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公爵と村娘  作者: azure
16/19

16: feel your touch

空が白んできた頃、シンシアは目覚めた。


(私……)


夢も見ないほど深く眠っていたようだ。

起き抜けのぼんやりとした頭で見慣れた天井を眺めていると徐々に昨晩のことが脳裏に蘇ってきてシンシアの胸に憂鬱が影を指す。


(なにも…できなかった)


次々と繰り広げられる展開になすすべもなかった。


かつて見たことがないほど鬼気迫ったネイサンに気圧された挙げ句、なんの成果もだせないままブラックアウトだ。最後はカイルに強制的に失神させられたような気もするが、その辺りを深く考えるだけの気力は残っていない。


……やってしまった。


シンシアは両手で顔を覆うと深い溜息を吐いた。


よもや書庫番がこんなにも重責だったとは。


クラークから、そう重労働ではないと聞いて深く考えずに引き受けてしまった。


だが「話が違う」とも言い難い。

クラークは間違ったことは言っていないのだ。

確かに腕っ節を要求される力仕事ではないし、内容自体はシンシアのような初心者でもない限り、"そう重労働ではない"といえるものだろう。


瞬間、あの好々爺が垣間見せた悪戯な顔がチラつき、してやられたような気分が沸き起こる。


(いいえ、だめね…)


だがシンシアは一瞬でもそんな考えに至った自分をすぐに恥じた。


単に自分の力不足だっただけである。

それは魔力や魔術といった技術面の不足のみならず、想像力が足りなかった、つまりこの選択をしたらどういうことになるのかということを想定できなかったということだ。


とはいえこの案件を引き受けることになったあの局面で、こうなることを想像できたかと言うと難しかっただろうし、仮に想像できたとしても断ることができたかと言うとそれも疑問だ。


クラークとて、なにもこうなるとわかって頼んだわけではないだろう。ネイサンにしても引継ぎを執行しようとしただけだ。そして自分も……役に立ちたいという一心で引き受けた。純粋にあの時はその想いしかなかった。


誰に悪意があったわけでもない。


(……って、私は言い訳をするのよね)


ようやく浮上しようとした気分はしかしすぐに落ちて、シンシアはまた一つ息を吐く。


だが、いい機会かもしれない。

こうして自らを振り返るのも。


ダークシャーにきてからずっと脇目も降らずに突っ走ってきたのだ。

見るもの聞くもの全てが新しく、インプットするのに必死で周りの景色や出来事を味わう余裕はなかった。


そんな状態で、自分にも何かできることがあるならと、なんでもかんでも引き受けようとした。


それは善意かもしれないが、捉えようによっては驕りが見え隠れしてはいないだろうか。

そんなつもりはなかったにせよ、結果的に身の丈以上の仕事を安請け合いして失敗する羽目になったのだ。


見極めも必要なんだろう。


冷静に考えれば書庫番は副執事の兼務だ。つまり実力者がひしめくダークシャーの家令ナンバーツーの仕事ということだ。すなわち難易度もそれ相応というわけである。


そんな仕事を何故できると思ったのか。


無謀だ。


背負いこみすぎるとパンクする。

出来ないことにはきちんと出来ないと断る勇気をもつこと、そして誰か出来る人に任せるほうが世の中うまく回っていくということなんだろう。


(勉強になったわ……)


そこまで考えるとようやく落ち着いてきた。

気分も少しばかり浮上する。


もともと、いつまでもクヨクヨするのは性分ではない。

これ以上、落ち込んでも何の解決にもならない。


今できることをやる。

いくら悔やんでも過去は変えられないし、起こってもいない未来を悩んでも意味がない。


ーー変えられるのは今しかないのだ。


だから、このあと朝イチで皆に謝ろう。

謝って、そして沙汰を待つ。その後のことは、その時に考えよう。


シンシアは、徐々に前向きさを取り戻した。


皆の顔が浮かぶ。


ネイサン、クラーク、そしてーー


(カイル様……)


あの瞬間、流れ込んできた強いエネルギーの感触がまだ残っている。


カイルに握られた掌をそっと撫でる。

圧倒されるほど強い、けれどもどこか暖かい、陽のエネルギーのようだった。


まるで、カイルそのもののような……


瞬間、身体が熱くなる。

掌だけではなく、全身で感じ取った。


今更、彼を感じてしまい、気恥ずかしい。


(私ったら、いやだ)


不謹慎。

熱くなった顔を手で扇ぐ。


(馬鹿ね、わたし…).


カイルは手当をしてくれただけなのだ。

それなのに、かつてないほどその存在を近くに感じてのぼせてしまった。


勘違いしてはならない。

浮ついた自分を叱咤する。


雲の上の存在だった人が身近になるにつれて尊敬が憧れへと変わる。そんなことは、きっとよくあることだ。カイルと接した人間なら皆感じるだろうことなのだ。


思春期の少女ではあるまいし、自分はもう良い大人なのだーー分別をもたねば。


ツキリと痛む胸を押さえて、シンシアは自分に言い聞かせるように目を閉じた。


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