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公爵と村娘  作者: azure
14/19

14: Bluish white light

早めに公務を切り上げて正解だった。


カイルが本邸を出た頃にちらついていた雪は深々と降り続け、馬車がラッセルズの門を潜った頃には辺り一面を真白に染めていた。


(……なんだ?)


玄関にたどり着くまでの間に何かが強く光った。

気温差で曇った車窓を拭いて覗くと、屋敷の右奥から時折青白い閃光が漏れ出している。


(……書庫か)


クラークから灯りの点検があると聞いていたのを思い出すが、些か光が強すぎるようで眉を顰める。


(それに、あの色は……)


程なくして馬車は玄関先に到着した。


「おかえりなさいませ」


クラークとメリルが出迎える。


「なにか温かいものでもご用意しましょうか」


そう声を掛けたメリルに頷く。


「ああ、ヴィヌで構わぬゆえ後で頼む。それより、先にサムに湯をやってくれぬか。急がせたからな…凍えているはずだ」

「かしこまりました」


メリルは心得たように微笑むと、馬の首を撫でていた御者ーーサムに知らせて屋敷へと消えた。


サムは慌てて振り返るとカイルに何度も礼を述べる。

それに手をあげて応えると、カイルは屋敷に入った。


「エインズワース卿の様子は変わりないか」


歩きながら傍のクラークに尋ねる。


「はい。依然として容体は変わりなく…」


そのまま二人は長い廊下を進んでいく。


「そうか……ネイサンはどうしている」

「よく耐えております。明晩にはこちらを発ちますが、ただ少々……」

「気を張っているか。無理もないことだ」


言い終えると外套を預けてそのまま書庫の方へ向かおうとするので、クラークは慌てて引き留めた。


「カイル様、今しばらく書庫には…」


足を止めたカイルが静かに聞き返す。


「何だ、ネイサンがいるのではないのか。書庫が光っているのをみたが」


ハッと何かに気づいたようなクラークにカイルは一つ息を吐く。


「色々と訳知りのようだが…今すぐ見に行かずともよいのだな?」

「は……少なくとも火急ではないかと」

「わかった、ならば私室へ行く。仔細を聞こうか」

「御意」


二人は階段を登ると奥へと向かった。




部屋に入ろうとしたカイルは、ちょうどヴィヌを運び込もうとやってきたメリルのワゴンから瓶とオープナー、グラスを取ると下がらせた。すぐさま受け取ろうと動いたクラークを手で制すと奥へと進み、円卓に置いた。


側には暖炉が赤々と燃え、冷えた体がじわりと温まっていく。

カイルは暫く立ったまま火を見ていたが、やがて薪が爆ぜる音が響き渡ると、オープナーを手に話し始めた。


「……書庫から漏れていた光は相当な光量であった」


手慣れた仕草で栓を抜くと、窓を指し示す。


「この視界の悪さでもハッキリ見えたぞ」


言い終えるとグラスにヴィヌを注ぎ、らしからぬ仕草でぐいと飲み干す。


「点検とは聞いていたが、それにしては異常だ。危険な類いではなかったが、見過ごせるものでもなかろう。原因はネイサンだな?」

「…はい」

「そうであろうな。私の見間違いでなければあれは氷灯(ひょうとう)。エインズワース所縁の術だ。あれほど鮮やかな色を出すのはあの家の者しかおらぬ」


そう言うとヴィヌの瓶を掴み、飲むかと尋ねるがクラークは固辞した。カイルは気を悪くした風もなく、そうかと呟く。


「前に、書庫の灯りが炎灯(えんとう)から氷灯に変わった時期があったのでネイサンに尋ねたことがある。複雑な術ゆえ書庫には少々大袈裟ではないかと思ったのでな」

「それは、失礼をいたしました。そのような時期があったように覚えておりますが、問い正しておりませんでした」

「いや、よいのだ。書庫を一任する許可を出しているのは私だ。そなたもあれも責められる必要はない。それにあのときはネイサンに今しばらく氷灯を使わせてほしいと頼み込まれ、私も承諾したのだからな」

「ネイサンがそのようなことを…」

「ああ。負荷がないならいっそ氷灯に切り替えてもよいと言ったのだが、使うのはしばらくでいいと申してな。理由が気になったが、その時はそれ以上聞かなかった。だが後で、あれがエインズワース卿の細君が亡くなった時期だったことに気がついた。あれは家族思いだから兄嫁の喪に服していたのだ。私も反省したものだ…黙って見過ごしてやればよかったとな」

