑みにほっとしながら、私はシャワー室へ向かった。

シャワーを浴びる準備をしようとして、ふと「そうだ、着替えがない…」ということに気づいた。浴室からそっと顔を覗かせ、「あの…着替えってありますか?」と彼に尋ねてみる。

彼は少し驚いたような表情を浮かべてから「俺のでよければ、あとで持っていくよ」と優しく答えてくれたので、お言葉に甘えることにした。

「ありがとうございます」とお礼を言い、改めてシャワーを浴びに向かう。

洗面所と浴室が分かれていて、少しホッとする。

シャワーの温度を調整しながら、しばらく熱いシャワーを浴びた。地球から召喚されたにしては、ここも蛇口をひねって水が出る仕組みになっていて、なんとなく懐かしい気分になる。しっかり温まったところでシャワーを止め、浴室から洗面所を覗くと、そこには彼が用意してくれた洗濯された服が置かれていた。

服を手に取りながら着替えを物色していると、トランクスのようなものが一枚。…これって、彼の下着?なんて一瞬変なことが頭をよぎるが「いやいや、洗濯してあるし!」と自分に言い聞かせつつ、これでいこうと決める。

パンツはどうしよう・・・

ノーパンか裏返しで履くか迷った末、彼のトランクスを借りることにした。ブラジャーは替えがないが、数日なら大丈夫だろうと開き直り、シャツとズボンに袖と裾を折り曲げてなんとか合わせる。

準備が整ったところで、洗った自分のパンツをどこに干そうか悩んでいると、タイミング悪くドアをノックする音が・・・

慌てて「どうぞ」と返事をしたが、パンツを広げたままキョロキョロしているところに、彼がそっとドアを少しだけ開け、目だけで覗き込んできた。

…ちょうど目が合った瞬間、彼の顔がみるみる真っ赤に染まり、すーっとドアの隙間から引っ込んだ。

(ど、ど、どうしよう…!)

私も顔が真っ赤になり、少し開いた扉の向こうに必要以上に大きな声で話しかける。

「洗ったんだけど、ど、どこに干せばいいかなぁ?」少し声が裏返ってしまった。

彼の少し緊張した声が返ってくる。

「…シャワーのカーテンレールに干しておけば、大丈夫だよ」

お互いの顔が見えないまま、気まずさが空気に漂う。

お礼を言って扉を閉めると、心臓の音がやけに響く。なんとも言えないこの気まずさに、ふとおかしくなって「・・・ふふふ」と笑ってしまった。

部屋に戻ると、ふわっといい香りが漂ってきた。

「あ~いい匂い…」と思わず口にすると、またタイミングよくお腹の虫が『グゥー』と鳴く。

私の言葉とお腹の音に、彼は肩を震わせてクスクスと笑い出した。その様子を見ているうちに、さっきの気まずいハプニングを思い出し、つられて私も笑ってしまう。

しばらく二人で笑い合った後、彼が照れたように視線を落としながら言った。

「冷めないうちにどうぞ。ここじゃこんなものしかないけど…」

その恥ずかしそうな姿が、またしても私のツボを刺激する。こんな綺麗な顔立ちの彼が、かわいらしくもあって…なんて尊いんだろう!

