共感
翌日、登校して教室に行くと、待ってましたとばかりに月島さんが可愛らしい袋を渡してきた。
「三上君おはよう。これ、ありがとうね、昨日はあったかかったよ」
「うん、おはよう月島さん。あと、その言い方は何か変な想像をする人がいそうだよ」
案の定、教室でそんな目立つことをしている僕たちに、なんだなんだとクラスメイトたちが集まってきた。
「え、翠これ何? 三上君にプレゼント?」
「ううん、昨日三上君にジャージ借りたから洗濯して持ってきたの」
「ちょ⁉ 三上! なんで月島さんがお前のジャージ借りるわけ⁉」
「落ち着きなさい、みっともないですよ」
「そういうのいいから‼」
「はい、すいません。雨で濡れちゃってたので、使って頂きました」
「あったかいって、何⁉ 月島さんがお前のジャージ着たの⁉」
「はい、着て頂きました」
「はぁ⁉ 何それ⁉ 何それ⁉ 羨ましい‼」
みんな面白がってはしゃいでいたけれど、男子は興奮しすぎて少し怖かったです。身の危険を感じた僕だったけど、時間とともに事態も沈静化してくれて、一応命は無事ですんだ。
そうして一段落した教室に乱入してきたのは、何故か茜だった。
「圭! あんた今日は見学に来なさいよ、いい天気なんだから外で……って何それ?」
「あ、茜おはよ~。これはですね。月島さんからジャージを返してもらったのですよ」
「何で月島さんからジャージ?」
「昨日の雨で濡れちゃってたから、貸したんですよ」
「ふ~ん、そ、で、今日は部活来れそうなの?」
「あれ、あんま興味なし? 男女のジャージの貸し借りですよ! なんかこうヒューヒューとかないの?」
「別にそれくらい普通でしょ。私と圭だって何度もしてるじゃん」
「それはまぁ、そうだけど……」
確かに、昔から茜とはジャージを貸し借りしていた。休日もふたりでテニスをすることがあったし、茜は女の子にしては身長も高めで、お互いの服を着ても特に違和感なく着ることができた。けど、それとこれとは何か違うんだよなぁ。わっかんないかなぁ。そんな風に考えていると茜が爆弾発言を月島さんに向かって言ってしてしまう。
「月島さん、圭ね、昔はよく私の服借りたりしてテニスやってたんだよ。変態っぽいでしょ」
「え、そうなの三上君?」
「ちょ⁉ 変態は酷いぞ! 快く貸してくれてたじゃんか!」
「昔からそういう性癖でもあったのかもね、月島さんも気を付けて、もう圭に借りない方がいいかもね」
「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。私は変態でも気にしないよ三上君」
「優しさは、優しさは身に染みるけど、変態は撤回して……」
「それに私は昨日嬉しかったし、また同じ状況になったら三上君に貸してもらいたいな」
「いやぁ、月島さんってホント天使、何回でも貸しますよ」
月島さんの返答に、僕は得意げになって茜を見た。
厳しいツッコミが来るかと身構えていたけれど、茜は何故か俯いたままだった。
「茜?」
「……何?」
「え、いや、なんか止まってたから」
「それより、今日部活、放課後また迎えに来るからね」
「あ、おい……行っちゃった」
なんて慌ただしい朝だったのだろうか、今日はただでさえ苦手な教科が沢山あって少し憂鬱なのに、朝から少し疲れてしまった。もう唯一の楽しみの体育の授業にかけるしかない。
そう思っていたのに、今日の体育は残念ながら見学になった。
残念というからには、僕は体育の授業が好きだった。得意なスポーツ以外は別に上手くできるわけじゃないけど、身体を動かすのは気持ちいい、じっと教室の机に座って受ける他の授業より、それは確実だった。
体育の授業はニクラス合同で行われる。僕のクラスと合同で体育を行うのは、決まって茜や順がいるクラスだった。最近よく会うふたりだけど、部活に行かなくなってからは、ほぼこの体育の授業でしか会うことはなかった。
そんな体育の授業、今日は体育館に集合だった。先生が決めた今日の授業はバドミントン。それを聞いて今日の授業は流石に無理だと諦める。先生も僕の怪我のことは知っていて、参加できそうにないことは分かってくれていた。
大人しく体育館脇に腰掛ける。広いホールには、みんながいくつものポールとネットを運びこみ、コートをつくり始める。半分を男子が使い、もう半分を女子が使用して、みんな思い思いにバドミントンを楽しんでいた。
「隣いい?」
「月島さん、あれ、今日は見学?」
髪を抑えて座っている僕を覗き込んでくる月島さんに、僕は少し横にずれて座るように促した。
「席を温めておきました!」
「それはちょっと嬉しくないかな、今日暑いし」
「あれ……間違ったかな」
そう言うと笑ってくれた月島さんを見て少し安心する。
「今日は女の子の日だから、あまり激しい運動は控えたくて」
「お、おぅ、そんな赤裸々に言わなくてもいいんだよ。なんかゴメン、デリケートは事を」
「別に恥ずかしくないよ、三上君なら変に茶化すこともないと思ってたし」
「う、うん、全面的な信頼が尊い。身に余る思いですよ」
これも普段の行いだな。うん、これからも紳士的に過ごすんだ自分よ!
