mean.6
ゲーセンの入っている商業ビルの中を適当に歩いてみた。
最近オープンしたばかりらしい服屋をのぞいたら、すごく好きなデザインの服が売っていた。
でも値札を見て、ちょっと落ち込む。
週2の家庭教師のバイトだけじゃ、手を出しづらい金額だった。
でも姉ちゃんだけじゃなく、母ちゃんにも狭山さんにも、バイトしすぎて留年なんて言語道断だと言われているので、これ以上バイトを増やすのは難しい。
小銭を稼ぐために成績を落として1年分の授業料を捨てるのかと問い詰められたら、どう考えてもストレートで卒業した方が節約に決まっている。
だけど、服が欲しいって姉ちゃんに頼むのは――速攻で買ってくれるのは分かっているけど――俺のプライドが許さなかった。
にしても、めちゃくちゃデザインが好みだった。
10%引きじゃなく、せめて30%引いてくれたら速攻で買うのに!!
「島村?」
名前を呼ばれて、顏が引きつった。
呼んだのが、寺西の声によく似ていたからだ。
おそるおそる振り返ると、やっぱり寺西だった。
「……島村ごめん。
島村から話聞いて、ジャズ聴くとか超かっけーって思って、なんか調子乗って真似しちゃって。
……ほんとごめん。やっぱ怒ってる?」
叱られた子供みたいな顔をして寺西が謝ってきた。
姉ちゃんと話をしてなかったら、まだ機嫌が悪かったかもしれない。
でも今はちょっと頭がすっきりしていた。
大好きなシュークリームを食べたせいもある。糖分は満タンチャージ済みだ。今の俺は寛容だ。
気にするほどのことじゃない。寺西だって謝ってくれてる。
俺は笑って寺西を肘でつついてやった。
「あんま知ったかぶりすんの、やめとけよな。
もし詳しいやつに突っ込まれたら超恥ずかしいじゃん」
俺の機嫌が良かったからか、寺西はあからさまに安心した顔を見せた。
寺西は悪いやつではないのだ。それは分かってる。
寺西が俺の見ていた服に興味を示した。
「島村、服買いに来たん? こういうの好きなん?」
「割となー。このシャツと……この色で合わせたりとか、絶対かっけーと思う」
適当に合わせてみたら普通に良かった。
なんだよ俺、スタイリストになれんじゃね?
つーか欲しい。これ着て帰りたい。
試着してそのままダッシュで逃走したい。万引きで逮捕だけど。
俺が手に取った服を見つめながら寺西がつぶやいた。
「島村っておしゃれだよなー。趣味とか服とか。これ買うん?」
買いてえよ。めちゃくちゃ買いてえよ。でも金がねえんだよ。
思わず寺西に愚痴りそうになってしまうのを、ギリギリのところでこらえる。
「無理。超欲しいけど。
セールになるまで待つしかねえ」
きっとその前に売れちまいそうだけど。
こうなったら毎日この店通って、店員さんと仲良くなって、なんとかセールに合わせて取り置きしてもらったりとか、そういう作戦でいくしかない。
「島村、俺んとこのコンビニで一緒にバイトしない? 求人ずっと出てるんだけど。
夜中に出ればすぐ買えるって。店長に話しとこうか? 俺も島村とバイト一緒なら楽しいし……」
寺西の申し出はありがたかったけど、深夜バイトは姉ちゃんが許してくれない。
「あー……、ありがたいけど駄目なんだ。
家族がバイトして成績落とすくらいなら金出すっていう家だからさー。勉強優先しろって言って、たぶん深夜は許可してくんねえ」
「じゃあ服くらい買ってもらえよ。姉ちゃんと同居してるんだろ?
家賃だって一人暮らしするより安く済んでんじゃんか」
「甘えらんねえ。なるべく金かけずにさっさと卒業してガンガン稼ぐ。好きなもん好きに買うのはそれから」
学費は狭山さんにも援助してもらっている。留年も贅沢も絶対にできないし、したくなかった。
「島村ってさー。やっぱかっけーよな」
寺西の言葉には嫌味なんかひとつもなく、すごく素直な感想のような響きがあって、だからこそなんだかくすぐったくなった。
「やめろって。急になんだよ、照れるだろ」
普通にしゃべって普通に笑えた。だからもうそれで終わりだと思ってた。
だけど、またしてもそれは起きてしまったのだ。