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恋する惑星  作者: 夏川慧
15/18

14章 フライングトゥザムーン

47


 フナバシで「運命の女の子」をゲットすれば、こっちのものだ――。

 パーティは浅はかな自信にとらわれた。人間の歴史ってそんなのが、たまに大成功して何かを生み出した。だけど、そんなに甘くなかった。

 これはキボウの歴史のなかでも最大級の失敗になった。

 彼らは愚かにも乱痴気騒ぎをおっぱじめた。300人収容の巨大バスをチャーターし、車内はダンスホールに改造した。ウェイヴがDJをした。パキパキのエレクトロが重低音を響かせた。長い間のストレスのたまる解析作業から解放され、酒や例の薬バンキットで舞い上がった鹿の複製たちが、踊り狂う。セカイが踊り狂う。思考もやっぱり踊り狂う。

 ここぞとばかりに、バスに妙な連中が紛れ込んだ。ローラースケートとホットパンツ、ぴちぴちのノースリーブをきた笑顔を絶やさない金髪女が数十人が、フロアでメロンを配っていた。テニスラケットとテニスウェアに身を包んだ黒髪のタイ女とか、メキシコの民族衣装に身を包んでコサックダンスを踊ってハイホーって叫ぶトルコ女とかもたくさんいた。カリブ海生まれで底抜けに明るいアフロヘアのジミー、サイケデリックなサテンシャツを着て甘い言葉を連発するキム、渋谷と六本木が好みのラッパーの中目黒くんも混ざっていた。ダンスフロアの中心ではジョン・トラボルタのそっくりさんが、シリアスながらださいハードなダンスを踊って、衆目を集めていた。

 こいつらは悪事の手引きをしていた。でも、そのときの勝ちムードは半端なく誰もそんなことを考えなかった。バスは高速道路を進んだが、途中からなにやら変なことになっていく。道路はデコボコになり、灯りひとつなく、まっくらになる。ミラーボールとフロントライトだけが世界を照らすものになった。

 夜は全然開けなかった。いつの間にかパーティピープルの姿が消えていた。バスは走り続けていたのにもかかわらず。


48


 辿り着いたのはフナバシじゃなかった。シムシティのような街だった。人は同じところを行ったり来たりしていて、話しかけると毎回同じ台詞を話した。

 淑女のセリフが印象的だ。「ふうう、このマルチーズって好奇心旺盛なんだから。なんでもかんでも知りたがって、こっちがくたびれちゃうわ。ちょっとうんざりって感じ。ゴールデンレトリバーに買い替えようかしら。買い主に忠実だって言うし。ムダなことはいっさい質問しないらしいからね。わたしがほしかったものはそういうものよね〜」。

 彼女はなんど話しかけても同じ事を言った。

「これはわれわれの想定したフナバシじゃない。ニセモノだ。かなり危ない兆候がある。早く逃げ出さないとやばいぜえ」と鹿は頭を抱えた。一行は途方に暮れた。

 そのとき、路上に不自然に置かれた電話が泣き叫びました。

 ウェイヴはとった。

「やあ、ウェイヴ、どうだい、調子は。ヤクルトスワローズはどうだい?きいたところでは、4連勝してから7連敗したとか聞いたよ。本当になさけない、くそ野郎どもだよ。『おい、巨人、おい広島、おい中日、そこはおれのみちだ。たちふさがるな。どけよ、このやろう!』。こういう気概たりねえんだ。ほかを押しのけて、自分の場所を確保する。ときにそういう態度が必要だ。いつでもナイスガイでいられるわけじゃあねえぜ。このサンピンが、クソ、クソ、クソのクソッタレ! どん、どん、どすん、どばん、どぼん!」

 電話の向こうでどかんという爆発音が聞こえた。

 ガチャ、ツーツー。

 その7秒後。また電話が鳴った。

「ふう、取り乱して悪かった。愛するがあまり憎しみのような感情も芽生えてしまう、そういうものさ、人生ってのは。本当こればっかりはなあ、どうしようもないんだ。しょうがないよ。

 なあに、ウェイヴ、なんだって、ヤクルトは昨日は連敗をとめたのか。よかった。高津はどうだった? きっちり三者凡退でしめたって。さすがシンゴ、最高のなかの最高だよ。やるときはやる男だ。アメリカのリーグにはいってほしくないな。

