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嘘をついてごめんなさい  作者: 美濃由乃


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7/14

ふたりの姿


 思い返せば今日は、朝からどんよりとした天気だった。

 家を出てすぐに、空が暗いことは気になったけど、直前に見たテレビの天気予報では、今日の天気は曇り。降水確率は40パー、そう考えながらも歩き続けていた僕は、すでに家から若干離れ気味だった。


 傘を取りに戻るか、そのまま突き進むか……僕が導き出した答えはもちろん、そのまま突き進むだった。

 だって、ちょっとギリギリに出すぎてたから、戻ったらいつもの電車に間に合わないし、一本乗り遅れると、最寄り駅についてからも急がないといけなくなる。朝からそんなバタバタは嫌だったんだ。


 それに、天気予報さんは言っていた。今日の天気は、曇り! 僕はそれを信じることにしたのだ。信じる者は救われるのだ。


「あ、雨だ」


 誰かが言ったその言葉に、授業中だったクラスは先生を含めて全員が外を見た。


 初めは何も見えなかった。そのうちに窓ガラスに水が付き始め、少しすると落ちてくる雨が、線になって見えるようになってきた。ザーッと音を立てて落ちてくる雨からはやる気を感じる。これは、今日一日中振り続ける! という強い意気込みを持っているかのようだ。


  そんなやる気の雨が降っている外を眺めて、僕の心はどんどんと急降下していった。だって、天気予報が言ってたのに、今日は曇りって言ってたのに! だから僕は今日……


「……傘、持ってきてないし」


 隣の席から視線を感じた。月島さんも僕の向こう側にある窓から外を見ているんだろう。チラっと見てみると、なんだか彼女は嬉しそうな表情をしていた。きっとしっかり者の月島さんのことだ。僕と違って傘は持って来ているのでしょうね。


 余裕の表情の月島さんを見て、僕は自分とできる人の違いは、こういう所だぞと自分に言い聞かせてあげたのだった。




「よ、前座るわよ」

「あっれ、今日も学食? 茜は弁当派閥じゃなかったっけ?」

「何その派閥?」


 昼になっても相変わらず振り続ける雨。憂鬱な気持ちで心がいっぱいだった僕は、せめて何か明るい気持ちになりたいと思い、今日も購買のパンではなく、学食で食券を買っていた。


 いつもより豪華なお昼を食べて、気分を回復させよう作戦! だったけど、結局あまりお金がないから、昨日と同じで、一番安いかけうどんを買うしかなかった。うどんは美味しいけど余計に悲しみが溢れた。


 涙目でうどんを食べているとやってきのは、茜だった。

 一年の時、茜は毎日お弁当を持って来ていたのは覚えている。昨日といい、今日といい、学食に食べにくるところなんて、前までは見たこともなかった。


「いや、一年の頃はお弁当だったじゃん?」

「最近ちょっとね、それよりさ……今日はいないの?」


「? 僕? ここに居るけど?」

「違うわよ! 見ればわかるわ! ……月島さんよ」


 何故か小声で月島さんの名前を呼ぶ茜、俯いて恥ずかしそうに話す茜はまるで、恋する乙女みたいだった。


「月島さんに会いたかったの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……昨日は一緒にお昼食べてたじゃない?」


「だから昨日は月島さんお弁当持って来なかったんだって、今日は普通に持ってた」

「そ、そうなんだ……た」


 そう、昨日はたまたま、月島さんがお弁当を持って来なかったから一緒にお昼を食べれたわけで、今日は普通に教室で女の子たちと机をくっつけておりました。


「はぁ、今日も月島さんお弁当持って来なきゃよかったのに、女の子と一緒のお昼が……」

「おぃ、私じゃ不満か、ん? 目の前にいんのは女の子だぞ」


「……う、嬉しいなぁ。女の子と一緒のお昼とかさいこー」

「棒読みが気に入らないんだけど」


 僕は自分の失言を、なかったことにしたくて、うどんを無心ですすった。そんな僕を見ておかしそうに笑う茜、随分と楽しそうに笑うもんだから、僕もつられて笑ってしまう。


 懐かしかった。前はよくこうしてふたりでふざけ合っては笑いあっていた。登校中も、休み時間も、部活の時も、いつでも僕の隣には茜がいた。


 ……でも、それは昔の事だ。今の僕は部活をしていない。あの怪我から、僕は茜が期待している僕じゃなくなった。だからきっと……


「ねぇ、圭。今日も見学来るよね?」


 急に変わった茜の様子。先ほどまでの楽しい空気はなく、こちらを伺うような、心配するような、そんな気遣う様子がよくわかる。きっとそれは茜の優しさ、それはわかるけど……僕にはそれが、嫌だった。


