2: The Duke of Darkshire
「シンシア、メリルの言うことはちゃんときいてね。辛いことがあったらいつでも戻っておいで」
朝まだき、シンシアは涙ぐむ両親の見送りを受けていた。
「大丈夫よ、お母さん。ご領主様のところだもの、心配ないわ。しっかりお勤めしてくるから」
ーー本当は、まだ信じられないけれど……
両親を宥めながらも、シンシアの胸中は複雑だった。
今から向かう奉公先は領主であるダークシャー公爵家だ。その歴史は古く、王家に連なる血筋をもった由緒正しき家柄で、王国の西域一帯を治める大貴族である。
奉公が決まったと聞かされたとき、にわかには信じ難かった。
そもそも貴族への奉公は万民の憧れの職であるが、特にダークシャーのような最上格の貴族ともなれば、シンシアのような平民には手が届かず、上位貴族の子女がこぞって押し寄せるはずだ。
ましてや現当主のカイル=アーヴァイン=ダークシャーは国王の甥として高貴な血を引く一方、腕も確かで、近衛大将を務めあげ、領民からも慕われる時の人でもある。
今やダークシャーは隆盛を極めているといってもよく、そんなところの女中奉公ともなれば、熾烈な争奪戦があっただろうことは容易に想像できる。
返す返すも、のんびりした両親がよくそんな先を見つけたものだ。
伝手を辿ったと言うので詳しく聞けば、母の旧知であるメリル=ターナーがダークシャーの女中頭になっていて、ちょうど一人、奉公人を探していたというのである。
そんな偶然があるものだろうかとも思うし、よくぞ取り次いでもらえたものだ。
正直、貴族のはしくれですらない自分にそんなところの女中が務まるのか不安でしかないが、これ以上両親を心配させないためにもシンシアは努めて笑顔を浮かべた。
「じゃあ、行ってくるわね。お父さんもお母さんも体には気をつけて」
「シンシア、手紙はおくれよ」
手を振る両親に頷いて、シンシアは鞄一つで馬車に乗り込んだ。窓から見上げた空は今にも泣き出しそうだ。
(こうして馬車を頂けたからよかったけれど…)
メリルが差し向けてくれたのだろうか。
一介の女中、しかも貴族の子女ですらない者には有り得ない待遇だった。
(さすがは公爵家ということかしら…いずれにせよ、御礼をいわないと)
貴族の常識がわからないのは仕方のないことだが、せめて礼儀だけはきちんとしようと気を引き締める。
馬が嘶き、動き出す。
公爵家は、どんなところだろうか。
皆とは上手くやっていけるのか。
そして。
ダークシャー公は、どんな人なのか。
人格者であるということぐらいは領民として聞き及んでいるが、実際に会った訳ではない。
雲の上の存在だからそうそう話す機会はないだろうが、同じ屋敷内にいたらそれなりに会うことにはなるだろう。
ちゃんと挨拶できるだろうか。貴族社会の所作は物の本で勉強したが、不自然ではないだろうか。
(キリがないわね…)
シンシアは、とりとめのない思いに蓋をするように目を閉じた。