 さて、それはさておき。ウェイヴお前は大変なところに迷い込んだ、と友人のスナイデルから聞いたよ。スナイデルとはよく助け合うんだが、彼のその空間の評価は倒産したアダルトビデオ制作会社みたいなもんだ。お父さんも心臓が口から出てきそうなほど驚いたよ。

 もちろん、わたしには知識がある。そこはかなりのところだってのはよく知っている

 そこは魔空空間っていうんだ。

 さっき、高次の場所っていう小難しいのがでてきたじゃん。それのゼツボウ版が魔空空間。ヤツらはそこでは力が3倍に高まるし、いろんなことをやりたい放題なんだ」

「ここはかなりヤバいっていことだ。早く抜け出せ、ってことだね」

「ゼツボウはおまえたちをぶっ殺したくて仕方ないのさ。だから、一緒に闘ってくれる、おまえの仲間はとっても大事だ。仲間とは何か。窮地に陥った時も裏切らないヤツのことだ。普通の時はいい顔をしても、おまえがあぶなくなったら逃げ出してしまうヤツがたくさんいるんだ。いやになるよ、まったく」

 彼はふううとため息をついた。それはとても重たく、疲れを帯びていた。

「まあ、わたしのいいたいことはだなあ、ウェイヴ、お前はまちがっていない。おまえは自分を信じて全力を尽くせばいいんだよ」

「母さんからもそういわれたよ、父さん」

「そうだろう。そうだろう。わたしの妻はいつでも正しいんだ。どこに夕食を食べにいくか。3本立ての映画のどれを観るべきで、どれを観ないべきか、適切に判断できる。

 それでだよ。ウェイヴ。きみはいま、とても大事なところに差し掛かろうとしているんだ。ちょっとした勝負所だな。高津臣吾だったら、三者凡退でしとめるところだよ。だから、全身全霊でことにあたるんだ。ちょっとでも温存しようなんてかんがえちゃだめだ。すべてをだしきるんだ」

「分かったよ、父さん」

「きょうは素直だな、ウェイヴ。お前がこの短い間に、大人になったことがようく分かったよ。良かった。じゃあがんばれよ。なにせ、地球の危機だからな」

 ガチャ、ツーツー。


49


 街は迷宮のようだった。パーティは群れからはぐれた羊のようだった。オオカミが彼を食べようと狙っている。彼らは逃れて逃れて、街路を進んだ。街は際限なく続いていた。どこまで行っても似たような風景があるのだ。

 エディットが特殊技能「探索」を使った。

 探索の結果、賭場ダンジョンに脱出の糸口があると知れた。それは何の変哲もない区域の誰も知らない一角にあった。放棄されたバラック小屋。地下への階段が伸びた。地下一階フロアはたくさんの不良でいっぱい。さまざまなギャンブルが催され、七色の叫び声が飛び交った。

 象の道化師が待っていた。表情はものすごくゆがんでいる。

 彼は長いこと待たされていたのだ。

「おい、おせえよ、おまえら、くそったれが!」

 彼の声は酒焼けしていた。

 彼はやけくそで台本をとりだした。ダンジョンの説明が始まった。

 「ようこそ。これから皆様を賭場ダンジョンにご案内致します。ここではワンフロアに一人、博徒がいて、そいつを倒すとひとつ階をおりられるシステムになっています。それが地下百階まで続くんですが、だんだん、敵のレベルが上がっていきます。そして、地下百階は伝説の博徒のすみかですね。楽しみにしていただけるとうれしいです」

 パーティはギャンブルの天才の集まり。アープの野生の嗅覚とエディットの統計的アプローチが互いに補い合い、絶妙なバランスだ。あっという間に海千山千の輩を成敗した。

 百階では最強の博打打ちが待ち受けた。健である。正確には「最強の博打打ちだった健」。彼はすべてのギャンブルで成功を収め、「最終戦争」の香港の競馬場で十億香港ドル稼いで、ギャンブルを引退した。華々しいキャリアである。

 彼がその後人類史上最大の賭博場、グローバル金融市場に彼は足を踏み込んで、投資家っていう肩書きに変わった。彼は誰も知らないヘッジファンド「ニンジャ」をこっそりと立ち上げた。ニンジャは世界経済の荒波の中の浮沈艦だった。連戦連勝の負け知らずだといわれていて、ニンジャの影を感じると皆が皆、その動きをなぞった。 