お腹がもう一度鳴る前に両手を合わせて、「いただきます」と言ってから一口。

口に運ぶと自然に顔の筋肉がほころび、思わずにっこり。

「おいひいー」

その表情に彼も微笑んでくれて、「お口に合ったようでよかった。さっきは、…申し訳なかった」と、また少し恥ずかしそうに視線を落とした。

「…大丈夫です」と伝え、食事を続ける。食事が一段落したところで、彼がぽつりと質問をしてきた。

「あの~、名前聞いてもいい?僕はルイベルト・ゼノーって言います。26歳。ルイって呼んでくれて大丈夫。あと、普通に話してくれていいから」

「じゃあ、ルイ!私はカンナ。カンナでいいから、私も気軽に話すね。敬語とかいらないから」

名字は省略した。彼が信用できるかどうかはまだわからないけれど、悪い人ではなさそうだ、直感でそう思った。

彼は小さくうなずくと、「じゃあ、カンナ。どこから入ってきたの?」と聞いてきた。

「え?ドアから?」

「…ん?」

「…ん?」

「ドア、最初は開かなかったはずだけど?」

「うーん、砂がグルグルしたところから入れたよ」

「砂…グルグル?それって、どこかな?」

彼が気になっているようだったので、私は水晶の部屋に案内した。ドアの前に立って、彼に見せるためドアをゆっくり開ける。

「ほら、ここから入ったの」

「ええ!?これ開くの?最初は鍵が閉まってたはずなのに」ルイはとても驚いている様子だった。

「そう、鍵が閉まってたけど、両脇にあった砂を指でグルグル回してたらだんだん白くなって、鍵が開いたんだよ」

そう説明すると、ルイは驚いた顔で考え込んだかと思うと、部屋に戻り、今度は小さな器を二つ持ってきた。

「カンナ、この砂を全部器に入れてもらってもいい?そっちの砂を頼むよ」

彼と一緒に散らばっていた砂を丁寧に器に入れ、最後に取り切れなかった砂を端に寄せて綺麗にしてから戻った。

朝食をとったテーブルに着くと、ルイが「とりあえずお茶でも」と紅茶を入れてくれた。温かい紅茶を一口飲むと、ふとルイが話を切り出す。

「さっきの砂、どんなふうに盛ってあった?」

「両脇に小皿があって、最初は黒かったけど、私が触ると少し色が変わってきたの。それで指でグルグル混ぜてたらだんだん白くなって…鍵が外れた音がして開けられたの」

ルイは眉間に皺を寄せ、考え込んでいるようだった。ふいに器に入った砂を指で触れ、少し舐めてみる。

「…しょっぱい。これ、塩だ」

彼の言葉に私も指先をちょっと舐めてみる。

「うえー、しょっぱい。ほんとに塩だ」

その様子を見たルイはまた考え込み、しばらくして口を開いた。

「最初、黒かったって言ってたよね?そのとき、何か見えた?」

「うーん…どうだったかなぁ?触ったとき、指に黒いモヤモヤがまとわりついてる感じがして、手を振ってたら消えたの。それからだんだん色が薄くなって白くなって…」

「なるほど…」

ルイは深くうなずき、しばらく考え込む。そして低く呟くように「それでここの出入りが自由になったのか…」と呟いた。

「ルイ、でも中にいたのに鍵がかかってたの?それじゃ出られなかったってこと?」

彼は視線を伏せ、悲しそうな顔をした。

「…そう、閉じ込められてたんだ」

その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。

「どうしてそんなことに?」彼は答えずに、代わりに小さく頼んできた。

「触った手、見せてもらってもいい?」私は右手をそっと差し出すと、ルイはじっとその手を見つめる。手のひらと手の甲を交互に丁寧に確認して、何かを考えているようだった。

彼もきっと、まだ私のことを完全には信用していないんだろうな。私と同じように、彼も私を探ろうとしているのかもしれない。心の中でそう思いながら、私は彼をもう少し信じてみようと決意した。

「ここ、指先が少し薄っすらと黒くなってる」

ルイはそう言って、私の右手の人差し指の先をじっと見つめた。言われてみれば、確かに少しグレーがかっている。私の指は本来白かったはず。思い返すと、指先に黒いモヤモヤが絡みついていたっけ…。

「そうだねぇ、どうしてだろう?」と少し不思議に思いながら指を見つめ返す。

「さっき、黒いモヤモヤがついたって言ってたよね?その前は指、どんな感じだった?」

「うーん、そこまでじっくり見なかったけど…見たとき、確かに真っ白だと思ったよ」

ルイは考え込むように小さなパチンコ玉ほどの水晶を取り出し、「ちょっと試してみるね?」と言いながら、その水晶に魔力を流し込んだ。すると、手のひらで紫色に薄っすらと輝き始める。

「うわぁ、色が変わった…!」

「こんなふうに魔力が流れると色が変わるんだ。同じような現象かなって思ったんだけど…」

ルイは少し迷うように視線を落としたあと、何かを決意したようにこちらを見つめる。

「そういえばカンナ、どこから来たの?ここに来る前はどんなところにいたの?」

彼に聞かれてもすぐには答えられなかった。ここまで話してみて彼が悪い人ではなさそうだとは思っているけど、まだ完全に信用しているわけではない。ふと正直に口を開く。

「ルイのことは悪い人じゃないって思ってる。けど、やっぱり知り合ったばかりで、正直どうすればいいか…」

ルイは静かにうなずき、落ち着いた声で答えた。「そうだね。じゃあ、お互いに言い合おうか?俺がここにいる理由と、カンナがどこから来たのか。でも、この部屋から出なければ、誰かに告げ口することはできないし、そもそも…俺はここから出られないんだ」

