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公爵と村娘  作者: azure
11/19

11: Brody

廊下を進むにつれて、香ばしい匂いが漂ってくる。


(パンのいい香り…)


自然とシンシアの足取りは軽くなる。

辿り着いた厨房のスイングドアを期待に胸膨らませて押し開けた。


「おっ、奴さんのお出ましだな」


楽しげな声の持ち主は、料理長のブロディだ。


「ブロディさん、おはようございます。今日も、とてもいい香りですね」

「だろ?」


ニヤリと笑うブロディの胸には小さな金のバッジが輝いている。それは王室御用達の料理人"シェフドール"だけに与えられる栄誉の証だ。シェフドールは王国に数人しか存在せず、並み居る重鎮の中でも若手のブロディは新進気鋭の実力者であった。


「すごい……」


目の前には出来立ての朝食が揃っている。

みるからにふんわりと仕上がったオムレツ、こんがりと焼き目のついたソーセージ、みずみずしい野菜のサラダに色とりどりのドレッシング。他にも、湯気をたてたクラムチャウダー、しぼりたてのミルクやジュースなどがずらりと並ぶ。


「美味しそう…」


目を輝かせたシンシアにブロディは相好を崩すと、オーブンから鉄板を取り出した。


「さあ、お待ちかねのパンも焼けたぞ!今日は5種類だ。シンシア、みんなを呼んできてくれるか」

「はい」


実のところどれもこれもまかないにしては豪華すぎるのではないかと思うが、そんなことはおくびにもださずに返事をする。

たとえまかないであっても手を抜かないところにブロディの美意識が垣間見れるし、ダークシャー公爵家ならこれぐらいのことは普通なのかもしれない。なにより、彼の料理はどれもみな頬っぺが落ちるほど美味しいのだ。


シンシアは料理が冷めないうちに急いで皆を迎えに出た。







わりと広めの厨房には今、所狭しと使用人らが詰め掛けて賑やかに朝食を囲んでいる。

ブロディはそれを満足気に眺めながら、自慢のパンを頬張った。


「ブロディさん」


そんな平和な空気のなか、隣に座ったシンシアがほんの少しの緊張をはらんだ目で問いかけてくる。

ブロディはつい最近来たばかりのうら若いこの娘が少しばかり気負いすぎているようで気に掛かったが、芯はしっかりしていそうなので黙って見守ることにしていた。どのみち自分にできるのは美味い飯を作って元気にしてやるぐらいが関の山だ。


「なんだ、改まって」

「ちょっとご相談があるのですが…」


その神妙な顔つきに、これはまた変わったことを考えているんだろうなとブロディは苦笑しながら続きを促すと、シンシアは言葉を選びながら慎重に口を開いた。


シンシアの話を要約すると、「栄養のあるものをカイルに提供できないか」ということだった。


ブロディは一瞬、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃をうけた。


ーーまさか喧嘩を売ってるわけじゃないだろうな


重鎮のお偉方ならいざしらず、シェフドールであり大貴族ダークシャー公爵家からも名誉料理長として召抱えられているこの自分にそんなことを聞いてくる輩はついぞいない。


ーーしかも、栄養?


自分の料理に何か不満でもあるのかと言いたくなるが、澄んだ瞳で見上げてくるシンシアに他意はなく純粋にカイルを想ってのことだろうと思い直し、忍耐強くきいた。


「シンシア、俺はいつも新鮮なもので料理しているつもりだが、それでは何か足りないということか?」


「えっ、すみません、そんな。ブロディさんの料理に何か言うつもりではないのです。私が申し上げたかったのは薬膳というか、そういう料理があるのかなと思って…」


「薬膳?」


聞いたことのない言葉だ。

元来好奇心の強いブロディは一気に興味をそそられ、今しがたの屈託は呆気なく消え去った。


「はい。ものの本で読んだことがあるのですが、東の国では薬膳というものがあるそうです。それは予防医学の観点で料理されたものということでした」

「ふうん、予防医学か…また難しいことをいう」

「私も詳しくはわからないのですが…なんでも食材にはそれぞれ効能があるらしく、それらを分類して相手の状態にあわせて組み合わせることで身体を養うのだとか」

「なるほど?そんなことは考えたことがなかったな。食材の味をいかに引き立てるかってことなら考えてきたが」

「はい、そのおかげでいつも美味しい食事にあやかっています」

「おいおい、調子が良いな」


ハハッと笑い飛ばしたブロディは、しかしすぐさま腕を組んで言った。


「薬膳、面白そうじゃないか。食材は薬だってことだろ?だが、それだけだと美味さに欠けるような気もする。おそらくだが、味気ないものにならないか?」

「たしかにそうかもしれません。美味しいかどうかまでは考えていなかったので、すみません」

「いや、謝らないでくれよ。美味さにかけては自負もあるし、下手なものはだしたくないだけさ」

「そうですか…」

「ああ、そう気落ちするな。気持ちはわからないでもないんだ。カイル様は確かにお忙しい方だからな。だが考えてもみろ、あのお方に、お身体養生のためには薬膳、なんていってそのまま出してみろ?それこそ不敬罪だ」

「…ふふっ」


顔を顰めながら料理を口にするカイルを想像してしまい、シンシアも思わず笑う。


「だがそうだな。わかった、その気持ちは汲もう。その薬膳ってやつを一度調べてみるか。料理は探究、俺も今の仕事が極まったとは思ってないからな」

「ということは…」

「薬膳のプロにはなれんが、その考え方をとりいれたオリジナル料理なら創ってみようと思う」


「ありがとうございます、ブロディさん!」


どうやらブロディの職人魂に火がついたようだ。シンシアからホッとしたように笑顔が溢れる。


「はっはっは!お前さんは本当にわかりやすいなあ」

「よく言われます…」


何かを思い出したように嘆くシンシアに、またブロディは笑った。

つられたシンシアも一頻り笑ったあと、すかさずメモを取りだした。


「おっ、でたな。そのメモ」


ブロディが構える素振りをする。

もう、と笑いながらシンシアは言った。


「何か私にできることはありませんか?」

「シンシア先生にご質問いただけるのはありがたいこった。そうだな…その薬膳とやらについて詳しく知りたい。東の伝手は探してみるが、お前さんがみたという本を探してきてくれるか。それと、ここの書庫にもいくつか東方の文献があるかもしれん。あればでいいから探して借りてきてもらえるか?書庫のことはクラークに頼めばいい。声はかけておく」


「はい!わかりました」

「張り切ってるな」


いそいそとメモをとるシンシアに、ブロディはまた笑ったのだった。


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