安らぎ
私は、私の安らぎを得ました。
お父様、お母様、私は、ただ一度でいいから優しさがほしかった。ただ一度でいいから褒めてほしかった。
私のことを駒ではなく、家族にしてほしかった。
ですがもう必要ありません。
家族はもう必要ありません。
婚約者様、いえ、元婚約者様、私はもうあなた様の名前やお顔も思い出せません。
家族から与えられなかった優しさを、私はあなた様に求めました。
激しく燃えるような愛はなくとも、穏やかに支え合うことはできると思っておりました。
ですがもう必要ありません。
あなた様はもう必要ありません。
学園の卒業パーティーが始まってすぐ、あなた様は宣言なさいましたね。どなたかは存じませんが、その腕に女性を抱きながら。
私は頭が真っ白になってしまいました。
ですがそこで、私は安らぎを得たのです。
私だけの安らぎを得たのです。
ここは、とても静かです。優しい陽射しと、柔らかな風がどこまでもどこまでも続いています。
真っ白なここは、私の心に安らぎを与えてくれます。
私だけの安らぎを。
だからどうか、私のことはお忘れください。なかったものとしてください。
私もそういたします。
私は、私の安らぎだけがあれば、それだけでよいのです。
ですが……、ですがなぜでしょうか。
最近はここに、花が咲くのです。
真っ白な私の安らぎに、鮮やかな花が咲くのです。
その花を見ていると心が安らぎます。
そして同時に、心が踊るのです。
どうしようもなく、心が踊ってしまうのです。
私の安らぎは、様々な花で彩られました。優しい陽射しと、柔らかな風と、心躍る花の香りがどこまでもどこまでも続いています。
ふとした瞬間に、私の心は飛んで行きます。
愛しい貴方の元へ。ずっとずっと昔に別れた、愛しい貴方の元へ。心の奥底に沈めた貴方の元へ。
私はきっと気付いていました。私の安らぎが、貴方の愛に包まれていることを。
ですが臆病な私は、それを見ることができなかったのです。
私の安らぎに閉じこもっていたのです。
貴方はずっと守ってくれていたのですね。焼け付く陽射しや、吹き荒れる風から。
ですがどうか、もう少しだけ時間をください。どうか私の心が勇気を思い出すまで、もう少しだけ時間をください。
いつかきっと貴方の愛に、私のすべてで飛び込んでいくまで。
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愛しい私の姫、私はいつまでも貴女の側にいますよ。
いつまでも貴女を待ちますよ。
私の愛で貴女を包みましょう。
私のすべてで貴女を守りましょう。
だからどうか目を覚まして。
その目に私を写して。
その手で私に触れて。
その声で私を呼んで。
――おはよう、愛しの貴方。
end
「あなた様」と「貴方」は別の人物です。