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公爵と村娘  作者: azure
19/19

19: Magical power of light

午後ーー執務室を訪ねたシンシアを迎えたカイルは、ソファに座るよう促すと自らも向かいに腰を下ろした。


室内を夕陽が音もなく染めていく。


「始めるか」


シンシアの緊張をほぐすように、カイルは軽く手を打った。


「聞くが、このダークシャーに来るまでに魔力を目にしたことはあるか」

「いいえ、ありません。その、魔力というものがどんなものかわかりませんので……」

「そうか。ならば、魔術が使われるところは?」

「はい。それなら町で見かけたことがあります」

「そのとき術者から光が放たれていなかったか?」

「はい、確か水色の光だったように思います」

「それが魔力だ」

「あれが……」

「そうだ、厳密にいえば術式で合成されたものだが。本来の純粋な魔力は自然のエネルギーそのものだ。それを抽出し、術式に組み込むことで魔術が発動する」


カイルはおもむろに窓から差し込む夕日に手をかざすと、何かを混ぜるように手首を回し始めた。

すると指先から緋色や金に輝く砂状の粒が現れて細くたなびき、掌で渦を描き始める。

やがてそれは小さく纏まっていき、一握りほどの球体になって浮かび上がった。


「これが光のエネルギー、純粋な魔力そのものだ」


まるで夕焼けを閉じ込めたような色彩が煌きめながら、カイルの手の上で回っている。


「とても、美しいのですね…」


感嘆の吐息をつかずにはいられない。


「両手をここへ」


示されて、おずおずと差し出すとカイルは指先を、すいと向けた。すぐさま光の球が従うように動く。


「えっ、えっ?」


突然のことに驚き、思わず手を引っ込めてしまう。


「大丈夫だ、落ち着くがよい」


何をするのか大体の見当がつき、もう一度そっと水を掬うように差し出すと光の球がするりと入り込み、浮かび上がった。


思わず魅入られてしまう。


(本当に綺麗……それに、温かい?)


緩やかに回転しながら浮かぶ球からは、ほんのりとした温もりが感じられた。


「オルコット」

「はい……」

「無意識だろうが、そなたは今、魔力を扱っているのだぞ」

「えっ」

「その光は魔力を操る者にしか扱えぬ。そなたが術者になり得ぬ者ならば、とっくにその光は霧散している。おめでとう、第一歩だな」


呆気に取られ、カイルをマジマジと見上げる。


ーーこれで?魔力を?


狐につままれたようだ。

だが確かに手の中で光の球は美しく輝いたままだ。


「なんだ、簡単だと言ったであろう」

「それは、そうですが……」


こんなにも簡単なら、あのネイサンとの地獄のような時間はなんだったのか。


「どうして……何もしていないのに……」


呆然と呟くシンシアに、カイルは告げた。


「今、なんらかの感触があるのではないか?」

「はい。温かくて、少しくすぐったいです……」

「ふっ、それはまた面白い感想だな」


カイルは可笑しそうに眺めながら続けた。


「視覚、触覚…どういうものであれ、そなたが何らかの感覚を得たなら、それが魔力を感じとったことの証だ。その感覚を研ぎ澄ませれば、周りの魔力を見つけ出すことができる。次は、それを消してみよ」

「それは、どうしたら……」

「簡単だ。光が溶けていく様子を思い描けばよい。そして、そのイメージを光の中心へ流しこむようにするのだ」


(光が溶けていく様子?バターが溶けるような感じかしら…)


なんとなく想像できそうだが、本当にそんな適当で良いのだろうか。半信半疑ながら、思い描いたイメージを光の中心に向かって流し込むように意識してみる。


「あ……」


すると、光の球は緩やかに回りながら細かい砂状になって解けるように溶け出し、一瞬強く輝くと掻き消えた。


(うそ……)


手を何度かひっくり返すが、そこにはもう何も残っていない。


(出来た……!?)


興奮冷めやらぬシンシアを眺めていたカイルは頷いた。


「上出来だ。今のようにイメージすること、それこそが魔術の基本でもあり真髄でもある。応用をきかせたければ術式を学べばよいが、それはあくまでも型でしかない。結局、術者の感覚が全てを左右する」

「感覚……」


それならば、今までの自分にはできなくて当然かもしれない。

ネイサンから教わった型をひたすらなぞっていた間、自分ができている姿などこれっぽっちもイメージできなかった。


「基本的に魔力を持たない者でない限り、後天的に魔術を身につけることは可能だ。だが魔術の質の良し悪しや力の大小においては、先天性が左右することもある。それが血筋だ。家系によって得手不得手がわかれる。たとえばネイサンの家系は氷術が得意だ。そなたもそれについてはもうよくわかっておろう」

「そ、そうですね」


確かに、それについては嫌というほどわかった。

あのとき車庫でネイサンが発した青白い炎は、他に比較できるような対象を知っているわけではないが、素人目にも洗練されているような鮮烈な印象を受けた。


ただ、終始どこか張り詰めたような鋭い感覚が伝わってきて、空間がひどく寒々しく感じられた。


カイルが言うように、術者の感覚が魔術の出来を左右するのなら、あの寒々しさはあのときのネイサンの心理を写し取っていたのかもしれない。傍目にもネイサンは苦しそうだった。


