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公爵と村娘  作者: azure
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7: The next right thing

どこまで鋭いのだろう。


いや、よく考えたらそれが一般的な考え方だ。

女中奉公など大半はそれが目的なのだから。


ようやく普通の質問に戻ったというべきなのだろう。初対面から暗殺疑惑など、尋常ではない。人を疑ってかからねばならない目の前の当主にとことん同情する。

とにもかくにも、花嫁修業だろうと言い当てられたことについては否定できない。おそらく両親はそう思って探したはずだし、自分はそこまで深く考えてこなかったものの、そういう側面もあるだろうことを全く考えずにやって来たわけではない。


黙りこくるシンシアだったがカイルは気にした様子もなく、さもありなんという顔で続けた。


「まあ、子を想う親ならそれも仕方がないのかもしれんが、当家がそれだけで選ばれたのであれば不本意なことだ。よいか、このまま働きたいのならば、ここがダークシャーだということをゆめゆめ忘れるな。この意味がわかるか?」

「いえ…わかりません」

「ならばもう一度言おう。当家に雇われる者は爵位をもっているか、何らかの知見を有して地位を得たものだと言ったな」

「はい。ですが私には…」


そのどちらもない。

忘れもしない、厳しい言葉だ。だが、ある意味現実を突きつけて目を覚まさせてくれた言葉でもある。


「わかっている。私が言いたいのは、そなたには何ができるかということだ」

「何ができるか、ですか」


思いも寄らない投げかけだった。

それはこれまでの質問のように変えようのない過去や身分について問うものではなく、どこか未来志向でシンシアにはひどく新鮮にきこえた。


「そうだ。初めに何が狙いだときいたのは別に素性を疑ってきいただけではない。そなたの野心を問うてもいるのだ」

「野心…」

「聞こえは良くないかもしれぬな。だが私の知る限り有能な者は一様に野心というべきものをもっている。それは大抵、地位を得んとするものだが、家臣がそれで切磋琢磨してくれるのなら良きことだ。私はそうした者が当家に仇なすものにならない限り、実力に見合う地位や活躍の機会を与えてきたつもりだ。そなたには、そうした野心はないのか」

「閣下…私には」

「カイルでよい。このラッセルズで私のことを閣下と呼ぶ人間はいない」


不意に告げられて思わず瞬く。それはつまり、ここで働くことを認めるという意味なのだろうか。


(いいえ、まだ答えは頂いていないわ)


それでも、少し認めてもらえたようでシンシアの胸に小さな火が灯る。


「では…カイル様」

「うむ」

「その…今の私はそうした野心と呼ぶべきものをもちあわせてはおりません。地位や名誉など考えたこともなかったのです。もっとも、やりたかったことはありましたが…」

「それはなんだ」

「あ…いえ、すみません。詮無いことを申してしまいました。カイル様に申し上げるほどのものではございません」

「そうか。いや、無いというのならそれでよい。なにも無理に言わせたいわけではないのだ。それでは意味がないからな」


そこまで言い終えると、カイルは呼び鈴を鳴らした。


「およびですか」

「茶を頼む」

「承知しました」


現れたメリルに言付けると、背もたれに深くもたれ掛かり、息を吐いた。


「何故こうも根掘り葉掘り聞くのか疑問に思うか?これは私の問題なのだが、そなたを雇うには少々理由が必要でな…」


そのまま目を閉じ、眉間を指で揉み込む。


(理由…そういうことなのね)


ようやく背景がみえてきた。

このダークシャーで前例がないこと、つまりシンシアのような爵位や能力がないものを雇うなら、それなりの理由がないと示しがつかないということだ。もしそうであるなら、これまでの詰問の意味もわかろうというものだ。


当主が何を気弱なと責めるのはお門違いだ。

彼はやろうと思えばいくらでも独断で動ける権限を持っている。しかし、事はカイル一人の問題ではないのだろう。


公爵、近衛大将、領主…ダークシャー当主としてそれらの大役を担う彼は数多の人間を使役し、領民の平安を保ち、陛下を守らねばならない。カイルは多くの人々の生活や人生にまで影響を与えうる存在なのだ。

ダークシャーの名は、そんなカイルを始めとした歴代の当主や、彼らを支え切磋琢磨する意識高い者たちが連綿と築きあげてきた伝統や精神そのものなのかもしれない。

そうであるなら当主である彼が正当な理由もないまま、ひとたびイレギュラーなど認めてしまえば、仕えてきた者たちの反発を招き、士気を下げかねない。

それこそ、ダークシャーに仇なすことに他ならない。


そこまで思い至り、シンシアはつくづく自らの無力さを呪った。だが、嘆くのは今日で終わりにすると誓ったばかりだ。


(私にできること…)


大したことはできないし、身の丈にあうことしかできないが、それでも全くなにもせずにこのまま終わるのは違うと思えた。


「あの、カイル様」

「なんだ」

「今の私にできることは精一杯お勤めすることだけでございます。私の僅かな力などしれておりますが…それでも何かお役にたてることもあるやもしれません。そして…もし許されるのならこちらでなにができるのかを見つけとうございます。それでも何ひとつお役にたてなかったときには…暇を下さいませ」


シンシアは思い切って告げた。


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