「そうでしたか……」

「うむ。喪が明けた頃にはまた炎灯に戻っていたから、間違いないだろう」


そこまで言うと、カイルはようやく側のカウチに腰を下ろした。


「今回も氷灯を使ったその心情は察するに余りある。それに、あの光の加減を見る限りでは不安定になっているやもしれぬ。書庫にいるのはネイサン一人か?」

「いえ、ネイサンは本日確かに灯の点検を行っておりますが、不在期間の引継ぎもしておるところです」

「こんな夜更けまでか?書庫の引継ぎといってもそれほど手間がかかるものでは……待て、相手は誰だ」

「シンシア=オル…」「なに!」


カイルは驚いて立ち上がったが、何かに気づいたように額に手を当てて再び座り込む。


「ああ……皆まで言わずともよい」


クラークを一瞥すると、こちらも渋い顔をしている。

その瞬間、カイルは事態を正確に把握した。


エインズワース卿の容体が依然変わらないということは、ネイサンは相当参っているだろう。氷灯を再び使い出すあたり、思い詰めている可能性もある。そんな精神状態の人間の前に登場したのが素人のシンシアだとすれば追い討ちをかけるようなものだ。ネイサンがまるで暴走のようにあのような閃光を放ってしまうのも、さもありなんである。しかも明晩ここを発つまでに仕上げるつもりなら、夜通しやりかねない。


そうなったら、共倒れだ。


「クラーク。そなたを責めるわけではないが、さすがに今回の人選は酷なのではないか」

「はい…しかし変えるわけにもいきませぬ」

「何故だ。他にいなかったか」

「はい…実のところ他は手が塞がっていたのもありますが、あの娘なら乗り越えてくれるとも考えました」

「やけに肩入れするな」

「そうかもしれませぬ…ただ、贔屓を抜きにしてもあの娘はよく頑張っております。それに、書庫は本を好むものにこそ任せたいと思っておりました」

「ほう…書を好むか、あの娘は」

「はい、そのようでして。踏み入れた際、瑠璃天井よりも先に蔵書の多さに感動しておりましたし、勉強もしたそうでしたので決めました」

「ふっ、それは面白いな。確かにあれの眼は…いや、まあよい、人選はわかった。だが、魔力は調べさせたか?魔術院はなんと言っていた。もし魔力がなければ術に関してはどうしようもないぞ」


魔術は先天的な魔力量に依存する。多いほど威力は強く、逆なら使える範囲も限られる。

貴族を始めとした特権階級の家系は歴史的に築かれた血統があるため強い魔力を持つ者が大半だが、魔力を持たない者も一定数は存在する。実際にクラークは魔力を持っていないため魔術が使えない。一方、平民の場合は魔力の無い人間の方が多い。シンシアも魔力を有していないとすれば術を学んだところで無駄骨だ。


「調査を待つ余裕はなかったので院には依頼を出しておりませぬ。此度はネイサンに任せております」

「なるほどな…だがクラーク、残念ながらネイサンに魔力は測れんぞ」

「…とおっしゃいますと」

「有無程度なら朧げにわかるかもしれぬが、正確な量となると魔術院の者か、それと同等の力の持ち主しか測れぬのだ。氷灯はそれなりに多くの魔力を要するが、あの娘がそれに足る量を持ち合わせていなければいくら温めても雛は孵らぬ」

「つまりネイサンは不毛かどうかわからぬまま氷灯を教えていると…」

「そういうことになるな。肝心なのは時間がない中で優先順位をどこに置いたかということだ。灯りを灯すのを最優先にするなら簡易な炎灯を覚えさせれば済む。だが追い詰められた今のネイサンにとっては氷灯が第一優先だったのだろう。一気に難易度は上がるが、炎灯から氷灯へと段階を踏んで教える暇はない…おそらくいきなり氷灯から始めたかもしれぬ」

「それならば彼は書庫番として初動を誤ったやもしれませぬ…これは私の管理不行き届きでございます」

「いや、結論を出すのはまだ早い。要は成功すればいいのだからな。荒技だが、あれはあれの目的を最短距離で成し遂げるためにそれしかないと判断したのだろう」

「……」

「成功しないと思うか?そうかもしれぬ。だがネイサンは今、様々なものと闘っている。果敢にもエインズワースを背負っているのだ。その表れが氷灯だとすれば、その意志は尊重してやりたいと思う」

「そうですか……」

「私は、常々ダークシャーは意志あるものが集う場であってほしいと考えている。その意味ではネイサンの選択は一つの正解だ。だが必ずしもそれが成果につながるとは限らぬ。信じて見守ってやりたいところだが、有事の今そうも言っておられぬ。ネイサンや、あの娘にとって事はあまりにも過酷だ。ここは私が手を貸そう」

「は……」

「クラーク、難しいこともあるだろうが、ネイサンが色々一人で抱えこむことのないように計らってやってくれるか」

「承知致しました」

「うむ、頼りにしている。ところで一つきくが、もしあの娘に氷灯もしくは炎灯すら耐えうる魔力がなければなんとする。ここを管理するそなたの立場もあろう」

「ご配慮痛み入ります。お察しの通り夜半点灯はラッセルズの名景。無灯ともなれば当邸の沽券に関わります。もし術が難しければ、火を使うまで。なに、人界戦術で皆の力をあわせればなんとかなります」

「苦労をかけるな。週末なら私がつけても良いぞ」

「まさか、そういうわけには参りませぬ」


主人に使用人の仕事をさせるなど、執事長として形無しだ。それについてはクラークは頑として譲らなかった。


「わかったわかった。さて、そろそろ行ってやらねばな。私一人で行こう」

「承知致しました。あの二人をよろしくお願い致します」

「うむ」


クラークは深く腰を折り、書庫へ向かうカイルを見送った。

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