mean.7
「ねーちゃん! ね――ちゃんっ! ねぇ――ちゃ――――んっ!」
俺は玄関で靴を脱ぎ散らかし、姉ちゃんの部屋のドアを叩きまくった。
幸いなことに、姉ちゃんは今日も部屋にいてくれた。
「落ち着きなさい私のかわいい弟。
懐かしいわね、あなたがそのテンションで私の部屋をノックしたのは、忘れもしない中学1年生のときに、片思いしていたキララちゃんからバレンタインの……」
「なんでそんな昔のことを覚えてんだよっ! キララちゃんとか俺の方が名前忘れてたわっ!
そんなことより姉ちゃん! あいつが! あいつが……っ! 俺が着たいと思ってた服、またまるパクリしやがった!」
俺は姉ちゃんに経緯を説明した。
朝、大学に行って目を疑ったこと――。
昨日寺西と話をしたあの店の、自分がいいなと思ったあの服の、あのコーデの、そっくりそのままの寺西と遭遇してしまったからだ。
まるパクリもまるパクリだ。
「もうやだ! あいつマジで気持ち悪い! なんなのあいつ! もう何考えてんの!? 俺が着たかった服なのに! これで俺が買って着てったら野郎同士のペアルックじゃねえかよ! 痛すぎだろ!
頭おかしいっ! マジで視界に入れたくないっ!」
「ああ可哀そうに。そんなに取り乱して、私の愛しい弟。
昨日のシュークリームがまだ残ってるから食べて落ち着きなさい」
今日は気持ち悪さの方が勝っている。シュークリームを見てもイライラがおさまらない。
「残っているのは生クリームとチョコクリームよ。これを同時に食べればあなたの好きなダブルシューよ」
「……姉ちゃんも食べよ。はんぶんこする……」
「もう、こんな時でも姉思いの優しい弟……」
姉ちゃんは苦笑しながら、半分に割ったシュークリームを皿に並べた。
俺はどっちも両手で持って同時にかぶりついた。
でも今日ばかりは怒りがおさまらない。
俺が着たかった服なのに。俺がしたかったコーデなのに。
もうどうやったって俺がアイツの真似したみたいになってしまう。俺が考えたコーデなのに。真似したのはあいつなのに。
「姉ちゃん! ひとの真似ばっかするやつの心理ってなにっ!?」
「好きだからよ」
姉ちゃんはさも当然とばかりに言い切った。
「んなわけあるかっ! あいつは男だぞ!」
「なにを隠そう私もあなたのことが好きで好きで、あなたが中学の時に着ていた服を拝借して今も部屋着として着てるのよ、ほら」
姉ちゃんがパーカーのファスナーを下げると、行方不明だった俺の中学時代の部活Tシャツが出てきた。『超えろ! 自分を!』と書かれた陸上部Tシャツがいかにも厨二病くさくて恥ずかしい。
「あー! ないと思ってた俺の部活Tシャツ! 姉ちゃんが持ってたのかよ! しかも今着てるし!」
「これを着てると、自分を超える力が沸き上がってくるのよ。まさに言霊ね」
「そりゃあ、良かったね……」
なんか急に力が抜けた。
もう中学時代の部活Tシャツなんてサイズアウトして着れないからいいんだけどさ。
いるならいるって言ってくれれば普通に譲ったのに。
姉ちゃんが舞台女優さながらに、絶望を顏にかいたような表情をした。
「もしかして……まさか私のことも気持ち悪いと? 視界に入れたくないと? 弟の真似をする姉は万死に値すると?」
「そんなことないって! 姉ちゃん大げさすぎ! 大丈夫だから!」
「お願い私を見放さないで大切な弟! あなたがいないと私は生きてく意味がないの!
あなたの身につけてたものが無性に手元に置きたくなることがあるのは……っ、これは別に私があなたに異常な執着をしているのではなくっ、つまりこれはどういうことかというとっ、家族心理学において家族間のつながりを強化する手段として、家族の持ち物を身近に……」
「見放さないから落ち着いて! あと姉ちゃんの専門分野を俺に説明されても全然理解できないから!
あと信嗣さんがかわいそうだから! そういうことは俺じゃなくて信嗣さんに言ってあげて!」
まあ……信嗣さんはすごく大人な男性って感じだし、姉ちゃんのこういうのもギャグとして上手に流している気がする。
信嗣さんって、俺の中ではそういう人だ。
俺はいつでも余裕な感じがする信嗣さんを想像する。
きっと信嗣さんだったら、知り合いに真似とかされても、俺みたいに取り乱したりしないんだろうなー。なんか余裕で笑ってそう。
信嗣さんだったら、こんなときどうするんだろう。
結局、姉ちゃんはこのあと、課題が山ほどあるからと言って部屋にこもってしまった。
俺の疑問は、解決の糸口すら見つからない。
あー、やだなー。
明日大学行きたくない……。