嘘をついてごめんなさい
最後は月島翠視点です。
小さな頃から好きだった。
幼い頃の私は身体が弱かった。その影響で今でも運動はあまり得意じゃない。本当に小さい頃の遊びなんて、公園で走りまわるくらいだったけど、それが出来ない私はみんなから邪魔にされていた。あの頃の日々は、苦痛だった。
子供は無邪気で残酷だ。みんなと同じ事ができないだけで、私は仲間外れにされるところだった。
けれど、そうはならなかった。
「僕と一緒に中で遊ぼう! 何が好きなの? 絵本かな? それともおままごと?」
差し出された小さな手は、どこまでも大きく見えて、優しく微笑む笑顔は今でも目に焼き付いて離れない。
優しい圭君からしたら、覚えてもいないただの日常だったのかもしれない。
それでも、私にとっては、人生の転換期だった。
あの時、差し出された手をつかんだから、圭君がいたから、圭君が私を庇ってくれて、みんなのことも説得してくれたから、私は幼少期にトラウマを負うことはなかった。
圭君は活発な男の子だった。外で楽しそうに遊んでいる姿を見ると、本当に身体を動かすことが好きなんだと思った。それなのに、私に合わせて何度も遊んでくれた。それ以来、優しい圭君は私のヒーローだった。
今思えば、あの頃の私は消極的すぎた。恥ずかしがって圭君に話しかけるのを止めてしまったり、一人で勝手に意識して、名前で呼ぶこともできなかった。今でも本人の前では三上君って呼んでる。
私が内気だったせいで、小学校の頃は圭君との仲は何も変わらなかった。挨拶を交わす程度の特に印象に残らない存在、それが圭君にとっての私の印象だったと思う。
あの時は、まだそれでもよかった。
圭君の目には、私が映っていないけど、私はいつも圭君を見て過ごしていた。
それだけでも私は幸せだった。
私がこのままではいけないと思ったのは、中学になってからだ。
中学が始まってすぐに転校してきた女の子、高梨茜。
初めは何の特徴もない、目立たない存在だった。新しい環境にもなじめずに一人で過ごすことが多かった彼女。そこに手を差し伸べたのは、圭君だった。
優しい性格で、昔は私のことも助けてくれた圭君は、きっと寂しそうにしている高梨さんのことも放っておけなかったんだと思う。
さすがは圭君だなぁ、なんて悠長にしていたら、高梨さんはどんどんと変わって行った。明るくなったし、圭君と同じ部活に入ってどんどんと成長していく、自信がついてからは、見た目にも変化が出て、背が伸びたことでより魅力的になった。
圭君の傍には常に高梨さんがいるようになった。
私が望んでいた場所に、遠慮なく居座る彼女。私は段々と我慢できなくなっていった。私の方が先に助けてもらったのに、二番目の人に今は場所をとられている。
取り返したかった。
でも、現状に甘んじていたその頃の私にできることはなかった。できるのは、楽しそうにしている二人を遠くから眺めるだけ、屈辱だった。
悔しかった私は、変わることを決意した。
当然、諦めるつもりはなかった。
自分の魅力を高めたくて、勉強やお料理、自分の得意なことは積極的にこなして腕を磨き、おしゃれも動画とか詳しい人に教えてもらって一生懸命勉強した。焦る気持ちもあったけど、それでも耐えて私は変われるように努力した。
そんな状況が変わったのは、高校生になってからだった。
高校に入ってすぐ、圭君は怪我が悪化して部活に参加できなくなった。初めは落ち込んでいる圭君を見て、私も泣きそうになった。けど、圭君が部活から離れるにしたがって、高梨さんと一緒にいる時間も減っていったことに気が付いて、私はすぐに行動を起こした。
少しずつ、少しずつ、私は圭君の中に入って行った。
これまで頑張ってきた学力や、高校になってから変えたおしゃれの仕方も無駄にはならなかった。
今では私が、圭君に一番近い場所にいるという実感が持てた。
ただ、やっぱり高梨さんは邪魔だった。
私と圭君が二人でいると必ず現れる。「圭はデリカシーがない」「圭のことは私に任せて」と、圭君のことをわかったような事を言って、事あるごとに二人の時間を邪魔してくる。そうして圭君を部活に連れて行こうとする。
まったく圭君の気持ちを考えない自己中心的な人。自分の行動がどれだけ圭君の負担になっているのかなんて、考えてもいないのだろう。
はっきりと不快だった。
あなたの時代はもう終わったというのに、いい加減にしてほしい、これからは圭君の隣は私のものだ。私は、高梨さんにわからせるために、次々と行動を起こしていった。わざとお弁当を忘れて圭君と一緒にお昼を過ごしたり、圭君の帰りを待って一緒に相合傘までした。
それでも高梨さんは、諦めるどころか最悪な手まで使って圭君を取り戻そうとしてきた。
