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嘘をついてごめんなさい  作者: 美濃由乃


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「おいみんな! 圭が見に来たぞ!」順の声に反応して驚いたテニス部員たちは、それはまぁ、まばらだった。「おお! 久しぶりだな!」なんてなるのは同級生の部員だけ、半分くらいの部員はポカーンとした顔をしている。


 それもそのはず、僕が部活に行けなくなったのは、一年の時だ。その頃一緒に部活をしていた先輩たちは今は引退しているし、今年入部してきたであろう一年生たちとは一度も部活を一緒にしたことがないのだ。ポカーンともするわけである。誰だあれ? ってなるわけである。


 それでも同級生たちは懐かしいようで、みんな集まって来てくれたし、隣のコートで練習していた女子部員たちも気付いたようで、こちらに来てくれた。


「圭ちゃんじゃん! え、なに練習できるの?」

「いや、無理無理、見学だけ」

「俺、圭とまた打ちたいなぁ」

「今はもう相手にならないよ僕」


 なんやかんや反応は上々だった。順の話ではみんな興味なさそうって事だったけど、一応はこうして集まってきてくれて、みんな優しいところあるじゃん。お世辞でも嬉しいです。


「圭! やっと来たんだ! もぅ、やる気出すの遅すぎ!」茜がすごい勢いで、みんなの壁を割って入ってきた。よくわからないけど興奮してるみたいで息の荒い茜に、肩を掴まれてぶんぶんと揺らされる。


「や、やめて、酔うから……ん?」

「え、な、何?」

「いや、なんかいい匂いするけど、制汗スプレー?」

「そ、そうだけど、それが何よ?」


 なんだか、かなり慌てている様子の茜、単純にもう帰り支度でもしていたのかと、気になっただけなのだけど、その理由は他の女子部員が教えてくれた。


「茜ったら、今日圭ちゃんが来るって聞いて、慌ててスプレーしに行ってね」

「ちょ、ちょっと! 余計な事言うの禁止!」

「何もそんな気にすることないのに」


 みんなで笑いあう、茜も恥ずかしそうにはしていたけど、どこか楽しそうで、昔、まだ部活をしていた頃に戻ったような、そんな気分になった。



「なぁ圭、今日は見学だけだろ、あんま練習の邪魔しないでくれよ。ほら、みんなも、練習開始!」


 ちょっとしたノスタルジックな気分も、順の大きな号令で吹き飛んだ。イライラした様子で指示を飛ばす順。大声で指示されて、みんなも足早にコートに戻っていった。僕も練習の邪魔をする気はない。黙ってコートの外に出ることにする。


 コートに来る間に聞いたけど、順は今部長で、部を強くするために、それは大層頑張っていらっしゃるそうで、厳しく練習しているのだとか、先ほども僕が来たせいで練習が中断してしまったことが嫌だったのだと思う……何故連れてきたし。


 僕を連れてきた順は、特に何もこちらに言うこともなく、黙々と練習を続けている。僕はすっかり蚊帳の外、このまま帰ってもいいかと思ったけれど、一応顧問の先生が来るまで待ち、挨拶だけして帰ることにした。


 暇になった僕は適当にコートの外にあるベンチに腰掛けて、みんなの練習風景を眺める。コートで練習している同級生たちは、みんな一年前とは比べ物にならないくらい上達していた。コートの外ではまだ入部したての一年生たちが素振りをしながら、羨ましそうにコートで練習する上級生たちを見ていた。頑張れ一年生、初めはそんなものなんだ。


 懐かしい気持ちで練習を眺めていたけれど、途中からある光景が目につくようになった。順がやたらと女子のコートにも干渉している。というか茜に……。


 茜がいいショットを打つと「ナイスショッ!」と言ってあげるくらいならまだ普通だったけど、わざわざハイタッチしに行ったり、肩に手を置いたりしていて、友達ながらに少し気持ち悪いと思ってしまった。


 女子のコートは僕がいる側からは遠く、茜の表情までは見えないから何とも言えないけど、もし茜が嫌がっているのだとしたらセクハラで訴えられそうだ。そして自分がいいショットを打つとやたらと僕を見てくる。その度に拍手をしてあげたけれど、なんとも鬱陶しかった。


 若干引き気味で練習を見ていた僕に「あの、三上先輩ですよね?」と後ろから可愛らしい声がかけられた。振り返ってみると、そこにいたのは一年生の女の子、どこか見覚えのある子だと思った。


「あ、もしかして中学同じだよね? 女テニにいた……」

「は、はい! 覚えててくれたんですね!」

「もちろんですよ、お久しぶりだね」


 見たことがある顔だと思ったら、話をしたことはないけれど、確かに中学の時テニス部にいたのは覚えている。向こうも僕の事は覚えていてくれたみたいで、わざわざ挨拶をしに来てくれたようだ。いい子だ。丁度いいので僕はこの一年生に最近の部活動のことを聞いてみることにした。


「ねぇねぇ、順ってさ、いつもああやって女テニに干渉してるの?」

「えっと、割とそうですね」

「そうなんだ。女テニは別に気にしてないの?」

「少し、嫌みたいに言ってる先輩はいました。けど……」


 一年生はそこまで話すを言葉をきった。言ってもいいものか悩んでいるようだったけど、僕は気になったので促してみることにした。


「けど?」

「えっと、金木先輩は、高梨先輩と付き合ってるらしくて、それで高梨先輩にだけ絡みにくるそうです」

「……え、マジ⁉」

「あ、えっと、あくまでも噂で、本当かどうかまでは……」


 本当だとしたらなかなかに衝撃の事実だ。僕がいなくなってから、ふたりの仲がそんなことになっていたなんて、ふたりから聞いたことはもちろんない。それに、今日の朝も茜は順にけっこう冷たい感じだったから、まったく想像もしていなかった。あれは……実は茜の演技だったのか?


 もう少し詳しく話を聞こうとすると、いきなり茜が怒鳴りながら駆け寄ってきた。


「そこの一年! 素振りサボってないでしっかりやって!」

「は、はい! すみません!」

「お、おい、茜、そんな怒んなよ。この子ほら、中学の後輩の、茜も知ってるだろ? さわざわざ挨拶をしに来てくれただけなんだよ」

「圭も! 一年の女の子にちょっかい出さない!」

「マジ出してないです。信じてください」


 すぐにその場を離れて素振りに戻る一年生。見届ける茜は厳しい目つきをしていた。


 自分だって部活中にイチャイチャしてるじゃないか! って言おうとして……何でこんなに嫌味なことを思ったのか、自分でも少し不思議だった。


「茜さ……」

「何よ、私は先輩として注意しなきゃいけないんだから仕方ないでしょ」

「……ん、お勤めご苦労様です」


 僕の言葉に納得したようで、満足そうにコートに戻っていく茜。


「順と付き合ってるってホント?」と聞こうと思っていたけど、どうしてか僕の口はひらかなかった。


 そのうちに、茜の背中はどんどんと僕から離れていった。


 さっきは順に練習を邪魔するなと怒られ、今度は茜に怒られてしまった。見学に来いと連れてこられて、この仕打ちに少し理不尽なものを感じながらも、これ以上練習の邪魔をしたくないと思い、僕は静かにベンチを離れた。


 顧問の先生への挨拶は今度でいいだろう……離れていくコートでは、部員たちが集中して練習を続けている。


 校舎の影に入る時、少し振り返った僕に見えたのは、熱心に練習する部員たちの中で一人、こちらを見ている順の姿だった。


 その時、順がどんな顔をしていたのか……僕には遠すぎて見えなかった。

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