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公爵と村娘  作者: azure
18/19

18: What happened to you?

(何だあれは)


いつもどおり賑わう朝の厨房。

ブロディは上の空でパンを頬張るシンシアを見つけた。

隣から同僚が何か話しかけても生返事しか返していない。


(へえ、珍しい)


これまでにも何度か考え込む姿は見てきたが、こんな様子は初めてだ。

ブロディが隣に座っても気づくことなく、スープの匙をぐるぐる回しながらぼうっとするばかりで一向に手をつける気配がない。


(たまげたね…なんだってこうなっちまってるんだ?)


しばらく眺めたあと、シンシアの視界を遮るように目の前でサッサッと手を振るとようやくこちらに気づいた。


「あ……ブロディさん、おはようございます」

「おはようさん。どうしたんだ?冴えない顔して」

「あ、いえ、そんな……」

「そうか?熱々のスープがすっかり冷めちまってるぞ」

「え?あ!すみません」

「元気印のお前さんがどうしちまったんだ。俺でよければ話ぐらいは聞けるが」

「ありがとうございます。お気持ちだけで……あぁでも……そうですね、聞いていただけますか?」


ブロディは言い淀むシンシアにドンと胸を叩いた。


「もちろんだ」

「ありがとうございます。その、実は……今日の午後から魔術を習うことになりまして」

「へえ!そりゃ大したもんだ。お前さん、魔力があるんだな。なのになんでそんなシケてるんだ。やりたくないのか?」

「いえ、そんなことは!ただ、緊張と不安があって……でも期待もしていないわけじゃないといいますか……すみません、うまく言えないんですが」

「こりゃまたフクザツな。悩める乙女ってやつか?」

「えっ?いえいえ!違いますよ」


やけに真っ赤になって両手を振るシンシアに、ブロディはなんとなく気になって聞いてみることにした。


「ふうん、そうか?で、それは誰に教えてもらうんだ?」

「あ…それは、その……」

「うん?聞こえんな」

「………カイル様です」


ブロディはヒュッと息を呑む。


「こりゃたまげた」

「ですよね……」

「なんでまた……いや、まぁ色々と訳があるんだろう?」

「ええっと…はい、おそらくは」

「ふうん」


内容が魔術ということなら、ただの命令とはわけが異なる。諸般の事情があって然るべきだろう。


「それが決まったのはいつなんだ」

「正確なところはわかりませんが、少なくとも私が知らせを受けたのは昨日です」

「なるほどな」


昨日の今日であれば、戸惑うのも無理はない。先ほどの様子も、事態を消化しきれていないといったところだろう。


「気持ちはわからんではないな。だがまあ、お前さんも言ったように、期待していいと思うぞ。カイル様が手ずから教えるなんざ聞いたことがないからなぁ、貴重じゃないか」

「やっぱり、そうなんですね……」

「あ、すまん。余計緊張させちまったか」

「いえ、いいんです。本当に、とても光栄には思っているんです。きっと一生の思い出になるし、両親が知ったら間違いなく喜びます。ただ、やり遂げられるかどうか……」

「そうだな、新しいことをする時は大体そんな気分になるもんだ。そりゃできるに越したことはないんだろうが、勝負事ってわけでもないんだろう?絶対やり遂げろとでもいわれてんのか?」

「いえ、そこまでは……」

「だろ?なら大丈夫だ。まずは、できるできないじゃなく、やってみることに集中したらいいんじゃないか?」

「やってみることに集中…」

「そうだ。料理もな、何度も失敗するんだが、その都度ちょっとずつ工夫していって、やっと自分だけの味が出来上がるんだ。最初っから美味い料理ができるなんてことはないんだ、天才でもない限りな。まあ魔術は天性が左右することもあるんだろうから訳が違うかもしれんが、人間がすることだ、本質的には似たようなもんじゃないかと思うがな」


そう言ってブロディは腕を組んだ。


「そう…ですね。私、やる前から結果を気にしすぎていたのかもしれません。カイル様にはイメージが大事だって言われてたのに…」

「へえ、イメージか。やっぱり料理と似てるな。美味い料理ってのはイメージがないとできないんだ」

「そうなんですか?」

「そうなんだ。まずは食材に触れて、見た目や香り、食感、味を試してから、こんな料理ができないかなって、こう…なんていうか、ふんわり思い描くことから始めるんだ。その逆で、こんな料理が作りたいって完成図が閃いてから食材を探す場合もあるんだが。いずれにせよ、感覚というかイメージがモノを言うな」

「ああ、なんだかわかってきました。イメージってそういうことなんだ。どんな魔術をしたいかってことを思い描いてみたらいいのかしら……」

「まあ、魔術の難しいことはわからんが、できるかできないかなんて、やってみなきゃわからんことで悩むより、どんな魔術をやってみたいか、そっちを思い描くほうがよっぽど楽しそうだと俺は思うけどね」

「確かに…そうですね」

「だろ?料理も楽しくなきゃ、美味いモンは作れないわけよ。俺自身、食べることが楽しみだし、美味い飯を食う皆の顔がみたくて料理やってるようなもんだからな」

「皆の顔…」

「そう、美味い飯食ってるときの顔を見たことあるか?蕩けそうだったり、笑顔だったり、たまに泣きそうな顔をしている者もいるが、皆生きてる瞬間を味わってるって顔なんだ。腕一本で人様に感動を届けられるんなら、こんな幸せなことはないね」

「素晴らしいです、ブロディさん…私、感銘を受けました」

「って、何言わせてんだよ…小っ恥ずかしい。で、どうだ、落ち着いてきたか?」

「はい!緊張がないといったら嘘になりますけど、不安よりも自分なりのやるべきことが見えてきたように思います」

「そりゃよかった。ま、カイル様がお師匠さんなら、なんの心配もないさ」

「そう、そうですよね。心配なんてしたら、教えて下さるカイル様に失礼ですよね。私ったら、しまったわ…」

「はっはっは!その意気だ。しかし、いいじゃないか、魔術。俺には魔力がないから縁がないが、お前さんはその選択肢を手にしてるんだぜ。結構なことじゃないか」

「ですね」

「ははっ、言うね。もう大丈夫だな。やってみてどうしても駄目だってんなら、その時は慰め料理でも作ってやるよ。あー、そうだな、できた時はそれはそれでお祝い料理を作ってやろうか」

「えっ、いいんですか?すごい!ありがとうございます!ぜひお願いします!私、なんだかやる気がでてきました」

「なんだ、結局、食い気か!」

「えっ、それはほら、ブロディさんの料理は最高ですから!私の悩みなんて吹き飛んでしまいます」

「おいおい、よく言うぜ、さっきは上の空だったのに、ホント調子がいいやつだな!だがまあ元気になったんなら良かった。そうだ、魔術を習うんなら体力つけないとな。ほら、残してないで食っちまえ」

「はい!頂きます」


ようやく普段の様子を取り戻したように生気が宿った目で食事に手をつけるシンシアを横目に、ブロディも笑いながら自慢のパンに齧り付いたのだった。


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