奪い合い
茜が怪我をしてから数日。
僕は毎日、茜について部活に顔を出していた。
「ねぇ圭! ちょっとした筋トレならいいでしょ? 手伝ってよ! 何もしてないと身体がなまりそう」
あの日以来、保健室で見せたような表情を茜はしていない。
夢だったのかとも考えたけど、あの時の恐怖を僕はまだ覚えている。
僕が茜に付き添っていなければ、茜は自分で怪我をすると僕を脅してきた。冗談なのかもしれないけれど、またあんなことを言われると思うと怖くて、僕は大人しく茜に付き添っていた。
部員たちも特に何事もなく僕を受け入れているけれど、順には一度「お前、毎日何しに来てるんだ?」と言われてしまった。その時は茜が何か説明して順は戻っていったけど、あれからはもう僕を睨むことを隠そうともしていない。順が不機嫌なのは誰が見ても明らかで、部活の空気はお世辞にもいいものではなかった。
どんよりとした空気の中で茜の声だけが明るく響く、僕は他の部員に申し訳なくて、本当ならすぐにでも茜に付き添って見学するのは止めたかった。
それでも、毎日茜に付き添ったのは、茜が何かしてしまうんじゃないかと考えてしまい、怖かったからだ。
そうして何日も過ぎた頃、事件は起こった。
放課後になり、最近の日課のように茜が僕を捕まえにきた。いつもならそのまま僕は抵抗することなく、茜について見学に行っていたけれど、今日は僕たちを引き留める人がいた。
月島さんだ。
「待って、高梨さん」
「……何、月島さん」
月島さんに声をかけられた瞬間、明らかに茜の空気が変わった。
一瞬で笑顔がなくなり、あの時に見た虚ろな目になった。
「三上君のこと、無理やり連れまわすのはよくないと思うよ」
「はぁ? 何言ってるの? 圭は自分の意思で私についてきてくれてるんだけど」
茜が月島さんをにらみつける。明らかに尋常じゃない様子にクラスにいたみんなもふたりに注目し始めていた。
「それは違うよ。三上君は自分ができない部活を見るのが辛いって、私だけに教えてくれた。そんな三上君が自分の意思で部活に行くはずないもの。高梨さんには、それがわからないの?」
「……ぃ…ぁ」
月島さんに話しを振られた茜は黙っている。いや、よく聞くと、ぶつぶつと小声で何かを言っているようだった。僕は月島さんが引き止めてくれた時、正直に嬉しかった。部活を見にいくのは本当に辛いし、最近の茜はどこか変で、一緒にいるのが少し怖かったからだ。
「高梨さん、三上君のことも考えてあげよう、ね? あなただけ楽しくても三上君は辛いんだよ? 止めてあげてくれないかな?」
「ぅるさいぃなぁ!!! アンタいったい圭の何なの⁉」
「っ⁉ あ、茜⁉」
急に響き渡った茜の怒声に、教室中の視線が集まる。そんなことはまるで気にしないという風に茜は乱暴に月島さんと距離を詰めてにらみつけた。
「さっきから聞いてれば圭のこと知った風な口きいて! アンタなんか最近圭と話すようになったばっかでしょ! 私の方が圭と付き合い長いんだから、アンタに言われなくても圭のことならなんでも知ってるわよ! いちいち口だししないでくれる⁉」
「……嫌よ」
癇癪を起したように感情を爆発される茜に詰め寄られても一歩も引かず、あくまでも静かに、取り乱すこともなく、月島さんは至近距離で茜を睨み返した。
「高梨さん。あなた、それだけ三上君と一緒にいて、彼のこと何もわかってないのね。いくらなんでも自己中心的すぎると思うわ。一緒にいる三上君が可哀そうよ」
「っ⁉ こ、この! ふざけんじゃないわよ⁉」
怒りの爆発した茜が月島さんにつかみかかろうとする。流石にそれはまずい、僕はすぐに間に入った。
「茜⁉ 落ち着いて!」
「圭⁉ どいて! なんでその女を庇うのよ⁉」
「落ち着けって! 足怪我してるの忘れたのか⁉ それに暴力なんてしたらそれこそ退部だぞ! 冷静になれよ!」
「くっ……」
少しは落ち着いたのか話しをきいてくれた茜。けれど、怒りはまったく収まっていないようで、酷い顔をしていた。
「なら! 私について来るのよね⁉ 圭だって本当にそう望んでるんでしょ⁉」
「そ、それは……」
本当は行きたくない、自分が出来ない部活を見ているだけなんて惨めになってくる。けれど、行かないなんて答えたら、この場はきっと収まらない。
「いいの⁉ 圭が来ないなら私は部活するわよ! 怪我がどうなっても知らないんだから!」
「……い、行くよ。茜と一緒に行く、だから無理しないで見学しよう。ね」
僕がそう答えると、茜はすぐに落ち着いた。溢れていた怒気もなくなり、いつもの快活な表情を取り戻す。その変わりようはまるで、別人を見ているみたいで、はっきり言えば、異様だった。
「そうだよね! 圭が私と一緒にいたくないなんて言うわけないもん! さ、そんな人おいて早くいこ?」
眩しい笑顔で僕に手を差し伸べてくる茜。
流されるままにその手をとろうとして――
「三上君、ダメだよ」
後ろから聞こえた月島さんの声で、僕は我を取り戻した。
「行っちゃダメだよ。ここで付いて行ったら一生高梨さんの言いなりだよ。自分の気持ちを蔑ろにしないで」
そのまま動けない僕を茜が正面から見据えてくる。怖い。
無表情で何を考えているのかわらない。
月島さんが言ってくれた通り、本当は行きたくない。けれど、ここで僕が茜の手を取らなかったら、茜はきっと、取り返しのつかないことをしてしまうのだと思う。
どうして茜がこんな風になってしまったのかは分からない。けれど、それでも、僕にとっては大切な友達であることに変わりはない。
茜を見捨てることはできなかった。
「……月島さん、ごめん」
僕は茜の手を取って教室を出た。月島さんがどんな顔をしているのか怖くて、振り返ることはしなかった。
僕たちが教室を出ると、すぐに騒がしい喧噪が聞こえてきたけれど、茜はそんなことも気にせずに、笑顔で僕の手をひいていた。




