今の友達
「よ~し、じゃあこの問題は、三上、解いて」
「……先生」
「何だ?」
「45分、時間をください」
「45秒、時間をやろう」
ただいま数学の授業中、この先生は本当に、質が悪い。今だってボケーっと窓の外を見てた僕に気付いて指名してきたんだろう。ニヤニヤ笑ってこっちを見ている。性格悪いよ、ほんと。
自分が授業に集中していなかったことを棚に上げて、先生を非難することに夢中になっていると、隣の席の子が小さく咳払いをした。反射的に隣を見ると、ノートが随分とこちらに寄せられていて、端に大きく計算式と答えが書いてあった。
横目でチラチラとノートを見ながら、計算式を急いで書き写す。隣の子は、僕が見えやすいように、書き終わるまでノートをそのままにしてくれていた。
「はい45秒! 三上、前に来て解いて」
「あー分かんないなー、全然分かんないなー」
棒読み演技でも先生は騙せるみたいで、相変わらずニヤニヤしていた。そんな先生をもっと喜ばせてあげようと「まったく分かんないなー」と言いながら、写した計算を黒板にスラスラと書いていく、しっかりと答えまで書き終わった時には、ニヤニヤしていた先生は、梅干しでも食べたような変な顔をしていた。
「え~なんで解けたんだよ~、窓の外みてたじゃんかよ~」
「普段から先生の教えがいいから、僕にも基礎が身についてたんですね。流石です先生」
「え、そう?」
嬉しそうな先生をそのままにして席に戻る。途中で隣の女の子を見ると、目があい、彼女は机の下で小っちゃくピースしていた。僕も先生に見えないようにピースした。
「え~この度は誠にありがとうございました」
「ふふ、別にいいって、私あの先生好きじゃないんだ」
そう言って笑っているのは、僕の隣の席の女の子。名を、月島 翠さんと言いまして、一見可憐な女の子です。
少し茶色がかった肩まで伸びた髪。前髪はサイドをピンでとめている。目は大きくて可愛らしい。よく活字が沢山並んだ本を読んでいて、読書をしている姿は、大人しそうで儚げな印象の彼女にピッタリだと思う。
まぁ話てみると案外、気さくな人だった。先生の事を普通に好きじゃないって言ってみたりして、最初に思ったお嬢さまっぽいイメージは、今はまったくない。
「もっとこう、強気に出てさ、先生をこう、跪かせる感じで」
「月島さんは僕をどうしたいんだろうね?」
見た目に反して過激派なところもあります。そんな月島さんとは、実は小学校から同じ学校に通っている。昔から少しは話をする仲だったけど、高二になって同じクラスになった今が一番話をするようになったと思う。
「三上君は、小柄でそんな可愛らしい見た目でしょ」
「確かに身長低いですけどね、可愛らしいっていうのは、月島さんみたいな女の子に使う言葉でね」
「あはは、ありがとう! でね、そんな可愛らしい三上君が、大人の先生に強気に出るの、どう? ギャップ凄くない?」
……僕の渾身の可愛い返しが流された挙句、なにやら変な妄想に使われていました。
「僕には清楚な感じなのに、そんな事言っちゃう月島さんの方にギャップを感じる」
「清楚って男の人が見てる幻だと思う、そんな子実際いないよ」
「世知辛いんですよね~世の中って」
うんうんとふたりで頷きあう。休み時間は割といつもこうだ。席に座ったまま月島さんと話をすることが多い、部活関係なく気軽に話せる昔からの知り合いは貴重な存在だ。
「三上君もそういう大人しそうな女の子が好きなの? そんなイメージはないんだけど」
「お、そうですなぁ。やっぱり元気で明るい女の子がいいかな! 一緒にいると楽しい、みたいなね」
「あ、そこまで真剣に答えてもらわなくてもよかったよ」
「すいません」
……悔しいです! どうせ興味は持たれてないですけど、恥ずかしくも一生懸命好みのタイプを語ったのに、流されました。どうにかして反撃したい僕は、苦しまぎれに同じ質問をぶつけてみることにした。
「そういう月島さんは? どんな男の人がタイプ?」
「私は三上君がタイプ」
「……」
「……」
「負けました。一瞬ドキッてしちゃった」
「絶対私にも聞いてくると思ったから、用意してました」
完全に彼女が上手である。僕は潔く負けを認めるのだった。