相合傘
強く降り続ける雨の仲、僕は女の子と相合傘をして帰っていた。
「これって凄くない?」
「何が?」
「女の子と相合傘して帰るってシチュエーションが」
「モテキかもね」
「やっぱり、そうなんかなぁ」
……はい、そんなわけありません。月島様がお優しいだけなのです。傘を忘れて困っていた僕に救いの手を差し伸べてくださった女神様は、適当に僕の話に合わせてくれていた。
「月島さん! 大丈夫? 濡れてない?」
降りしきる雨の中で僕は少し声をはった。控えめに見えても、誰もが強いというだろう勢いのある雨の中だと、一つの傘の中で密着していても、若干お互いの声が聞き取りにくい。
「私は大丈夫、ていうか三上君結構濡れてない? 大丈夫?」
「だいじょーぶ、大丈夫! こういう時は、女の子の方に傘を寄せて、自分の肩が濡れるけど、それに気付いた女の子が、キュンキュンしちゃう展開だから」
「あはは、別に恥ずかしがらなくていいのに、ちゃんと三上君の優しさ、伝わってるよ」
「っ……」
不意打ちである。一瞬にして主導権を持っていかれてしまった感がある。顔が熱いのです。きっと赤くなっちゃってるけど、こんな状態では隠しようがない。
「あの、月島さん……あんまり揶揄わないで」
「ごめん、ごめん。でも揶揄ってないよ、ありがとうね三上君」
「いやいや、傘に入れてもらってるのは僕だし、むしろありがとうございます」
「いやいや、それこそ気にしないで、もし私が忘れた時は頼むね」
それってまた相合傘できるってことなのでは、と考えて浮かれすぎている脳内をリセットしながら「よろこんで!」と僕は気持ちのいい返事をした。
最寄り駅に着いた僕たち、水滴を払いながら、これでボーナスタイムも終了かと名残惜しい気分に浸っていると、そういえば月島さんとは家が近いらしいという情報を思い出した。そこで、降りる駅が同じか聞いてみる事に……。
「そうだよ。一緒だよ」
「やっぱり⁉ でも今まで登校中とか見たことないよ」
「三上君、結構ギリギリで来るから、私は早めに来るし、昔は朝練でもっと早く来てたんでしょ?」
「う、うん。今はもう早起きが辛くてですね」
とまぁ、そういう理由で僕は今まで月島さんとは電車がかぶったことはなかった。月島さんとふたりで立つホームは、初めてで、もう一年以上通っていて、今まで会わなかったことを考えると、その感覚はなんだか不思議な感じがした。今僕は、貴重な経験をしているのだ!
この状況を楽しまねば損である。そう思った僕は月島さんともっとお話しをしようと彼女に向き直って、衝撃映像に固まってしまった。
濡れた髪をハンカチで拭いている月島さん。その姿は、普段の一見可愛らしい彼女とは違って、はっきり言うと、色っぽかった。
だけど! けっして僕はそこに見惚れたわけではないのです! もっと衝撃を受けることがあったのです!
