mean.5
急に姉ちゃんが父親の話をするから、ちょっと驚いた。
なんだか変な余韻が残って、落ち着かない気持ちになる。
実の父親は俺が小さかった時に交通事故で死んで、俺は当時のことは何も覚えていない。
正式な父ではないが、俺にとっての父は狭山さんという人になる。
狭山さんは島村家にとって、ほとんど父親的存在だったけれど、姉ちゃんが『狭山さん』と呼び続けてたから、なんとなく俺もそういうふうに呼んでいた。
『義理の父です』と人に紹介するには申し訳なくなるほどに、狭山さんは俺にとって父親過ぎるほど父親な人だと思っている。
でもまだ狭山さんを『父さん』なんて呼んだことはない。
世の中には再婚相手だとか内縁の夫とかいう男に、子供が虐待されたり殺されたりする事件もある中で、狭山さんはめちゃくちゃ普通の良い人だ。
俺の中では狭山さんと母ちゃんは完全に夫婦だと思っているし、二人のことをまとめて両親だと思っている。
事実婚なんてしないでさっさと籍を入れればいいのに。
なんで未だに入籍してないのかは、よく分からない。
俺には分からない大人の事情ってやつなんだろうけど。
部屋の中にいると気が滅入ってきたので、ちょっと外出することにした。
適当にぶらぶらして、夕食に食べる総菜でも買って帰るつもりだった。
冷やかし半分でゲーセンにも寄ってみる。
カップルがクレームゲームで盛り上がっているのを後ろから観察する。
ゆるキャラのぬいぐるみにアームがかかり、上に稼働するところまで見届けてその場を離れた。
ありゃダメだ。アームがユルユルだ。
ここのゲーセンは客に景品を取らせる気がないらしい。
早々に興味をなくし、ガチャガチャのコーナーを素通りしかけて立ち止まった。
カプセルトイのガチャガチャコーナーに、姉ちゃんが最近推している『ふぐのトック』があった。
財布を出してしゃがみ込む。なにげに高い。1ガチャ300円だ。
でも今日は姉ちゃんにシュークリームをたくさん買ってもらったので、そのお返しに俺もトックをお土産に帰ろうと思った。
ガチャで出てきたカプセルを開けてみる。フグのキャラクターが目に涙を浮かべている。俺的にはあんまりかわいいとは思えない。
カプセルに同封されている紙を開くとフグの四コマ漫画が描かれていた。
『フグのトックが片思いしていたサバ美ちゃんは、トックの親友、イカ男のことが好きだった。トックは自分の恋心を胸に秘め、二人の恋の成就を応援するのだった。頑張れトック、負けるなトック、いつかきっと君にも明るい未来が待っている!』
……なんだこりゃ。
姉ちゃん、これの何が好きなんだろう。
うちの姉ちゃんの趣味が謎すぎる説。