自傷
反射的に悲鳴が聞こえた方を向く、僕の目に飛び込んできたのは、悲鳴をあげた女子生徒と、コートに蹲るように倒れている茜の姿だった。
「あ、茜⁉︎」
状況を理解する前に飛び出した。
クラスメイトたちを押しのけて茜のもとに駆け付ける。
「茜!大丈夫か⁉」
「っ、足が……」
「足? うっ、酷いな」
どうやら足をひねったようで、茜の左足は段々と腫れてきていた。このままだと腫れはどんどんひどくなる。早めに処置をした方がよさそうだ。
「おい!大丈夫か⁉」
体育の先生もかけつけてきた。すぐに事情を説明する。
「先生、茜が足をひねったみたいで」
「どれ……これは、授業の継続は無理そうだな。保健室で処置してもらいなさい」
先生もすぐに運動ができる状態ではないと判断したようで、茜の保健室行きが確定した。
「先生、ちょっと一人じゃ歩けないので、圭に連れて行ってもらってもいいですか?」
「あぁ、その方がいいだろう。三上、頼んだぞ、みんなは授業に戻れ」
先生に促されて、みんながそれぞれの競技に戻っていく、茜のことは先生から任されたし、すぐに保健室に連れて行った方がいいだろう。
「茜、掴まって、大丈夫か?」
「平気だよ。けど、左足が全然使えないから体重かけるけど、重いなんて言ったらどうなるか――」
「か、軽いなぁ。茜は軽いなぁ~ちゃんとご飯食べてる?」
軽口をたたきながら茜に肩をかして歩き始めると、睨むようにしてこちらを見ている順と目があった。すぐに順は先生に呼ばれて競技に戻っていったけど、あんなに睨まれたら流石に気分は良くなかった。茜は順のこと、どう思ったのだろうか、本当は順に肩をかしてもらいたかったとか考えているのだろうか、何気なく茜に視線を向けると、茜は順がいた場所とはまったく違う方向を見ていた。
「あか、ね……っ⁉」
声をかけようとして気付く。
茜は――
茜は、今まで見たこともないような恐ろしい表情をしていた。あの明るい茜が、誰とでも気さくに話をする茜が、嫌悪感をあらわにしてある一点を睨みつけている。背筋がぞっとするような顔だった。その視線の先には何があるのか、そう思ったところで、茜は僕が見ていることに気付いて表情を戻した。
「どうしたの圭? はやく保健室にいこ?」
「あ、あぁ、そうだね」
いつもの茜の表情だった。
けれど、僕には、今肩をかしている人が、まるで知らない別人のように思えて仕方なかった。
――――――――
保健室につくと、運の悪いことに誰もいなかった。できればすぐに見てほしかったけど、こうなっては湿布か保冷剤で冷やして待つしかない。
「茜、冷やさないといけないから靴ぬがすよ。痛かったらごめん」
「大丈夫。気にしないでいいから」
そう言うと茜は僕の前に脚を差し出してきた。無駄のない筋肉で引き締まった脚が、日に焼けてより健康的な魅力を放っている。僕はあまり意識しないように、そーっと茜の足から靴を外す、茜は少し痛そうな顔をしていたけれど、声をだすこともなく耐えていた。冷蔵庫から保冷剤を取り出して患部にかるく押し当てる。
「うっ、冷た~」
「まぁ我慢だね。これじゃあ部活もしばらくは見学でしょ」
時間がたったせいで、さっきよりも明らかに患部は腫れてきていた。数日はまともに運動はできないだろう。誰もがそう思うような具合の足で、茜は予想もしなかった返答を返してきた。
「部活はするよ。見学はしない」
「……は?」
茜が言った意味が分からず混乱した。
顔を上げると茜の顔が目の前にあった。
茜は虚ろな目で僕の顔をじっと見ていた。それに気が付いて思わず後ずさりそうになる。
茜は昔からスポーツを続けている。怪我の恐ろしさを知らないわけがなく、バカでも無謀でもないはずだった。試合が近いわけでもないのに、無理をする理由も分からない。
「な、何いってんだよ。どう見ても無理だろ」
「別に私が無理しようが、圭には関係なくない?」
「か、関係ないって、それは、そうだけど」
言葉のはしに棘がある。
何にイライラしているのか分からないけど、こんな風になる茜は初めてだった。
「けど、無理したらもっと大きな怪我だって……部活ができなくなってもいいの?」
「……圭みたいに?」
どうして茜がこんなに挑発的なのか僕には分からなかった。
それでも、茜には自分のようになってほしくはない。
「……そうだよ。好きな事できないって辛いよ。やめときな」
「だったらさ、圭が止めてよ。部活に来て、私を見張ってなよ」
ますます訳がわからない。茜は何でこんなことを言っているのか。まるで駄々をこねる子供のようだが、あの虚ろな目が、そんな可愛らしいものではないと、はっきりと伝えてくる。
「あ、あのねぇ、なんでそうなるかな」
「だって圭は私が心配なんでしょ? だったら、私の傍にいて、私を見てなきゃダメでしょ、圭が来ないなら、私は部活するよ。それが嫌なら、私から目を離さないでよ」
抑揚のない言葉。感情のない顔。明らかに異質だった。
僕はこの場に茜と二人でいることが怖くなった。
自然に足が茜から離れようと動き出し、ものすごい速さで腕をつかまれた。
「ねぇ、私を見ていてよ。私の傍にいてよ。私から離れないでよ。私、圭がいないと部活するよ。いいの? もっと大きな怪我するよ。ねぇいいの? 私が心配なんでしょ? 私の傍にいてよ。私のことだけを見ていてよ」
「な、あ、茜、何言ってんの⁉ バカなこと言わないでよ!」
「私は本気だよ。圭がいないなら部活するよ。怪我だってする。こんな捻挫よりもっと大きな怪我、どうしよっか? ラケットで思いっきり叩いて腕でも折る? それともランニング中に車の前にでも飛び出そうか? あは! 怪我したら圭に見せてあげるね。そうしたら、もっと心配してくれるんでしょ?」
ニヤニヤ笑いながら話す茜は、もう怖くて仕方なかった。
何が茜をこんな風にしてしまったのか、見当もつかないけど、今は早く元の茜に戻ってほしかった。
「わ、わかったから! やめてよ、茜の傍にいるから! そんなこと言わないでくれよ」
「……本当?」
虚ろな目で覗き込まれる。僕は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。なんとか顔だけ動かして茜に頷く。
「……さっすが圭! そんなに私のこと心配だなんてねぇ、まぁ中学からの付き合いだし当然だよね!」
茜は一瞬にして、普段の茜に戻っていた。さっきまでの異質な様子は微塵もない。まるで僕がおかしかったような感覚になる。
けど、あれは夢じゃない。
今でも茜は僕の腕をつかんで離さない。
僕はそれから、先生が戻って来るまで、茜の話しに頷くことしかできなかった。
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