「三上君は、怪我のせいで?」
隣を見る、月島さんは特に何でもないような事を話ているような感じで、僕ではなく、コートで運動している他のみんなを見ていた。それを見て僕は辛うじて口を動かす。
「……うん、そう。手首がダメになっちゃってるから」
「部活も出来ないんでしょ?」
「そうなんです……けっこう重症でね」
「それって、私だったら辛いなぁ」
「うんうん、前までやってた部活ができないから、なかなかね」
「ううん、そうじゃないよ……」
「え?」
「そんな状態で、自分でもどうしようもないのに、自分が好きなことやってる人達のこと見に行かなきゃいけないなんて、私だったら辛い、目を背けたくなると思う」
昔から身体を動かすことは好きだった。家の中でゲームをするより、公園など外を走り回って遊ぶ方が楽しかった。だから、父さんがやっていたスポーツを一緒にやろうと誘われた時は別に嫌じゃなかった。初めのうちは、ただ父さんに付いて行って適当にするだけだったそのスポーツ。
いつからだっただろう、それが僕にとって大きな存在感を持つようになったのは……。
僕のほとんどを占めていたそのスポーツの大切さに気が付いたのは、怪我をして、もうそのスポーツができなくなった時、それからは辛い日々だった。
やりたい事ができない。それは人生に対して無気力になるくらいには充分な威力で、一番辛かったのは、そんな自分がしたい事を楽しそうにしている他人の姿を見ることだった。
「あ~なんか、こんな気持ち初めて」
「どうしたの急に?」
「いや、月島さんって凄いね! ホント共感‼ 分かり合えるって素晴らしいね、なんか久しぶりに晴れやかな気分」
「そう? 大げさな気もするけど元気になってくれたみたいで安心した」
「え? 元気なかったかな?」
「うん、朝、高梨さんが部活に誘いに来てからずっとね」
「あははぁ……考えてくれてるのかなっては思うんだけど、見に行くのも辛くてね」
「それはそうだよ。私だってもし、料理ができなくなって、他のみんなが料理を作るところだけ見に来いって言われたら絶対ヤダもん!」
なんだか僕の代わりに怒ってくれているみたいな月島さん。朝の少し強引な茜の様子を見て思うところがあったみたいだ。ちょっと考えすぎかもしれないけど、僕はそんな彼女の様子に少し救われた気がした。本当に分かってくれてるような気がして、
「月島さんってさぁ、けっこう過激だよね?」
「あれ~いいの? そんなこと言って、せっかく分かり合えたのに?」
「いや、過激な月島さんサイコ―ってことだよ? ホントに」
「ふふ、焦りすぎだよ三上君」
慌てる僕を見て笑う月島さん。そんな彼女の笑顔に僕もつられて笑った。ひとしきり笑ってすっきりした時――
――ふと、視線を感じた。気になってそちらを見ようとした時、コートから悲鳴が聞こえてきた。




