主権侵害
雅人はそれら全ての盲点を報告に、津軽沢海将補の元へ向かった。
「君が私の元へ戻って来たと言う事は、どうやら不審船事案について何か結果が出たのか?」
「誠に申し上げにくいのですが、現状の監視体制では充分な成果が上げられません。」
「やはりそうか。まぁ、これは想定内だ。」
「我々が力を発揮できるのは、あくまで相手が実力行使をしてきた時だけです。」
「そうだな。法律や憲法は変えられない。だがもう少しやり方はあるかもな。」
「と、申しますと?」
「近く防衛省から沙汰があるようだ。」
「そうした違法操業の不審船に攻撃を加えて排除出来る法案が国会で決議される。」
「本当ですか?しかし、それはまた大胆な事をするものですね?」
「中国海軍相手に一旗あげてる君ならどうと言う事はないだろう?」
「とは言え、危険な任務には変わりありません。部下もいますし…。」
「君達がやらなくて、誰がやるんだ?自衛隊もそれくらいの事は出来る。」
「実際、状況としては中国と、一戦を交えた状況と酷似しています。」
「相手はルール破りの無法者だ。気に病む事は何も無い。」
「そうですよね。米国西海岸で日本の船が違法操業していたら、沿岸警備隊や米国海軍が取り締まりますもんね。」
「それと、同じ事だ。日本人が弱腰なだけさ。」
「で、その作戦はいつ実施されるのでしょうか?」
「詳しい話は防衛省の話を聞いてからだ。」
「また、一戦交えますか…。嫌ですね。」
「腐ってもロシア海軍だからな。確かに油断は出来ない。」
「現場の部隊も随分と歯がゆい思いをしてますからね。」
「だとしたら、尚更手に力が入るな。」
「隊員達が知ったら燃え上がりますよ。ですがただ…。」
「ただ?」
「ロシア海軍の本格参戦の未来を想像すると、状況としては恐ろしいです。」
「ま、こっちには泣く子も黙る米国海軍が味方にいるし、心配するな。何とかなる。」
「君達は、命令を黙ってこなせば良いんだ。」
「分かりました。隊員には24時間体制で直ぐ出れる様にしておきます。」
「他に増援も送る。頼んだぞ。」
「それが規定路線なんですね。了解しました。」
「なるようにしかならない。それ以上の事は今は言えん。」
「そうですよね。これ以上の沈黙は無意味ですしね。」
これ以上の沈黙は、ロシアの主権侵害を許すだけである。そう進言された防衛省長官の判断で、いよいよロシアとの実戦が現実味を帯びて来た。




