私に世界は救えません 〜異世界編〜
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私の願い、こういうことじゃなかったんだけどなぁ……。
右も左も不思議な景色が広がっていて、戸惑いが止まらない。
ここはやっぱり、異世界、なんだろうな。
甲板にいたはずなのに、『願いを叶える奇跡の虹』が出ているときにうっかり『違う世界があるなら見てみたい』なんて言ってしまったものだから、異世界に飛ばされちゃったみたい。
だって、ここは私のいた世界とは何もかもが違う。
馬がないのにひとりでに走る荷台たちも、宙に張り巡らされたたくさんの黒い紐も、この『がっこう』というお城みたいな場所も知らないし、聞いたことすらないから。
「なぁなぁ、リディア。本当にキャプテンと付き合うことにしたの?」
『ぐらうんど』という砂の広場で、見た目は完全にバドくんな男の子が聞いてくる。
不思議なことに、こっちの世界のバドくんはいつもの服じゃなくて、パジャマみたいな動きやすそうな装飾のない服を着ている。
ううん、バドくんだけじゃない。
私もファルも、ケヴィンさんも、レヴィくんも皆だ。
「おーい、リディアってばー」
バドくんの心配そうな声に慌てて顔を上げて、無言のままうなずいた。
「マジかー! ここ最近で一番のビッグニュース! どっちがどうやって告白したんスか!?」
うわわ、ど、どうしよう。
冷たい汗がたらりと垂れていくのが自分でもわかる。
本当は付き合っているわけじゃないから、経緯なんて話せないんだよね。
今朝、こっちの世界のカーティス大神皇にばったり会っちゃって、急に誘われたのがなんだか怖くて。
『ファルと付き合ってるからダメ』って嘘ついちゃったのが、皆に広まっちゃったんだもの。
「リディア、無理に答える必要はない」
ケヴィンさんはおろおろしている私を気遣ってくれたけど、周りのメンバーたちは気になって仕方ないといった様子で。
「あの、ええと……」
やがて、上手く言葉を返せない私にしびれをきらしたのか、隣に立つファルがぐいっと肩を抱き寄せてきて口を開いた。
「経緯なんざ人にいう必要ねェだろうが。これ以上は放っといてくれ」
どくんと鼓動がはねて、反射のようにファルを見上げた。
不思議なことに、いつも以上にファルがキラキラ輝いて見えて、なんだか自分の心臓さえもおかしい。
うるさいほどに胸が高鳴って苦しくて、きゅっと甘く切ない気持ちでいっぱいになってしまう。
なんだろう、これ。
ファルの横顔を見つめると、困惑というか呆れというか、不思議な顔をしていた。
だけど、それも当然のこと。
ファルも一緒にここに飛ばされちゃって、『りくじょうぶ』というところのキャプテンにされちゃったんだから。
ファルの行動にメンバーたちは一気にわきたって、「陸上ひとすじだったキャプテンがどうして急に!?」とか、「いつか、くっつくと思ってた!」とか騒がしくなって。
少し遠くの方では、女の子たちががっくりと肩を落としていたり、「あんな地味な子の何がいいの?」とか睨みつけてきていたりしている。
あまりの盛り上がりように圧倒されてしまって、まるで別世界の出来事みたいだ。
あ、でも、そっか。実際に別世界の出来事なんだよね、これ……
「へぇ。あのキャプテンが恋人を、ねぇ」
突然、甘く柔らかいカルロさんの声が聞こえてきて振り返る。
カルロさんも皆と同じような服を着て、こちらに歩いてきていた。
しかも周りには、はしゃぐ女の子たちを大量に引き連れて。
「カルロコーチ! おはようございます!」
メンバーたちの挨拶から考えると、どうやらカルロさんは『ぶいん』じゃなくて、コーチみたいだ。
「ええ。おはようございます。頑固なキャプテンが心変わりなんて珍しいですね。しかも、今日はいつにも増してすごみがあるというか。どこか別人みたいに見えますよ?」
「余計な詮索はしなくていい」
穏やかな笑みを浮かべるカルロさんに、ファルは突っぱねるように返していて、カルロさんもそれ以上詮索することはなかった。
本当にここはどこなんだろう?
こっちの世界にも私とファルがいて、入れ替わっちゃったのかな……?
