6: The die is cast.
「あの…」
ようやくシンシアは口を開いた。
カイルが見せた一瞬の陰りに何か言わなければという衝動に駆られたのだ。
カイルが頷いたのに後押しされて話し始める。
「私には…狙いなんてありません。このお仕事を頂けたのだって最初は信じられなかったぐらいですから」
「だが、そなたは来た。それは何故だ」
「それは……」
言い淀む。
自分はこの仕事を探していたわけではないと馬鹿正直に告げるのは宜しくないだろう、現にこうしてここに来ているのだから。それはあまりにも短絡的だ。かといって、いい大人がのこのこと親の言うがままにやって来たというのもどうなのか。
そもそも本来なら自分はこんなところで詰問などされているはずではなかった。今頃は教師の道に進んでいたかもしれないのだ。
(……いえ、それも違うわね)
本気でやりたかったのならとっくに家を出ていただろう。しかし、そうしていないからここにいるのだ。
結局、決断できないことを環境のせいにして、家業を手伝う体で惰性で生きていたのだ。跡取りに腹を括ったならサッサと婿でも探して継いでいたはずだ。
自分がいかに優柔不断だったのか、今更思い知る。それと同時に、答えは自分の中にしかないのだということもまたよくわかった。
「自分のこともわからぬか」
まさか心を読まれたわけではないだろうが、あまりにも言い得て妙な言葉に挫けそうになる。
だが、そんな言葉は今日この場で終わりにしよう。いつまでもくよくよしていては何も進まない。
シンシアは慎重に言葉を選びつつ、事実を告げることにした。
「いえ…少なくとも私は、せっかくのご縁で両親が探してくれたこのお仕事に励もうと思っただけです。私は貴族ではありませんし、閣下のことはお見かけすることはあってもお話しする機会などないと思っておりました。ですから、お命をどうにかしようなんて考えたことすらありません」
しっかりと目を見て言い切ったシンシアを黙って見据えていたカイルだったが、一つ息を吐いて言った。
「…言い分はわかった。だが、それが本当かどうかを判断するにはまだ早い。疑われるのは気分が悪いだろうが、こればかりは致し方ないのだ」
それはそのとおりなのだろう。カイルほどの立場ある人間なら慎重になってしかるべきなのかもしれない。まさか自分が暗殺を企てていると疑われるなどとは思いもよらなかったが。
「しかし私もそこまで鬼ではないつもりだ。なによりそなたが領民であることは間違いがないからな。こうして時間をとること自体が多少は事情を汲んでいることの証左だと言ったら些かの慰めにはなるか?」
「はい」
そう返事するしかない。信用はないが、少なくとも領民としての権利は得ているようだ。
まったく、こんな小娘になにができるというのか。
カイルの命云々に関して疑われるようなことは何一つないが、それでも不審が晴れなかったなら解雇されるだけだ。もしそうなったらソニアに戻り、腹を括って跡を継ごう。
だが、それは今ではない。
カイルが答えをだせないように、自分も今はまだ答えを出せずにいるのだから。
ただ一つ確かなことは、たとえどんなきっかけであれ自分はここにやって来たし、ここで働いてみたいと感じたことだ。
それは教師になりたいと思ったとき以上に、シンシアの胸で確かに息づく想いだった。
賽は投げられたのだ。
この僅かな時間で何かを吹っ切ったような表情に変わったシンシアをカイルは興味深そうに眺めた。
「先ほど、両親が探してきたといったな」
「はい」
「織物屋なのだろう?彼等は何故この仕事を探した。そなたが跡取りではないのか」
痛いところをつかれ、シンシアは思わず胸に手をあてる。
「いずれは…継がねばならないと思っております」
「不服そうだな」
「……っ、そうかもしれません。私は、まだ家を継ぐことに答えを出せずにおります」
「そうか」
思ったよりもすんなりと返事が返ってきて思わず俯きかけた顔をあげる。しかし、次に告げられた言葉には愕然とするよりなかった。
「では、さしずめ花嫁修業のつもりか?当家も見下げられたものだ」