「ん~今日はパス」

「……何でよ」


「ふふふ、暇人だと思うなよ、僕にだって用事があるのです!」

「用事って?」


「そ、それはプライバシーなので」

「何それ、てかホントに用事なんてあるの?」


「あ、あるよ! まったく失礼しちゃうよ。それに、どうせ今日は雨だし、外は無理だから筋トレでしょ」

「う……まぁ、そうなると思うけど」


「それだと見学してもね~。ってことで僕食べ終わったから、じゃね~」

「あ、ちょっと! 圭!」


 僕はうどんを口にかき込んで、逃げるように席を立った。茜の優しさが、なんだか無性に嫌だった。


 昔はいつも一緒にいて、ふたりでふざけ合っては笑いあっていた。登校中も、休み時間も、部活の時も、いつでも僕の隣には茜がいた。


 でも、それは昔の事だ。今の僕は部活をしていない。あの怪我から、僕は茜が期待している僕じゃなくなった。だからきっと……


 きっと茜は順と……今、茜の隣にいるのは僕じゃない、自分でもよくわからないけど、昨日一年生から聞いた噂が、心にこびりついて離れなかった。




「……」


 放課後、昇降口から無言で外を眺める。

 相変わらずの雨だ。僕の目にも、しっかりと線になって落ちていく雨が見える。雨は地面にバチャバチャと痛そうな音を立てていて、午前中から変わらぬ勢いを維持していた。


 僕に傘はない。今日は丁度掃除当番の日だった。いつもなら割と簡単に済ませる掃除も、どうせ帰れないからと念入りにやった。同じ当番のみんなも部活が筋トレになるから遅れて行きたいと、熱心に掃除をしていた。


 おかげで教室はピカピカである。掃除が終わり、みんなが遅れて部活に行ったあと、流れで一緒に教室を出た僕は、昇降口で、まだ勢いよく降る雨を見て凹んでいた。僕に傘はない。


 少しでも雨が弱まらないかと、昇降口で外を眺めていたけれど、まったく変わらない雨の勢いに、仕方ないから駅まで走るかと、最終手段を考えていた時、


「傘がないなら、私のに入る?」と女神の声が聞こえてきた。幻聴かと思って振り返ると、そこにいたのは月島さんだった。


「月島さん、今帰り?」

「そ、今日の部活はメニュー決めだけだったから」


 そう言って月島さんは鞄から少し料理の本を出して見せてくれた。何を隠そう月島さんは料理部の部長さんである。流石の女子力である。料理部は毎日活動するわけではないが、月に何度か家庭科室を借りて料理の練習をするのだそうだ。


 放課後にエプロンをした女の子たちが、家庭科室でキャキャウフフしている楽園の想像は、「少ないけど、男の子もいるよ部員」という月島さんの言葉ですぐに砕け散った。というか、月島さんのエプロン姿が見れるなんて、羨ましいな男子部員。


「それより、傘がなくて帰れなかったんなら、私のに入って帰る?」そう言って月島さんは傘立てから、可愛すぎない模様の入ったビニール傘を取って見せてくれた。細かいところでオシャレだなぁとちょっと感心する。


「それは……とってもありがたいんだけど、月島さん濡れちゃうかもよ?」

「別に気にしないよ、この雨じゃ、どっちにしろ少しは濡れそうだし」


「それじゃあ、相合傘だね! 明日、僕たちのこと噂されちゃったりして!」

「私は三上君となら噂されてもいいよ。三上君は嫌?」

「……」

「……」


「まったく嫌じゃないです。傘は僕が持たせて頂きます」

「ありがとー! じゃ、帰ろう」


 降参である。まったく勝てる気がしない。首を傾けて微笑む月島さんは可愛くて、女神は本当にいるんだなぁと僕は感慨深い気持ちで傘を受け取った。




☆☆☆☆☆☆



「うわーキツイ‼」

「頑張れ! あとワンセット!」

「女子部員は腹筋始めて―!」


 廊下にテニス部員たちの声が響く、あいにくの雨は午前中から降り続き、放課後になっても止む気配はなかった。


 雨が降ると外でコートを使った練習はできなくなる。部員たちは嫌々そうに筋トレに励んでいた。


 そんな中で高梨茜は、丁度窓から見える昇降口を見ていた。いや、正確には昇降口の軒下で困り果てて立ち止まっている、ある男子生徒を見ていた。


 傘を持って来ていないのか、雨が降っている様子をただ茫然と見ている。茜にはその男子生徒の思考が読めるような気がした。きっと、降らない方にかけて傘を持って来なかったそれで今後悔しているのだろう。そういうところは昔から変わらない、茜は昔を思い出して笑った。


 傘を貸してあげたら、彼はまた自分の元に戻ってきてくれるだろうか、なんて茜がそんな風に考えた時だった。


 男子生徒に近づいていく、一人の女子生徒がいた。


 いかにも女の子らしく可愛らしい彼女は、そのまま男子生徒と話始め、ふたりで一つの傘に入って雨の中に繰り出した。


 雨に閉ざされた静かな世界をふたりが歩く、それはまるで、世界にあのふたりだけしかいないように思える光景。茜は思わず、ここに自分がいることを叫んでしらせたくなった。


「……用事ってそれかよ」


 自身の口から出てきた言葉に、茜は自分でもこんなに声が低かったかと驚いた。けれど、その目はしっかりと雨の中に消えていくふたりの姿を追い続けていた。

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