昔の友達
自分が打ち込んでいたものを急に奪われてしまったら、その人はどうなってしまうと思う?
悲しくて泣いたり、諦めずに歯を食いしばったり、人によってそれぞれだとは思う。
ちなみに、僕の場合は、空しさに包まれて何もする気がなくなっちゃった。
怪我で部活を止めてそろそろ一年。僕、三上 圭はまだ立ち止まったままだ……。
今日は嫌いな人も多い月曜日。一週間の始まりだ。
学校に遅刻しないくらいの時間に家を出る。
それなりに満員の電車に乗り、窮屈な思いに静かに耐えながら学校を目指す。
部活をしていた頃だったら、今頃はもう、朝練で一汗かいているくらいだろうかと、少し感傷に浸ってみるて、なんだか気持ち悪くて、すぐに止めた。
学校が見えてくると、外周を走っていたサッカー部員たちがいた。
掛け声をだしながら、みんな熱心に走り込んでいるみたいだった。
歩く僕を追い抜いていくサッカー部の中にクラスメイトを見つけて、「おはよー」と大きめに声をかける。
「おう!」と元気よく手を上げて走り抜けていく彼を、僕はその場で見送った。走っていくサッカー部員たちは、止まっている僕からどんどん離れて行き、すぐに見えなくなった。
学校の敷地は、道路沿いをフェンスで囲まれていて、その中でも一際高いフェンスに囲まれている一角がある。そこにはテニスコートがあり、男女に分かれて練習しているテニス部員たちが汗を流していた。
僕は何気なくスマホで時間を確認し、少し足を速める。そのままテニスコートを通り過ぎようとした時、フェンスの内側から声をかけられた。
「よ、ちょっとは練習見て行きなさいよ圭さん」
「いやいや、油売ってないで朝練に集中しなさいよ茜さん」
フェンスの内側から声をかけてきたのは、高梨 茜。
昔からの知り合いで、よく一緒にテニスをした仲だ。170ちょっとある高い身長、余分な脂肪がない細く長い手足には、しっかりと筋肉がついている。長い髪は運動の邪魔にならないように、いつもポニーテールにして結んでいて、見た目完璧なスポーツ少女だ。
「私は上手いからね、ちょっとくらい休んでもいいのよ」
「その慢心が生死を分けることになるとは……」
「この時の私には、知る由もなかった」
「……最後まで言わせてよ」
「私に読まれるのが悪い」
いつもの軽い掛け合い、長い付き合いではあるけれど、それでも今は、相手からの気遣いのような、それでいて探られているような、少し嫌なものを感じずにはいられなかった。
「じゃ、朝練ガンバ~」
「あ、ちょっと⁉」
「高梨さん何してんの? ってあれ、圭じゃん!」
僕は茜との会話を強制的に終わらせて、すぐに立ち去ろうとしたけど、運悪く他の部員にも見つかってしまった。
金木 順。
一年の頃はクラスも一緒で、僕がまだ部活をしていた頃は一番仲良くしていた友達だった。二年になった今では、クラスも別れ、部活にも行かなくなったことで、話す機会もめっきり減っているけれど。
「何? 朝練が懐かしくなった?」
「まぁ、ちょっとね」
「未練たらたらだな~、それだけ打ち込んでたってことか」
「そういうことだろうねぇ」
「そういや聞いてくれよ! この前の大会でオレ、ベスト8まで行ったんだぜ」
「それは、普通にスゲーってなる!」
「たまには部活見に来いよ! オレもう昔とは比べ物にならないくらい強いから、今はオレが部活を引っ張ってるからさ!」
「今度拝みに行きます」
手を合わせてお祈りすると、順は「まぁお前の気が向いたらでオレは全然構わないけどな、じゃ圭は勉強でも頑張れよ」と、にこやかに笑った。
部活を一緒にしていた頃は、あんなにいい笑顔見たことない、最近は本当に充実しているんだろうな。と思う反面、今の普通の会話の端々に、何というか、トゲのような、見下されているような、変な感情を感じてしまうのは、僕が卑屈だからなんでしょうか。
「高梨さん、そろそろ朝練に戻ろうよ」そう言って手を差し伸べた順。
茜はというと「一人で戻ってて、私まだ圭に話あるから」と振り返りもせずに手だけ振って、ぞんざいに答えていた。
それを見た順は笑ったままだったけど、目から光が消えた気がして、僕は咄嗟に「朝練の邪魔をする気はありませ~ん」と言ってテニスコートから離れることにした。
後ろからは茜が何やら叫んでいる声が聞こえていたけど、距離がひらいていくと、それも徐々にきこえなくなった。
僕が部活を離れてから、もう随分と時間も経っている。あの頃からそれぞれの立場も変わるだろうし、人間関係も僕の知らないような事でいろいろとあるんだろうなぁ、なんて他人事のように考えて僕は教室に向かった。
お読み頂き感激です。
続きもよろしくお願い致します。