奇跡の虹の効果は永遠じゃない。
だからいつかは帰れるんだろうけど、それまでの間どうしたらいいんだろう。
そんなふうに考えていると、今度は豪快な笑い声が聞こえてきた。
「おうおう、朝から騒がしいな!」
もっさりとしたひげがトレードマークなあの人は、ライリー団長だ。
フライハイトのメンバーは全員、この『りくじょうぶ』の関係者みたい。
「ライリー先生、今日のグラウンド使用許可ですが……」
レヴィくんが、紙を片手に団長に駆け寄っていく。
そして、すぐに自分の鼻をつまんだ。
「うっ、また酒臭いですよ! ライリー先生、まさかこの水筒……ほらやっぱり! 隠れて呑むの、やめてくださいよ!」
水筒の中身はお酒だったらしく、レヴィくんは『ぐらうんど』の端にドバドバとお酒を捨ててブツブツ文句を呟いていて。
場所は違うけれど、皆とのやりとりは船での日常とほとんど同じ。
ファルと顔を見合わせて、苦笑いをした。
❆―――❆―――❆―――❆
「よし、皆揃ってるな。インターハイまであと少し、気合入れて練習していけよ」
ライリー先生が、にっと笑って言う。
うっかりいつものように「アイ・サー」と言ってしまいそうになって、慌てて口を閉じた。
今度はカルロさんが、紙をペラペラとめくりながら話し始める。
「ブレイズフロル高校は、女子ハードル走のコーネリアさんが飛び抜けてますが、男子はあまりぱっとしません」
「ただ、あそこの顧問はマティアス。やり手だし、油断はできねぇな」
ライリー先生の言葉にカルロさんは、こくりと頷き再び口を開く。
「一番の難敵は、聖ネラ大付属高校。中距離走のルイス、そして、高跳びのカーティス。この二人にはいつも上をいかれてしまう」
チッ、と小さな舌打ちが聞こえて隣を見ると、ファルが不機嫌そうな顔をしている。
こんなところに来てまで、大神皇の名前を聞きたくはなかったのかもしれない。
「でも、今回はキャプテン調子いいし、絶対カーティスに勝てるッスよ! いつもファンクラブ引き連れてるあのいけすかねーヤツの鼻あかしてやりましょ!」
バドくんがにししと明るく笑うと、皆もそうだそうだと声をあげていた。
やがて、それぞれ練習がはじまった。
短距離走担当のバドくんは風を切るように『とらっく』をまっすぐに駆けていく。
いつも戦闘では銃を使っているから、こういう姿はすごく新鮮で不思議だ。
ケヴィンさんは重そうな丸い球を振り回して、軽々と投げている。
力持ちなケヴィンさんにうってつけで、ケヴィンさんはこの競技の期待の星らしい。
カルロさんとライリー先生は二人で作戦会議をしていて、私と同じ『まねーじゃー』のレヴィくんは、足がつったメンバーの処置をしている。
皆の姿を横目に、私はファルのところへと駆けていった。
記録係を頼まれていたし、それにこれからどうするかの相談をしたかったんだ。
ファルの競技は高跳び。
ルールや跳び方がいろいろあるみたいだし、棒の高さは身長を超えている。
ファルはちゃんと跳べるんだろうか。
だけど、そんな心配は取り越し苦労に終わった。
ファルは迷いなく足を踏み出し走り出す。
地面に弧を描くようにトントンとリズムよく駆けたかと思うと、鳥が飛び立つように背中からふわりと高く跳んだ。
音もなく跳ぶ姿があまりに綺麗で、目を奪われて立ち尽くしてしまう。
そのままファルは棒をかすめることなく着地して、ふと視線が重なった。
やっぱりこっちの世界のファルはいつも以上にキラキラしていて眩しくて、マトモに顔が見られない。
「どうした?」なんて言ってこっちにやってくるけど、ドキドキしておかしくなるから、そんなに近くに来ないでほしい。
「ごめん、ちょっとだけ離れて欲しいの」
「は?」
「ちょっとでいいからお願い!」
私の言葉にファルは不思議そうな顔をしていたけど、要望どおり少し距離をとってくれた。
そのまま、ファルにこれからどうするべきかを相談したのだけれど“幸い、互いにこの世界の記憶がわずかに残っているようだし、事を荒立てると面倒だから、目立たず騒がず戻る時を待つべき”と話してきた。
確かにファルの言うように、自分のやることはなんとなくだけど、わかる。
