mean.2
玄関の鍵を開けて入ると、姉ちゃんの靴があった。
今日は姉ちゃんのほうが先に帰っていたらしい。
「あれ、姉ちゃん? 帰ってたの?」
声をかけると、部屋から姉ちゃんが出てきた。
眠いんだか酔ってんだか素面なんだか分からない、気だるい微笑みを浮かべる。
まあ、なんてことはない、いつもの姉ちゃんだ。
「おかえりなさい私のかわいい弟。
冷蔵庫にシュークリームがあるわよ、食べなさい私のかわいい弟」
――シュークリーム!? マジかー!
俺の嫌な気分が消失した。
「マジかー! 超嬉しい! 食う食う。姉ちゃんも一緒に食おうよ、紅茶でいい?」
「……なにかあったのね、もちろん聞くわ。あなたは私の大切な弟ですもの」
…………うん。
たしかにそのとおりなんだけどさ。
たしかに俺の頭の中でのプランは、シュークリームを食べながら今日あった出来事を姉ちゃんに報告する流れだったよ。
だけどさ、俺の言動のどういうところからそういうのを察知するわけ?
人間総合科学を研究するとみんなそういうことできちゃうわけ?
やばすぎるぜ心理学のスペシャリスト。うちの姉ちゃんがエスパーな説……。
「姉ちゃん、突然知ったかぶりをかますやつの心理って、どういうの?」
俺は単刀直入に本題を話した。
「知ったかぶり? もう少し要点を教えてくれる?
ああ、ちなみにシュークリームはあなたから向かって右側から、カスタード、ダブルクリーム、生クリーム、イチゴクリーム、チョコクリームに並んでいるわ」
マジかー! 選択肢多すぎ! 幸せすぎる!
俺が目移りしていると、姉ちゃんが楽しそうに笑った。
「大丈夫よ安心しなさい私のかわいい弟。みんなあなたが食べていいのよ?」
「それはダメだよ姉ちゃん、ちゃんと公平に分けよう」
「なんて優しいの。やはりあなたは私の最高に究極の弟だわ。
ならあなたが最初に選ばないであろうイチゴをもらうわね」
姉ちゃんは箱に手を突っ込むと、イチゴシューをわしづかんでいった。
よし、じゃあ俺はダブルシューだ!
ひとかじりして、口の中で生クリームの爽やかな甘みと、カスタードクリームの濃厚なタマゴ感を存分に味わう。心と体に優しい甘さが行き渡るのを感じる。
この瞬間、俺は悟った。
そうか、俺に欠けているもの、それは糖分だったのか――と。
シュークリームのおいしさがささくれた心を柔らかく包み込む。熱い紅茶が体の緊張を温めてほぐしてくれる。
甘いもの。それは心にとって最高の薬である。――by島村史佳(俺)
あまりのおいしさに、名言が生まれてしまった。