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俺はシュークリームのクリームを吸いながら真剣に考えてみた。
糖分をチャージしても、なかなか答えにたどりつかない。
姉ちゃんが静かな声で助け舟を出してくれる。
「そのできごとがあった瞬間に思ったこととか、心の声みたいなものを思い出して、声に出してみたら?」
できごとがあった瞬間――。
「……まるパクリしてんじゃねえよ……かな」
「なるほど。知ったかぶりではなく、まるパクリに対して怒りを感じたということね。
つまりあなたは、友人にトムが好きだということをパクられたと感じたわけね」
「だってそうだろ? あいつは2日前にその話を俺から聞いたばっかりで……!」
姉ちゃんが笑みを深めたので、俺は姉ちゃんへ会話の主導権を譲った。
姉ちゃんには、もう答えが見えてるらしい。
「あなたがトム・ハンターのピアノを聴くようになったのは、私の真似から始まったのよ、かわいい弟。
忘れもしないわ。あなたが6歳のとき、私がトムの no one can take を聴いていたときに隣に来て『ねーちゃんそのピアノ好きなん?』って尋ねてきたのよ、覚えてる?
私が好きよって答えたら『じゃあぼくもそれすきー』って……。
もう……っ! なんて愛らしいの! 今も彼の日のことを鮮明に想い起こせてしまうわ! 愛らしさは罪よ! 私の腕の中に禁固10年の刑を求刑するわ、罪な弟!」
自分の体を抱きしめながら悶える姉ちゃんに、俺は冷めた声で呼びかけた。
「おーい姉ちゃーん、かえってこーい」
姉ちゃんは時々暴走する。
以前、姉のいる友人と話をしたことがあったが、他の家庭にいる姉という存在は、こういう姉ではないらしい。
うちの姉ちゃん、普通の姉ちゃんではない説。
「ちなみに私がトムの曲を好きになったのは、亡くなった父が好きだったからよ。
つまり私は父の趣味をパクったし、あなたは私の趣味をパクったことになるの。
どう? 彼があなたをパクったのは許されないこと?」
「……じゃ……ない、と思う……」
なんだろう。言いくるめられてしまった感はあるけど。
俺が気にしすぎなんだろうか。
ちょうどそのとき姉ちゃんのスマホが鳴った。
「残念だけど時間ね。信嗣と出かけてくるわ」
信嗣というのは姉ちゃんの彼氏だ。
姉ちゃんと同じ大学の卒業生で、姉ちゃんは大学院に進学、信嗣さんは社会人1年目、二人は同い年だ。
俺が知った時点では、つきあって結構経ってる感があった。たぶん入学してすぐにつきあい始めたのかもしれない。
「ん、いってらっしゃい。ごゆっくりー。
二人でどこかでおいしいの食べてきなよ」
俺は気を利かせてそう言ったのだが、姉ちゃんはとてもショックを受けたような顔で言い返してきた。
「あなたと一緒に今日の夕食を食べてはいけないって言うの? なんて残酷な弟……!」
「そんなんじゃないって。信嗣さんがかわいそうだろ。
ちゃんとデートしてきなって。姉ちゃんはいつも早く帰って来すぎ」
「仕方ないわね。あなたがそういうならそうするわ……姉の彼氏思いの優しい弟……」
姉ちゃんはこれから彼氏とデートのはずなのに、さみしそうに肩を落として出かけていった。
うちの姉ちゃんは普通の家庭にいる姉ちゃんでもないようだが、普通の彼氏がいる女性とも違うような気がする。
うちの姉ちゃん、謎すぎる説。