 実は健が人類で一番リッチだった可能性がある。

 彼はウォーレン・バフェットやジョージ・ソロス、ビル・ゲイツ、ジョン・ポールソンなんかよりも全然カネを持っているなんてうわさがある。アメリカの国家予算よりも大きなカネを融通できるとまことしやかに語られた。

 でも、彼の実績は深い謎のベールに包まれている。彼は自分がやったことをひけらかそうとしなかった。彼に何を尋ねても話はオランダのキックボクシングやサイエンスフィクションにそれていくと言われた。しかも、健はスラムの中の謎の施設にこもって、カネを使う様子が一向になかった。「そもそもカネに興味がない」という噂だ。

 ブルームバーグの専用端末、たくさんのモニター、007の秘密基地で働いていそうな助手たちが所狭しと並んでいて、その間をアディダスのジャージのおっさんがぶらつきながら、何をするでもなく、ゆうゆうと時間をつぶしていた。孫の手で背中をかいたり、世間話を例えながらうどん屋の出前をとったりしていた。ただそのおっさんの『重要な仕事をしている』感は半端ないので、誰も彼のエレガントな所作をとがめることはできなかった。

 健はパーティに自分の考えを話した

「おれは、おまえたちを待っている長い間、カネをがちゃがちゃやり取りするゲームにはまってきた。いろんなヤツをかもにして、ぼったくって、むしりとってぼろもうけだ。それで最後にいきついたのが、『カネって決して一番大切なものではない』ていう、皮肉なケツロンなんだなあ。いやになっちゃうよ、でも、もう大丈夫、ぼくは前を向いたからね。

 カネなんてのは今の時代ビデオゲーム内の数値的な通貨って感じにすぎないぜ。ファイナルファンタジーならギル、ドラクエならゴールド、本当そんな感じの実態のなさなのだよなあ。

 カネはとても便利で、世の中の発展に役だってきたのはわかる。カネと資本主義はまあまあ有効な手段だけれど、システムには”取り巻き”がいて、イカサマをしているかもしれない。彼らはシステムのあり方をゆがめていて、ビンボーなヤツらからぼったくっているんだ。おれはそういう仕組みをうまく生かして成功したけどね。

 でも、おれはつまんねーなあーって思うんだ。この世にあるいろんな要素をうまくいかせば、もっと面白くやっていけるはずなんだけど、特にエラい連中がね〜既得権益者になってしまって、邪魔しているんだ。かぁ〜つまんねーよなー。

 ただ、ただだよ、二〇〇七、二〇〇八年の金融危機らへんから、風向きが変わってきている。あそこが歴史の流れの変わり目だとおれは考えているよ。おれは新しい方向に漕ぎ出していって違う風景を眺めてみたい。

 だから、キボウのみなさん、あなた方をおれは応援しているし、ライバルだとも思っている。このトレーディングルームともお別れだ。ブルームバーグを捨てて街に出ることにするよ。おれの新しい手段は銀行とクレジットカードカイシャにかわる新しい決済をつくってオープンにすることだね。何事も独占がよくないんだ。独占するとすぐさま腐臭が漂ってくるからね。カネの本当の機能を引き出して、金貸しどもを地獄の底に突き落とすのさ」


50


 だけど、と健は言った。

「今回は金持ち連中と組んでほしい。連中はゼツボウに絶望しているんだ。彼らのカネはどんどん削られているんだ。ゼツボウは金持ちは敵、キボウの敵でもある。だから金持ちとキボウは手を結ぶのがいいんだ」

「権力者と組むなんて、ぞっとするけどね」

「まあまあ、理想と現実は全然ちがうんだよ」

 健はモニターをちらっとみた。

「そらきたぞ」

 ブレーキングニュース。

 エレガントなスーツをまとった白人が宣言した。有名な億万長者。彼は自分が所属する集まりを、グローバル・キャピタリズム・リバタリアン(GCL=グローバル自由資本主義)と自称した。おっさんは「国家を越えたキャピタリズムが規制されるべきではなく、自由が保証されるべきだ」と訴えた。

 抑圧された口調。摩天楼の最上階のVIPルーム。堂々たる立ち振る舞い。

「われわれは世界中に遍在していて、あわせれば世界の通貨の三十分の一を握っている。あらゆるものの取引において、隠然たる権力を持っている。

 われわれはグローバル資本主義を熱烈に支持するものである。グローバル資本主義のおかげで世界の富は素晴らしい勢いで増幅しており、社会が発展しているのだ。そしてさまざまな資本移動の自由をわれわれに与え、われわれは国家にしばられない活動をモノにしつつある。