記録も問題なく書けているし、飲み物の準備も難なくできた。
ファルの言うように、目立たないのが一番だ。
そう思っていたのに。
休憩中のケヴィンさんとバドくんが、私の記録を横から覗いてきて、流れが大きく変わってしまった。
「キャプテン、かなり調子がいいようだな」
「うわっ嘘だろ!? スゲェ! あと2センチでカーティスの大会記録超えっスよ!!」
その言葉にぎょっとして、ファルを見る。
あと2センチどころか、5センチくらい増やしているのをたったいま跳んでしまったのだ。
ここはモンスターのいない平和な世界のようだし、いつも戦闘で身体を使うファルのほうが身体能力が高いのは、当たり前。
手加減したほうがいいよと伝えておけばよかったと、後悔が止まらない。
いま跳んでいる高さを見ようとするバドくんの気を必死にそらして、どうにか事なきを得ることができた。
❆―――❆―――❆―――❆
練習も終わり、片付けの時間がやってきた。
私とファルは二人で『しょくいんしつ』に倉庫の鍵を返しにいく途中。
「ねぇ、ファル。聞きたいことが一個あるんだけどね」
「なんだ」
「私のこと、きらきらして見える?」
「は?」
質問が唐突すぎたんだろう。
ファルは眉を寄せてきた。
「ええとね、こっちに来てから、ファルがすごくきらきらして眩しく見えて。違う世界から来た人は、きらきらして見えるのかな、なんて思ったんだけど……」
おまけに心臓まで痛くなって、普通に話すのも難しいものだから本当に困ってしまう。
ファルはどうなんだろう。私と同じなのかな?
「俺が眩しい? そりゃきっと……いや、まぁいい。そうだな……俺にもリディアがやたら光って見える」
「そっか! じゃあやっぱり、異世界人同士は光って見えるんだね」
疑問が解けて嬉しくなって微笑むと、ファルはなぜか「相変わらずニブい」と、楽しそうに笑っていて。
ああ、これはまたファルだけがわかっているやつで、聞いたところで教えてくれる気はないんだろうな。
そんなふうに思ってむっとしてファルを見ると、あたり一面が突然虹色に光りはじめた。
きっと、元の世界に戻る時が来たのだろう。
❆―――❆―――❆―――❆
あまりの眩さに目を閉じ、そっとまぶたをあけていく。
なぜか右手にぬくもりを感じて視線を送ると、私は甲板の手すりをつかんでいて、その上からファルに手を握られていた。
「わわっ、ごめん!」
密着に動揺してしまい、慌てて離れて、ぺこぺこと謝る。
どうしてこんなことになっているんだろう。
「帰ってきたみてェだな」
どこか不機嫌そうな顔になったファルは、あたりを見渡して言う。
どこまでも広がる青い空と海、湿気を帯びた塩辛い風、ゆらゆら揺れる床に、ウミネコの鳴き声。
間違いなくフライハイトの船の上だ。
「入れ替わりが直って、本当に良かった……だけど、向こうの私たち、勝手に付き合ってることにしちゃってるけど、大丈夫かな……」
私のせいで、ケンカになっていたらどうしよう、なんて思っているとファルは噴き出すようにして笑った。
「そりゃ、無用な心配だろ」
ファルは、さっきまで私の手を握っていた左手をひらひらと振る。
「そっか。そうかもね」
自分のことじゃないのに、上手くいったもう一人の私の恋がちょっぴり照れくさくて、はにかむ。
あっちの世界のファルとリディアが、いつまでも幸せでありますように。
そんな願いを込めて、虹が浮かぶ空を二人並んで眺め続けたのだった。
お読み下さり、ありがとうございます!
今回のお話は『絵柄を封じるタグ』で描かせていただいたイラストをもとにして生まれました。
絵柄についてコメントをくださった方々、本当にありがとうございます!
おかげさまでイラストだけではなく、お話が一本できました(*´▽`*)
たまに殺伐としている本編とは違う、ほのぼの青春ラブストーリー。
いかがでしたでしょうか?
もしも楽しんでいただけたのなら嬉しく思います。
少しずつ本編も進めていこうと思いますので、またそちらでもお会いできたら嬉しいです(≧▽≦)
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
星影さき