現実逃避していいですよね
がんばれ八千草
携帯電話で先輩に連絡する。
『ふわぁぁぁあ。八千草か……。わりぃ眠い』
「眠いじゃなくて、先輩。この封筒なんですか。まさか冗談でここまでやるとは思いませんでしたけど」
わあわあ騒いでいる弟妹達のいない静かな場所を選んで電話をしたのだが、比較的静かな場所であって、声はしっかり聞こえている。
『ああ……届いたか。いやな、優良物件は逃がしたらまずいからな。という事で電車代は払うからさ。話しを聞きに来いよ。ああ、書類をしっかり持って来いよ』
寝ぼけているのか声に覇気がない。まさか本当にやばい詐欺に引っ掛かって働かされているのではと心配になる。
「………………よし」
迷った。
だが、もしかしたら先輩が困っているのなら助けに行かないといけないと思って決めた。
お人よしだと言われてもおかしくないが……。
そんなこんなで住所の場所に向かったのだが。
ぽつん
そこには三階建てのビル。
入り口には外務省UWと書かれた看板がある。
「霞が関にこんな場所あったのか………」
霞が関のイメージというのは政治家とか官僚がいる場所で高層ビルとかあって、こんな低いビルがあるとは思わなかった。
「それにしてもUWって何……?」
外務所と名乗っているけどやはり詐欺だろうか。
「う~ん……」
周りは木々に覆われていて中の様子が見えない。
かろうじて庭には鳥居が置かれているのが見えて……ますます怪しい詐欺に、しかも宗教系に引っ掛かったのではないかと心配になる。
「……………入っていいのかな」
不安だ。すっごく。
どうすればいいのかと思っていたら。
「入ったら?」
「うわっ!?」
後ろから声を掛けられる。驚いたので大きな声を上げてしまう。
そこには一人の女子高生。
茶色の髪に緑色の目をしている中性的な顔立ちの髪を一つに束ねている子だった。
「桃香と同じくらいかな……」
「新しい職員だよね。書類を持っているところからすると」
にこっ
笑うと可愛らしい印象が出る。
「ほら。入った。入った」
背中を押されてビルの中に入れられる。
がらん
ビルは静かだった。
ロビーの壁には大きな絵が飾られている。
(何だろうこれ………たわわに実った果実?)
それにしては見た事ない果実だけど。
真っ暗で、非常灯の光だけが灯されている。
わずかに音がするから誰かがいるのは分かるが………。
「一階は仮眠室とかカウンセリング室があるから。お兄さんには関係ない場所だよ。事務所は二階」
案内するから付いてきて。
「は…はぁ~」
本当に付いて行っていいのかと不安になるが会談が近付くと上から声が聞こえる。
「はぁ~!? だから、我が国の住民を勇者だと言って勝手に召喚しないでください!! 拉致誘拐ですっ!!」
二階のドアを開けようとドアノブに手を伸ばしたらそんな叫び声が届いた。
「…………入らないと駄目なのか?」
「話を聞きに来たんでしょう?」
さあ、入って。
有無を言わせないとばかりに促される。
強制的に入れられるとそこはカオスだった。
「だからさっさと帰してください!! ご家族が心配しているんですからっ!!」
今時黒電話でわめいている男の人。
ぐーぐーぐー
アイマスクを着けて、机に伏して眠っている人。
「こちらの書類にきちんと目を通してください。意味が分からないものがありますか?」
「あの……この住民票とかはいったい……」
ソファーで話をしている人の後ろ姿が見えるが、その片方が耳がとがっている気がする。
「おっ。きたきた」
奥の机で書類の山に埋まるような形で先輩が手招きをする。
「わりいな。わざわざ来てもら……」
言葉が途切れる。
先輩の視線の先には一緒に入ってきた女子高生……。
「地君!! 何故、わざわざ!?」
大声。
ばちっ
眠っていた人で一瞬で起きる。
ソファーで話をしていた二人は立ち上がる。
黒電話を掛けていた人は勢い余って電話を切ってしまう。
「来ちゃだめだった?」
「い、いえッ!? そんな事はありませんがっ!!」
直立不動。
カチコチと声を上げる先輩を今まで見た事ないもので。
「本日は空姫さまと海方さまは……」
「菜々美は幼稚園。海は後から来るよ」
先に来たんだ。
笑って告げると周りがほっと安堵したように胸を撫で下ろしている。
「――で、この人が新しいスタッフだよね?」
書類持っていたし、案内したけど。
「はッ、はい!!」
ちくん? と呼ばれた少女が確認するとこくこくと頷く先輩。
「新しい人が来るのなら一階で待っておかないと。入っていいのか不安になっていたよ」
「申し訳ありません!!」
90度で頭を下げる。その際頭が書類にぶつかるが見なかった事にしておこう。
「知らないところに急に来いと言われても入っていいのか不安だったよね。ごめんね」
怖かったでしょう。
「え、ええ。まあ……」
まるで責任者のようにお詫びをする少女を見てどう反応すればいいのかと困惑していると。
「で、水郷はいないの?」
「――こちらにいますよ」
かちゃっ
奥にあった扉から出てくるのはオーダーメイトだと思われるスーツを身にまとった青年。
「……………」
俺のリクルートスーツ三着で〇万とは大違いだ。
「土屋さま。わざわざの起こしくださって」
「丁寧な口調はいらないから。新人にあいさつに来ただけだし」
にこり
微笑む。
「うん。合格かな」
何が合格?
「この部署の説明はした?」
「それは今からです。そうだ土屋さま」
水郷は微笑んで。
「”百聞は一見に聞かず”です。そっちの姿もいいですが、ここに入るに違和感のない恰好をしてください」
「またか……」
水郷のどこか面白がるような声は気のせいだろうか。
それと同時に先輩が疲れた顔で水郷を見る目は。気のせいか先輩のがんばれと心の声が聞こえた気がする。
いや、気のせいではなかった。
「――分かったわ。これでいい?」
一瞬だった。
明らかな女子高生だったはずの少女が20代のスーツの女性の姿に変化していた。
いや、疲れていたので女子高生だと思い込んでいただけかもしれない。
「あらら」
現実逃避をしている俺に向かって覗き込んでくる彼女に。
「どうやら女性相手では緊張してしまうようですね」
「またかよ………」
げっそりするような声が漏れる。
「そうなの。――じゃあ、この姿の方がいいだろうね」
女性だったはずなのに今度は男性の姿に変化していた。
………………気のせいではないだろう。
(女の子が大人になって、男の人になった……嘘だよな……)
あまりの衝撃に意識を失ったのは仕方ないだろう。
とりあえず、先輩を殴ると心に決めた。
誰もが通る道