 おまけにわれわれは、不効率な国家などというものを持っていないから、国民を保護しなくてよいし、警察力も防衛力もいらないんだ

 われわれのコミュニティは分散型ネットワーク構造の組織だ。いずれの国にも登記されておらず、物理的な実態を持たない。インターネット上の概念としてしか存在しない、あらゆる社会の制約から完全に自由なバーチャルコミュニティである」

 彼らはまったくゼツボウと相容れなかった。ゼツボウは他人を服従させたくてしょうがないヤツらだから。

 電話がりんとなった。

 ウェイヴはとった。電話の向こうのグローバル資本主義者は同盟を提案した。

「わかりました、そういうことでやりましょう」

 ウェイヴはいった。


51


 電話が終わると、ウェイヴの回線がビートとつながった。ビートがとても苦々しい気持ちでいるのが、ウェイヴには丸わかりだ。

「おい、ビート久しぶりだな」

「なに???おまえウェイヴか!」

「そうだよ、あいにく」

「おまえは津波に飲まれて死んだはずだ」

「おれは二回くらいは死ねるんだ」

「くそったれ!」

 ビートは絶叫した。

「ふっふっふ。着々と世界征服ごっこが進んでいるみたいじゃないか」

「ウェイヴ、てめえ、あれはお前の策略か!」

「ちがわい、ヤツらの勝手だろ、グローバルなんちゃらさんの」

「ちっきしょー、憂鬱ってのはこういうことだな。想定が裏切られて、自分をコントロールできそうにない」

 ビートの声はわなわなと震えた。

「ふうん、どんな想定をしていたんだ?」

「良識委員会を支配すれば、人間社会を支配するなんてカンタンだと思っていた。だけど、どーも違うみたいじゃないか。支配からこぼれ落ちるヤツらが出てくるな。ひとつ、がおまえらキボウだし、ひとつがグローバルなんちゃらのやつらだな。グローバルなんちゃらはおれらにはどうしようもできないネットワークを築いていやがった。頭が痛いぜ、くそったれ」

「せいぜい世界征服でも頑張ることだ」

 回線は切られた。


52


 ビートは腹が立ったので、反撃することにした。

 彼の頭に一人の人物のことが浮かんだ。そいつは最近みつけたいけ好かないヤツだ。


 ビートは最近覚えた瞬間移動をした。ビートはある魔空空間に現れました。ゼツボウが共有するのとは、別の方法で生み出されている。簡素な木の机がありまして、椅子があった。夏川彗が座って、紙に物語を書きつけていた。彼はこの文章の作者なのだ。

「おい、夏川、やってくれたな」

 ビートは語った。

「まさか、魔空空間を作りだしているとはねえ、ムカツク野郎だ」

 夏川はちょっと疲れ気味の目をこすった。顔は歳の割に若く、詐欺師にねらいたくなるちょろさを表現している。彼はわらった。

「へっへっへ。魔空空間はおまえらの専売特許じゃあないだろ。おれだっておれなりの方法をみつけたんだ。おれにしかできない方法でね。へっへっへ」

 ビートはかっとなって「比喩的なカタナ」を取り出しました。

「てめえには悪いがいなくなってもらおう」

 夏川は腹を抱えて爆笑した。

「うわっはっは。暴力がお好きで。へっへっへ。おれがいなくなっても、拡散した情報はなくならないぜ、ふん。アノニマスな集合が物語をひとりでに進めていくだろうよ。もうおれの役割はおわったんだ」

「うるせえ、この野郎!」

 ビートはカタナで夏川彗の首を切り落とした。

 二つになった体から、血は一滴もこぼれなかった。


53

 

 すると世界が崩壊した。魔空空間がどんどんだめになった。殺風景なごつごつした土の広がりがどこまでも続いていき、その上には真っ黒な布地にきらきらと光るかけらがまぶしてある。

 彼らが実は月の裏側にいることを初めて知った瞬間だ。

「おれたちはいつから、月の裏側にいたんだ?」とウェイヴ。

「いつからだろうか……」とエディットは頭を抱えた。「これが魔空空間の正体かな。なんて大掛かりなワザを仕掛けてくるやつらなんだ」

 複製鹿の姿が見えなかった。彼らは魔空空間に取り残された。

 パーティの頭上に宇宙船がやってきた。それは本当のフナバシからの迎えだった。帰り際に窓から見えた地球は「やはり青かった」。彼らは口々にそういった。


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