僕は慌てて鞄を開け、目当ての物を探す。いきなり隣でゴソゴソとしだした僕に月島さんは不思議そうな顔をして問いかけてくる。
「どうしたの? なにか忘れ物?」
「い、いや、そうじゃなくてね、こ、これ!」
目当ての物を見つけた僕は、鞄からそれを勢いよく引っ張り出して月島さんに見せた。
「ジャージがどうかしたの?」
「月島様、月島様、どうか気持ち悪いとおっしゃらずにこれを羽織って頂けないでしょうか? もしくは何か羽織るもの持ってたら、断然そっちで」
「羽織るものはもってないけど?」
可愛らしく首をかしげる月島さん。急に僕がこんな行動をした理由がわからずに、戸惑っているようだった。それはそうか、でも口で言うのは、なかなか勇気がいる。
「その……背中がですね、だいぶ刺激的です」
「え? 背中?」
駅までの道中、僕は月島さんが濡れないように気を付けていたつもりだったけど、見えない背中は盲点だったみたいで、結構な勢いで濡れてしまっていた。
あの雨ではまったく濡れないほうが無理な話だったとはいえ、これはマズいですよ。
濡れて背中にピトッとくっついている制服のブラウスが、透けてしまい、下着の肩ひもとかが見えてしまっていた。色までしっかりと自分の目には焼き付けたけど、自分のことは棚に上げて、他の人には隠さないといけないと強い使命感をもった僕だった。
「うわぁ、けっこう濡れちゃってるね。下着見えてるなぁ」
「み、見えてるんだけど、なんでそんな冷静なの?」
「だってよくあるよ、割と……雨降ったらよく見るでしょ?」
「よく見るでしょ? とか聞かないで」
「でもまぁ、流石に電車は恥ずかしいし、ありがたく借りるね、ジャージ」
「え? あ、僕のでホントにいいの?」
僕の情けない疑問には答えずに、ジャージに袖を通していく月島さん。小柄な僕のジャージではあるけれど、月島さんには少し大きかったようで、袖からは指が辛うじてでるくらいだった。
なんか、超絶可愛い。
「ふふ、あったかい……なんか三上君の匂いがするね?」
「……そ、それは反則だと思う、月島さん」
自分から提案しておいて、僕のジャージを着ている月島さんを目の前にすると、なんだか胸がドキドキした。臭いとか、ダサいとか言われなくてよかった。
その後はふたりでそれなりに混んでいた電車に乗り、立って家の最寄駅まで向かった。最寄り駅についてもまだ、当たり前のように降り続いている雨。もう諦めた。傘を広げて月島さんと無言で頷きあう。
ただ、ここからは少しややこしい、いくら最寄り駅が同じでも、家の方向が違うと相合傘はしていられない。駅で傘買えよ! と思われるかもしれないが、僕は出来ればもっと女の子と相合傘したいのだ。
「それで、月島さん。家はどっちの方?」
「あっちの方」
「うっそ⁉ 一緒!」
月島さんが指さした道は僕がいつも通っている道だった。これもうなんて運命⁉ 興奮しそうになり、それでも一旦冷静に考える。先にどの辺かだけ僕の家を伝えておけばお互い帰りやすいのではないだろうか?
「月島さん、僕の家ね、この道ずっと行くと橋があるでしょ。橋の向こうにコンビニがあって、そこのすぐ近くなんだけど」
「え、知ってる知ってる! 私の家もそのコンビニ近いよ。よく買いにいくし」
「ま、マジ⁉ いよいよホントに家近いんじゃない?」
「ふふ、そうみたいだね」
月島さんとふたりで、いつもは一人で帰っていた道を進んでいく、話に出た橋を渡り、コンビニが見えてきたところで、僕の家も見えてきた。
話では月島さんのお家もこの辺のはずで、流石に家の場所までは知られたくないだろうと思った僕は、コンビニで別れることにした。
「月島さん、僕の家あれ、コンビニ近いでしょ」
「あ~あそこかぁ。ホントに近いね」
「ね、というわけで今日はありがとうございました。月島さんのお家までストーカーしないように、先に走って帰るね」
「別に気にしてないよ、家まで送ってあげる。ちなみに私の家はあそこね。あの青い屋根の家」
そう言って躊躇なく月島さんが指さしたお家は、僕の家の通りの、もう一つ向こう側の通りで、少し離れてはいるけど何度も見たことがある家だった。
これは、マジで近い、ホント、今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。そんな感じで考えながら歩いていると、もう自分の家の前まで来てしまっていた。
「はい、到着しました」
「あ、家まで送る?」
「大丈夫、すぐそこだよ。何ならあの角曲がるまで見送ってくれてもいいけど」
「お見送り致します!」
「ふふ、ありがと、それとジャージは明日洗って返すね」
「あぁ、そうだった。わざわざご丁寧にどうもありがとうございます」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日。気を付けて帰ってね」
手を振って離れて行く月島さんを見送る。角を曲がって見えなくなる直前に彼女は一旦振り向いて、また僕に向かって手を振ってくれた。
月島さんが見えなくなってから家に入る。自分の部屋についてすぐ、僕は枕に顔を埋めて足をバタバタした。手を振ってくれる月島さんが可愛かったので、胸がキュンキュンするのです。
そんなことをしていると、スマホがなって、慌てて確認したところ、
『シャワー浴びた方がいいよ。風邪ひいちゃうと大変だから』
なんて月島さんからメッセージが届いていて、それを見てまた僕は枕に顔を埋めたのだった。