圭君の優しさに付け込んで、自分で怪我をすると脅したのだ。
私が直接聞いたのは、少し後になってからだったけど、体育の授業であの女が怪我をした時、私は可笑しいと思った。運動神経のいいあの女が、本気でもない運動で怪我をするだろうか、しかも、私と圭君が話しをしていたタイミングでだ。
少し疑問を感じた私は、そのまま二人の様子を観察して、圭君に肩を貸してもらって起き上がったあの女が、私を睨みつけてきた段階で、すぐにわざとだったと確信した。
不快な人だとは思っていたけれど、ここまで頭がおかしな人だったとは、正直想定外だった。
それからは毎日、頭のおかしな女に部活へ連れて行かれることになった圭君。圭君が嫌がっているのは明らかで、私はなんとか助けてあげたかった。
「待って、高梨さん」
「……何、月島さん」
向こうは敵意を隠そうともしない、他の人達もいるのに、なりふり構わず怒鳴り散らし、暴力をふるうことさえ躊躇しない様子だった。私は圭君に庇われたけど、圭君を助けてあげることはできなかった。
「……月島さん、ごめん」
大丈夫。必ず私が助けてあげる。
圭君の悲し気な顔を見て、私は決意を固めた。私は、圭君の優しさを見誤った。普通の人なら、自分が不利益をこうむれば、他の人より自分を優先する。けれど、圭君はあの女のせいで、自分が辛い目にあっても自分を優先しなかった。仲が良かったあの女に情があるから、自分を犠牲にしてまで、あの女のことを心配していた。
可哀そうだ。私があの女から解放してあげる。
どんな手を使っても――
私は、部活終わりの金木順を呼び出した。
圭君の周りの人間関係は、滞りなく調べあげた。今ではテニス部の部長である金木は、高梨に惚れている。一年の頃は怪我する前の圭君に歯が立たず、好きな高梨が圭君にベッタリだったこともあって、圭君に嫉妬していた。圭君が怪我をして部活ができなくなってからは、強気になり、圭君を馬鹿にするような態度をとっているクズな男。
本当なら、口もききたくないけれど、この男を利用して高梨から圭君を解放することにした。最近の金木は面白いくらいに荒れているようだ。それもそのはず、最近は高梨が圭君を片時も離さないから、この男からしたら余程面白くない状態なんだと思う。その気持ちを利用させてもらう。
「金木君、実はね、高梨さんから秘密の伝言があるの」
「高梨さんから? なんでキミから?」
イライラを隠そうともせず、面倒そうにしていた金木は、高梨の名前を出しただけで、すぐに態度を改めた。よっぽど高梨にご執心の様子、こんな感じでは、まともな判断も出来ないだろう。
「高梨さんね、三上君に付きまとわれて困ってるんだって! 金木君に助けて欲しいけど、三上君がいて直接言えないって、私は高梨さんと中学が一緒だったから、トイレで会った時に金木君に助けて欲しいって伝えるように頼まれたの!」
「な⁉ そうだったのか! どおりで最近の高梨さんは常に三上と一緒にいるし、様子がおかしかったのか! 三上の野郎、許せねぇ!」
「高梨さんはね、金木君のことも心配してたよ。暴力沙汰になったら部活ができなくなるって、だから、三上君をどうこうするんじゃなくて、三上君より先に傍に来て守って欲しいんだって」
「高梨さん、そこまでオレのことを考えてくれてたなんて……よし、明日からはオレがずっと傍で高梨さんを守る! 三上の言いなりになんてさせない!」
「あとね、一番重要なこと。伝言がちゃんと伝わったか確認したいから明日の朝七時、三上君がいない朝練の前、部室棟の裏で金木君を待ってるって、もし金木君が本当に助けてくれるなら、その……キスして欲しいって言ってたよ」
「え⁉ き、キス⁉」
面白いくらいにうろたえる金木、驚いているというよりは興奮しているようだ。ホント、単純。
「うん。高梨さん、金木君のことがよっぽど好きみたいだね。金木君が受け入れてくれるなら、ずっと傍にいて欲しいって、それを証明してほしいって、これが高梨さんからの伝言だよ」
「⁉ わかった。月島さん、だったよね。この件は伝えてくれてありがとう! 高梨さんのことはオレにまかせてくれ!」
簡単にやる気になってくれた。キスだの、好きだのと簡単な言葉であそこまで興奮するなんて、馬鹿で助かる。
その後私は、最後まで学校に残り、高梨の下駄箱に『部室棟の裏で待ってる 圭』と書いたメモを入れて帰った。
圭君の字は、暇さえあれば完璧にコピーできるくらい真似をしていた。字でバレることはない。
普通なら不審に思うかもしれないけれど、今の高梨なら圭君の名前を出せば、その辺の判断力も落ちるはず、朝早くきた圭君のサプライズなりなんなりと勘違いしてくれるだろう。