「え?閉じ込められてたってこと?」

「うん。少しは信じてもらえる?」

「…私をどこかに閉じ込めたり、危害を加えたりしないっていうなら、少しは信用できるかも」

「そんなことするわけないよ」ルイは少し笑って肩をすくめる。

「むしろ、カンナがいてくれて話せることが嬉しいくらいなのに。そんな物騒なこと考えないでよ」

「…だって、何があるか分からないし」

ルイはふっと微笑んで続けた。

「それもわかるよ。でも俺、1か月前にいた家の敷地内から出たことがないんだ。この部屋の中だけじゃなくて、町とか外の世界にも行ったことがなくて…」

「…どうして?」

ルイは悲しそうにうつむき、「カンナが来るまで、一度も廊下にさえ出られなかったんだ。」とつぶやいた。その言葉に驚きつつも、そっと窓の方へ目をやる。

「じゃあ…どうしてここに?」

ルイは少し考え込んでから、語り始めた。

「1か月前にここに連れてこられて、閉じ込められたんだ。食材が週に一度、倉庫の奥に置かれているから、衣食住には困らないけど…外の景色は窓からしか見られないんだ。ほら、あの高い壁の向こうは木々が覆ってて、全然見えないだろう?」

二人で窓に近づき、外を見つめると、遠くに見える芝生の先には高い塀がそびえ、その向こうは緑が生い茂っているのがわかった。

「本当だ…1か月ここに?」

ルイは小さくうなずいた。「そして、そこの部屋にある大きな白い水晶、覚えてる?あれに魔力を1か月かけて貯めてたんだ。昨日、やっと魔力が満たされたあと力尽きて…一晩明けたら真っ白になってたから、多分その魔力が使われたんだと思う…」

その話に、私もドキリとする。

「もしかして…それ、私のことかも」

私は、自分がこの異世界に召喚されたことや、ここまで来るまでの経緯を説明した。彼は黙って私の話に耳を傾け、考え込んだ後に優しく微笑んだ。

「そうか、ここに来るのも不安だったんだよな?よく頑張ったね」

そう言いながらルイが頭を優しく撫でてくれる。その温かな手に心が緩み、思わず涙が滲んだ。

久しぶりに人の優しさに触れた気がして、どうしようもなく涙腺が緩んでしまう。するとルイは何も言わずにそっと私を抱きしめ、涙が見えないようにそっとしてくれた。

(なんで…彼はこんなに優しいんだろう?彼もずっと閉じ込められていたのに…)

胸の中に温かな気持ちがじんわりと広がっていくのを感じた。

「ごめんね。ありがとう」

私は少しだけルイから離れ、気持ちを整えた。優しく抱きしめてくれた彼に、素直に感謝の言葉を伝えたかった。ふと、彼が話していた『閉じ込められていた』という言葉が頭に残り、次の質問が浮かぶ。

「この1か月はここから出られなかったんだよね?その前はどんなところにいたの?」

ルイは少し視線を落として考え込むようにしながら、ぽつりと答えた。

「うん…実は、場所のことはあんまりよく覚えてないんだ。今とは違う家だったけど、そこも外には出られなくてね。小さな庭だけがあって、庭の先には塀がぐるりと囲んでてさ。塀の外には出られなくて…」

「じゃあ、ずっと閉じ込められてたってことだよね?物心ついた時から?」

「…うん」

その言葉に、胸が締めつけられるような気持ちになった。彼はずっと、外の世界を知らないまま、ここまで過ごしてきたんだ。誰かと長く話をすることもほとんどなかったと言っていたし、私の存在が彼にとってどんなに貴重なものか、少しわかる気がした。

「よくこんなに優しく育ったね…」

自然と彼の頭に手を乗せ、そっと撫でる。すると、ルイがまた私を抱きしめ、私の髪に顔をうずめるようにして、そっと匂いを嗅いだ。

正直、少しドキッとするけれど、ルイにとっては自分が初めて出会った人に心を寄せたい、そんな気持ちの表れなんだと思う。まるで、雛鳥が生まれて最初に見た存在を親だと思うように、これは『刷り込み』だ。

私も不安でいっぱいだったから、つい彼に縋りついてしまっている。異世界に来て初めて優しくしてくれた人。こうして心を通わせることで、お互いに少しずつ心の中で『刷り込み』が始まっているような気がする。この不思議な感覚を抱えながら、私は小さく決意を固めた。

(彼は閉じ込められていたけれど、この部屋から出る方法もあるんだ。私が来られたなら、二人で外へ出ることだってできるはず…)

彼をここから連れ出して、まずはどこか安心して暮らせる場所を見つけてあげたい。そして、その後で自分が元の世界に戻る方法を探してみよう。この世界で私の初めての目標が見つかった。


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