夜闇に射し込む一筋の光
今宵は深く沈んでいる
周りには何も見えない
自分とその他の境界が分からなくなるほど深く深く沈んでいくのがわかる
しかし、そんな夜にも光が射し込んで来る
だが空に月は見当たらない
それでも私の目には確かに光が、君が見える
あぁ…
なんて美しいんだ…
闇に沈んでいた私を掬い上げるように君が私を引き寄せる
そして耳元で君は囁く
聞き取ることは出来ても全く発音も分からず意味も理解が出来ない
不気味だがこの世のものとは思えない程美しい微笑みを見て
私は意識を手放した
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目を覚ますといつもの天井だった
夢だったのか、現実だったのか、今になっては分からない
頭にモヤがかかるように美しい君の顔がどうしても思い出せない
枕元の時計を見てもいつもと変わらず、午前7時を指している
そしていつもと変わらない毎日が始まるのだと感じ、思い出せない君のことを心の深くに閉じ込める
―――
いつもと変わらない日々を過ごしていく中で1つ変化があった
毎日毎日、同じ夢を見る
こんなことは初めてだが、不思議と恐怖心は無かった
毎日夜の闇に沈み込み、君が引き上げると目が覚めるのだ
そして毎日目を覚ますと君の声も顔も全てにモヤがかかってしまう
そんな日々を過ごしていくうちに私は夢に出てくる彼女を「天使」と呼ぶことにした
何も天使のことを覚えていられないが朝起きてすぐに枕元のメモにモヤがかかってしまう前に書き留めている
しかし、メモに書いた内容はただ不気味ながらこの世のものとは思えない程に美しい微笑みに対してが多い
天使が囁く言葉も書き留めてはいるのだが世界中のどんな言語にも該当しないのはやはり天使が天使たる所以なのだと考えている
それでも私は彼女の言葉を理解しようとした
幸いか不幸か天使は同じ言葉しか発さない
解読する必要は無いが、意味は理解したい
そんなわがままが私は変わらない毎日の中で日に日に大きくなっていく
変わらない毎日が天使に支配されていく
何も無かった私に生きる意味を与えてくれている天使にますます夢中になっていった
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また今日も夜闇に沈んでいくのがわかる
いつもなら天使が引き上げてくれるのに今日は何故か未だに闇のままだ
声を出そうにも声が出ない
助けて欲しいのに助けを求めることも出来ず、体を動かすも出来ない
指先すら蝋人形のように形を変えることが叶わない
変わらない毎日で変化が起こったあの日からずっと天使がそばにいてくれた
私は彼女無しでは生きられなくなったのかと思うほどに動揺している
恐怖心が心を支配していく
天使が…天使様が…助けてくれないのは何故なのか
恐怖心、焦燥、不安、泣き出したくなるほど負の感情が渦巻き私を支配していく
天使様…どうか私をお助け下さい…
私は心の中で天使様に縋るしか無かった
あの美しい微笑みをもう一度見たいと
天使様の腕で私を引き上げて欲しいと
また御声を聞かせてもらいたいと
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その日目を覚ますとまたいつもの天井だった
ただいつもと変わらない部屋の中で私の体だけが違っていた
汗や涙で体が重い
この日は目が覚めてからも頭にモヤがかかることがなかったが天使様が来てくれなかったという絶望感が体も心も重たくしている
私は見捨てられたのだと感じた
それからの日々は変わらない日々とは変わってしまった
いつも心の中は天使様と絶望感が同居していて
なにをしていても心ここに在らず
衰弱していく私は次第に絶望感を忘れ、天使様を追いかけるだけの廃人となってしまう
次第にそうなってしまっている現実を受け止めきれずにいた
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この日はまたいつもと違う夢を見ていた
闇の中に沈んでいくのではなく天使様が横にいた
ここはどこだろうか
全く身に覚えのない場所、身に覚えのない街並み、身に覚えのない服を着た人々
そして何より自分は白の服を着ていた
誰かの記憶なのだろうか
しかしそんなことが霞むほどに私は天使様が横にいることを感じられた喜びでおかしくなりそうだった
いつもと違うことがまたひとつあった
天使様が話す言葉の意味を理解できるのだ
「おかえりなさい」
いつもは不気味ながらこの世のものとは思えない微笑みを見せてくれていたが、今回は微笑みではなくまっすぐこっちを見ながら笑顔を向けてくれた
その事実だけでも倒れそうなほどの幸福感を感じる
しかし、おかえりなさいとはどういう意味なのか?
その事が頭に飛来するがもはやどうでもいい
私はただ導かれるまま天使様の隣を歩く
目が覚めないことを祈りながら私は天使様と光が強い方に進んでいく
あぁ…
なんて美しいんだ…
君はまさに闇夜に射し込む一筋の光だよ