金木が高梨の連絡先を教えてもらっていないことは確認済みだし、二人はもう、明日直接会うまで連絡を取り合う手段はない。
金木にに指定した時間は、いつも高梨が学校に来ている時間だ。明日の朝、高梨がこの手紙を見て部室棟の裏に向かえば、そこにいるのは圭君じゃなく金木になる。
あとは、圭君を呼び出して、真摯に私の想いを伝え、でっち上げた話を信じてもらえるように、指定した時間にタイミングを見計らって校舎裏まで誘導した。
下駄箱に入っていた手紙を見てやってきた高梨に、私の話しを信じていきなりキスをする金木。流石に男と女だ。警戒もしていない高梨は、抵抗もむなしくあっさりと抱きしめられてキスをされていた。
圭君はすぐにその場を離れていったから、高梨が金木を殴りつけて引きはがしたのは、見られないですんだ。あれだけ躊躇なく人を殴りつけるとは思っていなかったから、圭君がすぐ現場を離れてくれたのは幸いだった。
でも、これで圭君はかなり傷ついたと思う。信じていた友達に裏切られたことになるんだから当然だ。
私が圭君を癒してあげないといけない。これは、私がしたこと、私の責任だから。
公園で泣きじゃくる圭君を抱きしめる。胸に感じるぬくもり、身体の奥がジンジンとした熱をおびてくる。
かけの部分もあったけど、私の計画はうまくいった。もう、圭君は私のもの、私のことしか信じない。
それでも念のため、最後に仕上げが残っていた。
――――――――
パンッ!
乾いた音が教室に響く――
頬が熱い。
私と圭君が学校に戻ってきてすぐ、勢いよくやってきた高梨が私の顔をおもいっきりひっぱたいた。私はよけも防ぎもしなかった。それが最後のピースだったから。
金木を殴り飛ばしたのを見て、この女なら躊躇なくやってくれると思っていた。金木から事情を聴いて、確実に私の所にやって来てくれると信じていた。
ありがとう。これで、圭君は本当にあなたを見限ってくれる。
私は、高梨にだけ見えるように笑ってあげた。
「このクソ女!」
私を罵倒しながら高梨が再度振り上げた手を、圭君が掴んでいた。
「け、圭⁉ 手を離して! この女最低よ! 私と圭の仲を引きはなそうと――」
「最低なのはどっちだよ」
「け、圭?」
圭君の空気を感じ取った高梨が怯えたような声をだす。滑稽だ。
「僕を騙して順と付き合ってるんだろ? 僕を馬鹿にして利用しようとしてたんだろ? 最低なのはお前だろ」
「ち、ちがっ! それはこの女が嘘をついて」
「嘘つきはお前だろ。二度と僕と月島さんの前にあらわれるな」
取り付く島もないとはこのことだ。これなら高梨がどんなことを言っても、圭君は信じるわけがない。普段の優しい圭君から信じられないような、驚くほど冷たい声だった。その声からは、冗談でもなんでもなく、ただただ、拒絶の感情が伝わって来る。そんな声を直接向けられた高梨の顔は絶望に染まる。それでも抵抗を止めない高梨は、とっても惨めだった。
「な、なんで信じてくれないのよ! ……ふふ、あはは、そうだ! ねぇいいの? 圭が見てくれないなら、私なんだってしちゃうのよ、どんな怪我するか分からないわよ?」
「いいよ。怪我でもなんでも勝手にしたら、この嘘つき」
「……え、圭? な、なんで」
「月島さん、保健室に行こう! 顔に傷でも残ったら大変だよ!」
最後は高梨を無視し、私の手をとる圭君。
その声は明らかに高梨に向けていたものとは違うもので、暖かさを感じる。それでいて、よほど心配なのか慌てている圭君は、ちょっと可愛らしかった。
圭君に突き放されて、少しの間あっけにとられていた高梨だったけど、すぐに圭君の手に縋りついてきた。
「ま、待って⁉ 圭は優しいんだから! 私のことを放っておくはずない! 私が死んだらどうするの! 私を見捨てないでよ! ねぇ、圭?」
「……」
圭君は何も言わなかった。ただ縋りつく高梨を見ただけ、その目にあるのは軽蔑の感情だけで、高梨はその目を見て力なく手を離した。高梨が手を離したのを見て、今度は私に微笑んでくれる圭君。
ねぇ、圭君。圭君は勘違いしてるけど、この女の言ってることはきっと本当だよ。
でも大丈夫、本当にあの女が死んだら、また私が慰めてあげるからね。
私は圭君に連れられて教室を出た。
「怪我をさせてしまってごめんね、月島さん。これからは僕が守るから、絶対にアイツを月島さんに近づけさせないから!」
力強い目つきで私を見つめてくる圭君。この瞳には、もう私しか写っていない。幸せだった。
「ありがとう、圭君――」
――嘘をついてごめんなさい。
これにて完結となります。読んで頂きありがとうございました!これからも応援よろしくお願いします!




