mean.8
家庭教師のバイトを終えて、家に帰る途中、俺の横を通り過ぎた車がハザードランプをつけて路肩に止まった。
車に見覚えがある。
少し駆け足になって、車に追いつき、開いている窓をのぞき込んだ。
運転していたのは姉ちゃんの彼氏、信嗣さんだ。スーツ姿が超かっこいい。
「信嗣さん! 仕事の帰りっすか?」
「そ。乗る?」
「はい! あざっす!」
一も二もなく俺は信嗣さんの助手席に乗り込んだ。
車内には爽やかないい匂いがする。
あ……この匂い、なんか好きかも。
「信嗣さん香水つけてます? どこのっすか?」
「ああ、違うよ。たぶんタバコのにおい消しじゃない? 史帆がくれた消臭ミストの匂いだと思うよ」
マジかー。あとで姉ちゃんに同じの買ってもらおう。
そんなことを考えながら、俺は信嗣さんと話を続けた。
「そっか、信嗣さんタバコ吸うんすね。なんかちょっと意外……」
「ま、つきあいかな。でもストレスのせいか、最近ちょっと本数が増え気味でさ。史帆にタバコくさいって怒られるんだよね」
……姉ちゃんだって吸う癖に。
「『姉ちゃんだって吸う癖に』って考えた?」
信嗣さんが俺を見て、ニヤッと笑う。
「ちょっと! やめてくださいよ、もう!
姉ちゃんといい、信嗣さんといい、すぐに人の心読むのやめてくださいよ!」
「はは! 史佳が怒った! 本当に史佳はかわいいなあ。
あ、史佳は夕飯まだ? 今日は史帆、帰り遅い日だろ? 一緒にメシ食ってく? 奢るよ。
で、史帆に史佳と二人でメシ食ったって自慢してやるんだ。史帆、すっごく悔しがるぞ」
そんな冗談を言って信嗣さんがいたずらっぽく笑った。
大学の仲間とつるむのと違って、信嗣さんと一緒にいると、ちょっとだけ自分が大人になったような気分になるから好きだ。食事に誘ってもらって、素直に嬉しかった。
「え? いいんすか? やったあ!」
「その代わり、店は俺のチョイスでいい?
ちょっと下見しときたい店があるんだ」
もちろん俺は二つ返事で了承した。