鹿屋へ
鹿屋に到着したのはそれから一週間後の事であった。司令官の江川大助海将補に簡単な挨拶を済ませた雅人は、部屋で荷物の整理をしていた。
すると、新任幹部のレクを担当していた広報官の井佐志帆3等海尉が雅人の前に現れた。彼女は美人だったが、レクは退屈だった。みっちり二時間。特に留意する事もなく、レクは終わったが、井佐三尉は雅人が海上自衛隊屈指の凄腕パイロットである事を知ると、態度が180度変わった。雅人の過去に関心を持った井佐三尉は、根掘り歯掘り雅人に質問攻めした。雅人も自分が辿ってきた道を他人に語るのは初めてだったが、不思議と悪い気はしなかった。
そのお返しに井佐三尉は、鹿屋基地のP-3C部隊を案内してくれた。この日は悪天候で、任務に出ている部隊は少なく、部隊の幹部自衛官数人と挨拶する事が出来た。雅人の経験からすると、こう言うコミュニケーションで、第一印象を良くしておくと、その後の仕事がやり易くなると言う事は重々承知していた。だからこのファーストアプローチは、雅人が鹿屋で上手く立ち回る為には必要不可欠であった。
鹿屋基地にはP-3Cは5機運用されている。初飛行から導入されて50年以上経つP-3Cは、後継機のPX-1に置き換わりが進み、オライオン(P-3C)は絶滅危惧機種となりかけていた。
当然オライオンの機長になるものと信じて疑わなかったが、雅人はこの鹿屋基地で何をしなくてはならないのか全く分かっていなかった。普通、辞令が出れば、その段階でおおよその仕事内容と言うものは分かるものだが、雅人の場合は鹿屋に行けと、言われただけであった。オライオンに乗れないなら、せいぜいヘリパイか、陸上での事務業務位しか出来ない。PX-1に乗らせてもらえるなら、それはそれでありがたい。
百戦錬磨の雅人でさえ、不安であった。畑違いの任務は出来ればしたくはなかった。とは言え、自衛官たる者、海幕の命令には逆らえない。余計な事ばかりが頭をよぎるが、最も3等海佐と言う自分の階級を考えれば、オライオンの機長以上に責任のある任務につかされる可能性も無くはなかった。




