表と裏(日常?)
わたし小林ゆきのは都内の、一般的には超お嬢様学校といわれている聖亜女子大学の3年生なのだ。
ただし、現実問題、お嬢様学校なるものはほとんど存在しないというのが今の認識なのだろう。
そもそも、お嬢様の定義が分らない・・・。
実家が金持ち,良い家柄,政財界に強いつながりがある・・・どれもこれも通っている本人たちには一切関係ない事柄ばかり。
実際、"お嬢様”を中身で定義したとしたら、どんな項目が上がってくるのだろう・・・。
ただ、ひとつだけ言えることは、たとえ定義できたとしても、この大学に通っているほとんどの人はあてはまらないだろう。
だって、お嬢様、なんかとはあまりにもかけ離れている私が通えてしまうくらいなのだから・・・。
そもそも、大学生という身分は、社会の中で、本当に都合がいい。
とりあえず大人だから、ある程度のこと認められるし、とりあえず子どもだからある程度のことは許される。
ようは、社会というシステムの中でいてもいなくても、どうでもよい存在なのかもしれない。
本当に便利な肩書である。
そんな中で、私が選んだ「行動学」というゼミナールは明らかに失敗だった。
ゼミのくせにほぼ講義中心で、ゼミ時間以外、全く拘束されない超楽勝科目という触れ込みにひかれてはいってしまったが、
とにかく、先生が時間や態度に厳しすぎる。ちょっと遅れただけで大目玉。
退屈な先生の話を、上の空で聞こうものなら、次のゼミの時間の講義を担当させられる。
普通の講義と違って、ゼミなので人数が少ない分、私の一挙手一投足が目立ってしょうがない。
まだ、7月だというのに、もうすでに4回も先生の代わりに講義をさせられた・・・。
なんてことを考えていたら、また、意識が遠のいていきそうになってくる。
口が私の意思と関係なく大きく開いていきそうだよ、わーーー助けて!
「小林さん、今の私の話を再度、かいつまんで説明してみてください」
あ、、、まだ、名前もしっかり覚えていないゼミの先生の声が私の頭上に降りかかってきたよ。
「あ、はい」
慌てて立とうとして、またもや、椅子から転げ落ちてしまった。
がっちゃーん
もう慣れっこになったとはいえ、ほかのゼミ生の冷たい視線が突き刺さる。
なんとか、態勢をたてなおして、一応、先生と向き合う。
「あ、はい、、えっと、その」
そんなの、全く頭に入ってきてないもん、話せるわけないじゃん。
「小林さん、あなたは私のゼミを受ける気があるんですか」
受ける気はないけど、そんなこと言えないし。
「今日という今日は、さすがに私も我慢できません。」
いや、我慢してください、先生、お願いします。
「今まで、4月から私のゼミは今日で何回目か知っていますか」
そんなこと数えていません、先生。
「すみません、わかりません」
とりあえず、下を向いて小声で答えてみる。
「今日で、13回目です。そのうち、無断欠席が5回。遅刻が今日を含めて、4回。授業をまじめに聞かずに注意されたのが今日を含めて4回」
っていうか、そのうち4回は私が講義させられているんですけど・・・。
「講義を頼んだ日ですら、無断欠席が2回もあります。」
あの、色々と理由はあるんです。入院していたり、動けなかったり、入院していたり、動けなかったり、本当にのっぴきならない事情なんです。
「たまに来たと思ったら、ほとんど話は聞いていない、あなたのほかの授業の成績も調べてみました、殆どが不可か可ばっかりじゃないですか」
えーーー、そんなこと調べたんですか、越権行為じゃないんですか・・・、っていうか、ほかの人の前で、そんな話しないでくださいよ。
ますます、顔をあげられなくなっちゃったじゃないですか。
そもそも高校の授業、ほとんど受けてないのに、大学の授業なんて、無理に決まってるじゃないですか。
「ちょっと、顔が可愛いからって、今まで色んなところで大目に見てもらったのかもしれませんが、そんなんじゃ、社会に出てから通用しませんよ」
先生、それはセクハラ発言ではないですか、セクハラ。。。。
いったい、社会の常識から大きく乖離している大学の先生が、"社会”を語っても大丈夫なんですか・・・。
「ちょっと、小林さん、話聞いているんですか」
「はい・・・・・・・・・・・・・・」
かろうじて、小さなつぶやきが口から出てきたと同時に、やっぱり自分の意思とは関係なく、目からも大粒の水滴が落ちてきた。
その水滴が、ポタポタと机の上をゆっくりと叩く。
あからさまに慌てる先生を尻目に、水滴は、ゆっくりとゆっくりと机の上に落ちていく。
人間って、本当に不思議だとおもう。別に泣きたいわけでも、演技しているわけでも決してないのに、何故か、今は涙が落ちてくる。
私が、心をコントロールしているの?
泣きたくない私が現実?、それとも、泣いている私が現実?
「あ、少し言い過ぎましたが、とにかく、私のゼミに入ったからには、しっかりやってもらいますからね。このままでは単位が出せないんですよ。」
そういいながら、私のほうも見ずに、教卓のほうに戻って行った。
「はい、小林さんは座ってください、授業の続きを始めます・・・」
ゆっくり腰かけながら、何故か涙が止まらないため、そのまま、机に顔をうずめる形で泣いてしまった。
さすがに、先生も何の注意もしなかった。
そんな私は、周りのゼミ生からは、どう見られているのだろうか・・・。
アニメから飛び出したようなロリロリの格好をした、まるで大学生に見えない童顔のふまじめ女子大生が先生に注意されて、
自分の非も顧みずに泣いているように映るのだろうか・・・。
ゼミの飲み会にも、一度も参加したことがないため、必要最低限以外の会話を一度もしたことがないゼミ生たち。
誰一人、顔と名前が一致していないんだから、私が泣いていてもそんな感じなのだろう。
でも、なんで、私泣いているんだろう。辛いの、悲しいの、悔しいの・・・どれでもない気がするんだけどな。
それでも、今泣いている私も、女子大生小林ゆきのの日常なんだよな・・・なんてことを漠然と思いながら腕で涙をそっとぬぐってみる。