ふいに、あの書庫で炎を繰り出したカイルの姿が脳裏に蘇った。一斉に燃え上がる炎に、勢いと微かに苛烈さを感じた。

普段領主として冷静沈着な顔を見せるカイルにもそんな一面があるのだろうか。近衛の大将という立場は彼にそのような性質を強いるのか。


自分はカイルのことをまだ何ひとつわかっていないのだと思い知らされる。


「カイル様にも……」

「ん?」

「カイル様にも得意な魔術が……?」

「ほう」


思わず呟いた疑問に、カイルが片眉をあげた。

シンシアは心の声が漏れてしまったことに気づき、泡を食う。


「あっ!申し訳ございません。私、なんて失礼なことを…」


愚問だった。

ダークシャーは王家の流れをくむ大貴族、それが物語るのは、術者の頂点とされる賢者や大魔導師にも引けを取らぬほどの力ある家系だというのに。


(得意、だなんて…!)


だが、カイルは事もなげにフッと笑った。


「よい。得意とは、考えたこともなかったが…」


それはそうだろう。

その血筋なら万能、全てが得意といっているようなものだ。だがカイルは少し考えたあと、面白そうな表情で応えた。


「好ましいと思う魔力はあるな。あててみるか?手掛かりは紋章だ。この屋敷のそこかしこにあるゆえ、そなたにもわかるのではないか」


確か、門や玄関に象られていたのは……


「竜……ですか?」


それならばダークシャーにきてから何度も目にしていた。

だが竜は生き物であって魔力ではない。


竜そのものが好きなのだろうか…と考え込むシンシアにカイルは、くつくつと笑った。


「竜ではなく、その背後だ」

「背後……」


紋章に象られた竜、その背にあったのは……


「星、でしょうか?」

「正解だ」


確かに、背後には大小の星が散りばめられていた。


「えっ…」


それは、意外だ。

王家の血を引くカイルなら、てっきりその象徴である太陽とか、月と言うかと思ったが。


(星なんだ……)


こんな硬派な人から星が好きなんて言葉が出るとは……畏れも忘れ、思わずカイルに見入ってしまう。


「意外か?」


口許からこぼれた自然な笑みに、心臓が音を立てた。


「あっ…いえ……えっと、はい……すみません……」


そのまま直視はできず、思わず目を伏せてしまう。

じわじわと耳が熱くなる。

そんなシンシアを柔らかな目で眺めていたカイルは、ふと思いついたように告げた。


「ちょうどよい、宿題をだそう。そなた、次回までに星から魔力を集め、今日のように形にしてみよ」


「えっ、は、はい」

「術者への近道は、まず周りからあらゆる魔力を感じ取ってみることだ。景色が変わるぞ?これまで何も感じず、いや、気付かずにいたのだからな。じきに我々は生きとし生けるあらゆるものの一部なのだとわかるようになるだろう。その頃には容易に魔術も繰り出せよう」


ーーそれはもはや賢者や大魔導師のレベルでは……


まるで森羅万象の理を読み解くように超然と告げられ、気後れしそうになる。


不安を隠せぬシンシアに、カイルは苦笑する。


「心配せずともよい。そなたならできる。それに、一度は私の魔力が通ったのだ。馴染むのも早かろう」


またあの感触を思い出してしまい、今度こそ顔を真っ赤に染めたシンシアをどこか満足気に見たカイルは、ああ、と付け加えた。


「周りの魔力を感知するのはよいが、力を抽出するのは星だけにせよ。間違っても、火や水はやめておくように。そなたはまだ力の制御ができぬゆえ、具現化するとなると暴走するやもしれぬ。だがその点、星ならば大きな心配はない。安心して臨むがよい」

「か、かしこまりました」


赤くなったり青くなったり忙しなく顔色を変えるシンシアを愉しげに眺めながら、カイルは続けた。


「しばらくは好天、星も輝こう。3日後の日没、またここへ参れ」


楽しみにしているぞ、と微笑むカイルにドギマギしつつ、執務室を辞す。


扉を閉めた後、一気に肩から力が抜けた。

胸の鼓動がおさまらず、ふーっと大きく息を吐く。


時間にすると僅かだったのかもしれないが、色んなことがありすぎた。


(そうだ、私……)


たった今、魔力を扱ったのだ。


今更ながら、ジワジワと実感が湧いてくる。

最初こそカイルに助けてもらったとはいえ、最後は自分の力で光を消すことができた。


ーーおめでとう、第一歩だな


カイルに褒めてもらえた。

胸が熱くなり、思わず両手で体を抱きしめる。


ふと見上げた宵の空には一番星が輝いている。


(あれを……)


あの夜空に輝く星の力を集めるなんて。

できるのだろうか。不安が過ぎる。


だがそれ以上にーーワクワクしている。


どんなものができるのだろう。

そう思って頭上に手を伸ばしてみるが、なんの変化もおこらない。


「さすがにそんなに簡単じゃないわよね…」


軽く首を振って、部屋へ急ぐ。

今夜、空一面に星が輝いたら、やってみよう。


あと3日。

それまでに、星を手に入れるのだ。


シンシアの胸には、いつしか希望の光が灯っていた。

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